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ショートストーリー「愛情」

僕の名前は駆(かける) 今は21歳
九州の田舎の貧しい家庭に生まれて、親に捨てられて施設で育った。
今はなんと東京の有名大学の大学で弁護士を目指している。

僕は幼い頃から学業が得意だった。
奨学金を利用して中高一貫校へ。
更に某有名国立大学も奨学金制度を利用して入学。
奨学金を楽々返済できるくらい稼げる仕事を選ぼうと弁護士の道へ進んだ。

頭の良さから欲しいものは何でも手に入るようになった。
それなりの友人ができて、頭脳から儲かるバイトをして、いい暮らしが出来るようになった。
大学から共学へ入ったことで自分が結構イケメンだと他の女子たちから教えられた。


地位 名誉 交友関係 お金 顔

全て手に入ってた。

けれど一つだけ手に入らないものがある。

それは「愛情」だ。

僕は両親の愛情を受けなかったから、愛というものが理解できなかったし、いらないと思った。
喜怒哀楽はちゃんとあるけれど、愛するという感情を知らなかった。

要するに僕は「アセクシャル」だ。

その「アセクシャル」というステッカーは僕を安心させると同時に虚無感を与えた。

大学3年生の頃に出会った女性がいる。
彼女の名前は「愛美」
僕より2歳年上の女性だ。

新入社員の銀行員だ。

口揃えて周りの女性は僕のことを「イケメン」というのに愛美は違う。
一切そういうことを言わず、どこの大学生かとか深く僕の素性を聞くこともなかった。
ただ単に、楽しい時間を共有してくれた。

「僕、愛情というものがないアセクシャルなんだ。」

愛美に告白したら、

「私も愛するということがどういうことなのか、分からない。」

そう言っていて、奇妙な友人関係が始まった。

恋人のようにデートをしたり、クリスマスを一緒に過ごしたり。
恋愛感情のない「恋人ごっこ」を楽しんだ。
キスもしたり行為にも及んだ。
でもそれは単なる性的欲求を満たすことだった。

「駆といると安心するよ」
そう言ってくる彼女に対して笑顔を向ける僕だった。

そしてこの関係が続く頃に、僕は大学院に入学した。

すると、愛美が急に会ってくれなくなった。
仕事が忙しいんだろう。そう思っていた。

時はすぎて、桜も散り季節は夏になる。
忙しいことに集中し、愛美のことを忘れようとした頃だった。
半年ぶりくらいに愛美から連絡がきた。

駆に話したいことがある。

愛美の好きなレストランで僕達は話すことになった。

「お付き合いする人ができたんだ。職場の人。凄く優しくて、本当の意味で一緒にいて安心できて穏やかな時間を過ごせてる。駆にはちゃんと報告しないとと思って。」

「そうなんだ。よかったね。」

恋愛ができて愛美が羨ましく思えた。

「やっぱり駆は本当に人を愛さないんだね……。私はあなたのことが大好きだったけれど、あなたにそれを伝えたら、この関係は終わってしまうと思って言えなかった。でも私からの一方的な愛情ももう終わっているから安心してね。」

そして、彼女は1粒の涙の雫を頬に落として、僕の元から去った。

その瞬間だった。
涙が止まらなくなった。
何故涙を流すのだろう…
止めようと思っても止まらなくて、訳の分からない感情が涙とともに溢れてた。

今までの思い出が頭の中を駆け巡った。
フィルム映画のように色んなシーンが頭をよぎる。

ああ、僕は愛美のことが大好きだったんだ。愛していたんだ。

愛美の包容力
愛美といると落ち着くこと
愛美に向ける笑顔

全てが愛美を愛おしく思っているからである証だ。

温もりというものが愛情なんだ。

ときめくということじゃないんだ。
安心出来る居場所に温もりを感じ、相手のことを好きよりも愛おしいと思う。
これが愛情なんだ。

僕はなんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
学業はできても人間として分かりやすい感情を理解できない無能な男だ。

愛情を分からないという虚像の感情で壁を作って、愛美を愛することが出来なかった。

それなのに、僕は愛美に「恋人ごっこ」という生き地獄を2年も味わせてしまった。

悲しみと悔しさと彼女を失った喪失感
そんな負の感情と共にある感情もあった。

それは
愛情を理解出来ている喜び。


愛美、立ち直るには時間がかかるけれど、前を向いて僕は頑張るよ。
恋愛は二度としないだろうけれど。




1年後

桜が満開の季節に愛美は多くの人に祝われながら、新しい人生のステージへと進んでいた。
白無垢姿の愛美はとても美しかった。

初めて愛美の旦那に会った。
誠さんはとても気さくで穏やかなそうな人だった。
幸せそうな愛美がいつまでも幸せでいますように。

ふと桜吹雪の中に、太陽の光が強く差し込んだ。

愛美の左手の薬指の指輪が光で反射したと同時に、
僕の右手の薬指の指輪も輝かしい光を放った。

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