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そんな簡単に幸せになれるものか

こんにちは!
日経新聞のコラム「やさしい経済学」に、割とぶっ飛んだ感じの幸福論が絶賛、掲載中だ。タイトルはそのものずばり「幸せに生きるために」(京大准教授 柴田悠先生)。

その第2回では「幸福感を簡単に高める3つの方法」が紹介されている。

この手の話は大量に出回っているから、いちいち影響を受けていると、経験から大変なことになるのは分かっている。

ゴルフのスイングにもチェックポイントがたくさんある。

クラブを強く握りしめていないか、きちんと右足に体重が移っているか、上体の捻転は十分か、左腕は曲がっていないかなどなどキリがない。

打ち終わった後の格好いい態勢まで意識することが求められる楽しいスポーツなのだ。

脱線した。

ゴルフのスイングでチェックポイントが増えれば増えるほど、スイングはぎこちなくなり、うまく振れなくなる。

人生も同じで、こうしたら幸せになると言うようなチェックポイントをたくさん持っていても楽しいはずはない。不幸せになると言いたかった。

本題に戻る。

この記事での幸福感を高める3つの方法とは以下の通り。

第1は「味わって食べる」、第2は「経験を味わう」、第3は「自然と触れ合う」

 「味わって食べる」の意味するところは分かる。きっと、おいしいものや珍しいものや、もしくは、毎日、食べているようなものでも、その時その時、じっくり味わう。何か発見すること、さらには感動すら覚えることは幸福感を高めると思う。

あいにく、私の場合、早食い早飲みコンテストがあれば、全国大会の地方予選くらいは通過できるくらい早い。もちろん、年代別とか体重別とかで強豪との対戦が避けられたらの話だが。

「経験を味わう」の意味するところは何だろう。
食べ物すら味合わえない人間が経験を味わうことができるのだろうか。楽しみにしていた観光地や名所に出かけても、目的地にたどり着くことが目標になり、いざ実物を見てもふーんと冷めていることが多い。

「自然と触れ合う」は分かりやすい。私も時間と心に余裕があれば自然に触れあいたい。自然から得られる安らぎは何よりも得難い。時々、無性に森林浴に行きたくなる。

さて、この3つを意識して幸福感が高まるのだろうか?

味わうことが苦手な私の偏見かもしれない。

それでも、まるで飢えたニワトリのように目の前のえさに無我夢中で喰らいつく、そこに充実した人生とか意識はないだろう。
生存競争で目の前の食料を胃袋に入れることが、野生動物の最優先になると思う。

比較的、安全な世界に住んでいる人間としては、食べ物も経験も味わうことに、充実した人生として意味はあるのかもしれない。

なんて納得しつつ、やはり、この3つの方法で目先の幸せや幸福感を追及すると、逆に不幸や孤独を感じると言う落とし穴があるそうだ(このコラムの第三回)。

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