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風邪に抗菌薬は効かない!

抗菌薬、抗生物質といったお薬は、細菌に作用するものです。もちろん感染症を治すのに一役買ってくれるのですが、ウイルス感染で起こる病気に使ったり、いろいろな種類の菌に幅広く効いてくれる薬をむやみに使ったりしているうちに、薬が効かない「薬剤耐性菌」というものが出現するようになりました。抗菌薬は適切に使うべし…という活動をしている薬剤師・岩田聡さんとお話しました。(2024年2月21日配信)

抗菌薬とは?

イズミン 抗菌薬、抗生剤、抗生物質と呼ばれるお薬。それはどんな薬ですか?

イワタ 細菌を倒すお薬で、感染症の治療に使われます。少し細かいことを言うと、抗菌薬と抗生物質は厳密にはイコールではなくて、抗生剤というのは抗菌薬のうちでも、細菌や真菌などから作られたものです。

シノハラ 抗ウイルス薬というのもありますね。これはターゲットが違うということでいいですか?

イワタ はい、抗菌薬と抗ウイルス薬は似たような作用がありますが、抗菌薬は細菌に対してしか効かないし、抗ウイルス薬はウイルスにしか効きません。全く別物と考えていただくことが大切です。

シノハラ 細菌とウイルスの違いについて、もう少し詳しくお話していただけますか?

イワタ まず大きさが違います。細菌とウイルスを比べると、細菌のほうがだいぶ大きい。また増殖の仕方が全然違っていて、細菌は自分自身で増殖して増えていきますが、ウイルスは他の生物の細胞に寄生しないと生きていけません。
 今日のテーマに関して重要なこととして、みなさん風邪って引くと思いますが、一般的な風邪はウイルスによって引き起こされるものがほとんどです。なので、それらに抗菌薬は効きません。

イズミン 私が子供のころ、風邪を引くと父に「とりあえず抗生物質も一緒に飲んでおけ」みたいなことを言われましたが、これは大きな間違いだったということですね。

イワタ そうなんですね。昔のお医者さんは、そのように処方される方も多かったと聞いています。
抗菌薬と細菌のイタチごっこの歴史

イズミン ところで、抗菌薬にもいろいろな種類があると思います。伝統的なものだと「ペニシリン」とかありましたね。

イワタ はい、ペニシリンというと1928年にイギリスのフレミング博士によって発明されました。戦争で負傷した兵士の傷口の感染を防ぎ、多くの命を救ったということでノーベル賞を受賞されました。ぺニシリンは「ブドウ球菌」という菌に効果がありました。
 ブドウ球菌は、われわれが生活するなかで、ごく身近にある最近で、普通の方の皮膚にも常在しています。

イズミン つまり第一次大戦のころには、こうしたペニシリンのような抗菌薬がなく、ちょっとしたケガでも、皮膚にいるブドウ球菌が悪さをして、亡くなる人も多かったというわけでえすね。

イワタ そうですね。その後は例えば結核に効く「ストレプトマイシン」というお薬が発見されるなど、医学や生理学の発達によって、人類は多くの病原菌を退治して病気を治してきたわけです。しかし、抗菌薬が開発されると、病原菌のほうも倒されまいと生き残りをかけて変異をしていくので、お薬のほうも進化させていかければならなくなり、両者のイタチごっことなり、それは今もずっと続いています。

多剤耐性菌の出現

イズミン 「抗菌薬」と一口に言っても、いろんな特徴がありますよね。

イワタ そうですね。主には効力を発揮する細菌の種類が異なります。ピンポイントで、例えば先ほどの「黄色ブドウ球菌」だけに効くお薬もあれば、複数の異なる細菌に効くというお薬もあります。
あとは抗菌薬によって効果が強いですとか、そういった違いもあります。ここで多くの細菌に効くお薬は特に「広域抗菌薬」と呼ばれており、例えば「カルバペネム系」と呼ばれるものが代表的なものです。

シノハラ 広域抗菌薬というのはいろいろな細菌に効果がある代わりに、その対象となる細菌が揃って生き残りをかけて変異してしまうっていうデメリットがあるということですか。

イワタ そうなんです。ピンポイントに効くお薬と、何にでも効くお薬があったら「何にでも効く抗菌薬を使えばいいじゃん」っていうふうに考えてしまうと思うのですが、そういういろいろな細菌に効く抗菌薬を使ってしまうと、そのいろいろな細菌がそれぞれ変異して、耐性化してしまう恐れがあります。なので、できるだけターゲットの狭いお薬を使う必要があるのです。
ですので、どんな細菌が体に害を与えているかを詳しく調べて、できるだけ「それだけ」に効くお薬を使ったほうが、他の細菌が変異するのを防げのです。

シノハラ 抗菌薬と病原菌のイタチごっこというお話でしたが、多くの菌に効くお薬があれば、いろいろな抗菌薬がどれも効かない菌というのも出てくるわけですよね。

イワタ その通りです。変異によって多くの抗菌薬に対して耐性を持って効かなくなってしまった菌を「多剤耐性菌」と言います。有名なものでは「MRSA」という先ほどから出てきている黄色ブドウ球菌が耐性化したものがあります。

シノハラ ブドウ球菌は感染の確率が高いのに、それに対して抗菌薬が効かないとなると、その患者さんも多そうですね。

イワタ そうですね。

イズミン こうした多剤耐性菌はどうして生まれてくるんですか。

イワタ 病原菌も生き残りをかけて変異します。「とりあえず抗菌薬を使っておけばいいだろう」、むやみやたらに広域抗菌薬を使うことによって、その変異のスピードも速くなり、範囲する病原菌も増えます。抗菌薬の不適切な使用が、多剤耐性菌の発生に拍車をかけてしまうんですね。

シノハラ ましてや抗菌薬の効かないウイルス感染に対して、なんとなく心配だからと抗菌薬を使うのは良くないよね。

イワタ その通りです。

シノハラ ただ風邪をこじらせて細菌性の肺炎になるなど、肺に細菌がついたときは、ウイルス感染ではあっても抗菌薬を使わなきゃいけないケースもあるにはあります。しかし、それは風邪がこじれたときとか重症化したときですので、風邪でいきなり抗菌薬を使うことはないといえますね。

イワタ そうですね、絶対使わないってことではないんです。そういうこじれた後とか、元から免疫が弱ってる患者さんですと、最初から使うこともあるので、医師が処方したものを、しっかり適切に飲むことが大事になってくるかと思います。

シノハラ 病態がわかって、目的を持って抗菌薬を使うのはいいけれど、「心配だから」とか「念のため」とかでは抗菌薬を気軽に使ってはいけないですね。

イワタ あとはですね、「処方通りにちゃんと飲む」ということがすごく重要なんです。症状が軽くなったから途中で止めたりせずに、適正に決められた日数、飲んでしっかり止めることが大事です。
 抗菌薬を途中で止めてしまうと、しっかり体のなかで菌が倒せていなくて、不十分な治療で、菌が耐性化してしまうこともあるんです。また、感染症自体が治らないとか、再発してしまうこともあります。

ASTの活動

イズミン 病院では、多剤耐性菌をかなり警戒しているんですよね。

イワタ はい。病院に入院している患者さんというのは、基本的には何らかの疾患を持っていて、体力や免疫力が低下している方が多いので、例えば普通の方なら大したことのない細菌が、そういった患者さんには重大な症状をもたらすことがあります。
 ですので院内感染が起こらないように厳重に警戒する必要があります。抗菌薬が効きにくい多剤耐性菌が発生しないよう注意するとともに、感染伝播を防ぐために、感染制御室を中心として、日々の感染対策がそれぞれの医療現場できちんと行われるよう、活動しています。

シノハラ 多剤耐性菌に対する活動と、感染がそもそも起こらないように、起こった場合にどうするかという活動を並行して行ってるのですね。

イワタ そうですね。あともう一つお伝えしたい重要なことがあります。実は抗菌薬の開発というものが、現在あまり行われなくなり、新しい抗菌薬が生まれにくい、発売されにくくなっております。なので一層、多剤耐性菌を発生させないように頑張って活動することが、重要になっています。

シノハラ これまで菌と薬はイタチごっこだったのに、新しい薬があまり作られなくなったから、どちらかというと、細菌のほうが優位になってしまっているということですか。

イワタ はい、そうなんです。

イズミン 抗菌薬適正使用支援チーム(AST)の重要性もますます高まっていますね。

イワタ はいASTは、医師や薬剤師、看護師、臨床検査技師など、多職種の院内活動チームで、院内でむやみに広域の抗菌薬が処方されたりしないように、抗菌薬を適正に使用できるよう診療現場を支援しています。

イズミン 具体的にはどんなことをされてるんですか。

イワタ 例えば患者さんがどんな病原菌に侵されているかを調べる「培養検査」(血液や尿、痰などを培養してどんな細菌がいるかを調べる)の結果をいち早く現場にお伝えしたり、実際に処方された抗菌薬よりも適切だと考えられるものがあればそれをお伝えしたり、といった活動を行っています。

イズミン なるほど、よくわかりました。こうしたお薬が適切に使われるように管理する仕組みが病院にはあるということを、今日はお話してきました。みなさんはぜひ、風邪ひいたから抗菌剤とか、ご自宅に残っている抗菌剤を何かのときにとりあえず飲んでおきましょう、といったようなことがないように、気をつけていただければと思います。

シノハラ そうですね、多剤耐性菌はかなり厄介だということなので、やはり診断をちゃんと受けて、必要なお薬を医師の指示通りしっかり飲んでいただいて、自分の体を守ることと多剤耐性菌を出さないようにすることに協力していただけるといいですね。

イズミン はい。岩田さん、今日はどうもありがとうございました。


ゲスト紹介

岩田 聡(いわた・さとし)
大同病院 薬剤部の薬剤師で抗菌薬適正使用支援チーム(AST)の主要メンバー。他にICU(集中治療室)担当の病棟薬剤師として入院患者さんの薬の管理を行っている。趣味はキャンプ。家族や友人と自然のなかへ繰り出し、焚火を囲んで飲むビールは格別だ。


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