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福富太郎の眼

東京スケバン散歩/東京駅

昨日買った3冊の本。落合博満と、ジム・トンプスンと、残り1冊はこちら。


昨日24日、東京ステーション・ギャラリーで始まった『コレクター福富太郎の眼  昭和のキャバレー王が愛した絵画』展。
1960年代、全国チェーンのキャバレー”ハリウッド”で成功を収めた実業家で、絵画コレクターとしても有名だった故・福富太郎氏のコレクション展。


たぶん私は、“福富太郎“という名前だけでものすごいインパクトを感じる最後のほうの世代だと思う。子供の頃に見た、“キャバレー王“という肩書きでやたらテレビに出てくる面白いおじさんという記憶。

当時はよくわからなかったけれど、今になって思えば、サブカルなんて存在しなかった時代にものすごくサブカル的だったというか。
東京五輪特需のイケイケ好景気の超メジャー路線だった60年代の日本社会で、実はカウンター・カルチャーという死角にこそチャンスがあると気づき、ポップでグルーヴィーな発想で次々と新しいことを成功させていった人だったのだ。あとから知ったことだけど。

キャバレー“ハリウッド“は、諸先輩の記憶によれば、いわば大箱ディスコのような楽しさがあったという。社用族が経費で遊ぶ銀座のクラブと違って、ハリウッドはサラリーマンたちが自分のサイフで遊べる場所だった…というから、まさにクラブ・カルチャー+カジュアルなキャバクラ文化の先祖みたいなイメージ。

その福富氏が、生涯にわたる有名な美術コレクターだったことを知ったのも、ずっと後のことだった。

美人画の蒐集家としての有名なコレクションだけでなく、有名無名にもジャンルにもこだわらず、自身の審美眼だけで圧巻のコレクションを構築していった福富氏の”視点”にフォーカスした今回の展覧会。前々から、とても楽しみにしていたのだ。
なので、初日や週末は避けて、来週あたりに行きたいなと思っていた。
で、それまでに、昨日発売された福富太郎大特集の『芸術新潮』を買って予習しよう…と思っていた。

ところが。
緊急事態宣言である。
現時点では、東京ステーション・ギャラリーは今後の予定がまだ発表されていない数少ない美術館のひとつではあるのだが。時間指定の前売り券をチェックしたら、日曜日以降は全部「×」または「予定枚数終了」になっている。やばい。
のほほんとはしていられない。と、昨日、とりあえず今日のチケットを押さえてから『芸術新潮』を買ってきた次第だ。

会期は4月24日から6月27日。その後は全国巡回する予定だというので、たぶん緊急事態宣言が終了した後も見ることができると思うけれど。この後しばらくクローズする可能性も大きいので、今日、あわてて行ってきてよかった。


チケットを押さえるまではあわてたけれど、ゆっくりと時間をかけて拝見することができた。よかった。
素晴らしかったです。

福富氏の慧眼にかなった絵画の一点一点が素晴らしいのはもちろんのこと、こうしてひとりの人間のコレクション全体を俯瞰する企画展ゆえ、作品たちを通して、展覧会のタイトルどおりに氏の””を実感することができた。
福富氏が生涯にわたって手に入れてきた作品は時代もジャンルもばらばらではあるけれど、そこにはずーっと変わらないひとりの人間の価値観が貫かれているのがよくわかった。

有名だからとかレアだからではなく、一貫してご自身が好きなものだけを集めてきたという。その中には美術界ではそれほど評価の高くない画家も含まれていたが、そういった画家が後にものすごく高名になってゆくことも少なくなかったとか。「好きだから」といっても、やはりずばぬけた慧眼の持ち主。ひと目で本物の美を見抜く天賦の才能を持っておられて、それゆえに日本独自のキャバレー文化を作り上げることもできたのだろう。

洋の東西を問わず、実業家や貴族が私財を投じて作り上げた歴史的なコレクションを見たり、才能ある無名画家のパトロンの逸話などを読むたび、あくまでも別世界に生きる、我々には想像できない価値観の世界に生きる大富豪たちと、一枚の絵という微かな接点を通じて確かにつながる不思議さを思う。
鏡のように、向こう側とこっち側。
たいていは、向こう側は遠い遠い過去の世界でもある。
でも、そんな絶対どんなことがあっても何の接点もないであろう人物と同じ絵に心を動かされる面白さ。

今回の『福富太郎の眼』展は、そういう“向こう側“の世界という感じではなかった。
もちろん福富氏も実業家であり、世界的コレクターであり、ものすごい目利きでもあった。彼の作り上げたコレクションが美術界に与えた影響や大きな意義も、今回の展覧会を通じて知ることができた。展覧会の監修者である山下裕二氏も、開催に際しての文章の中で「私は、福富太郎という人は、間違いなく戦後最高のコレクターだと思っています。」と書いている。
たくさんの画家の名声に貢献してきた福富氏だが、この展覧会は彼自身のコレクターとしての名声を知らしめるために、蒐集してきた絵画たちが一堂に会したトリビュート・コンサートのような催しだったのかもしれない。
実際、今回、このコレクションを作り上げていった「まなざし」に焦点を合わせて作品を見てゆくと、素人の私でも楽しく想像を巡らすことができた。コレクターである福富氏の視点に、子供の頃テレビで見た“キャバレー王“のおおらかな笑顔を重ね合わせてみたりして。新鮮だった。
見終わった後、『福富太郎の眼』というユニークなタイトルがつけられたことが、ものすごく腑に落ちた。

金持ちになったから絵を買うのではなく、絵が好きだから絵を買った人だった。ということを、コレクションの全体像を知ることで実感した。
投資の価値があるとか、有名だからではなく、その絵が好きだから手に入れたんだな。という愛情が伝わってくる。
愛。
あくまで想像でしかないけれど、順番に眺めてゆくと「そうかー、あの絵が大好きだったということは、こういう絵にも愛着を感じておられたのだろうなぁ」などと思える瞬間があったりして、すごく幸せな気持ちになる。

ちょっと不遜な言い方かもしれないけれど、アートに対する愛という意味ではなんとなく共鳴できるポイントがあるような気がした。
自分にとってものすごくわかりやすいたとえをするならば…私たちがレコードを買い集めるように絵画を買っていた人だったのではないかと思った。

私たち(これをお読みのみなさまを勝手に含めてあえて複数形w)は、金持ちになったからたくさんレコードを買うのではない。愛ゆえに、買うのだ
金持ちになってレコードたくさん買うぞー、とは思わなかったけど。子供の頃、欲しいレコードは何でも買える大人になりたいなーとはいつも思っていた(笑)。そして今でも、欲しいレコードがあるから仕事を頑張ろう…というモチベーションはものすごく大事だ。

奇跡的に出会った古いレコードがあれば、大袈裟ではなく運命の赤い糸でつながっていたのではないかと思ったりすることがある。
なぜか理由もわからず、でも、好きで好きでたまらない音楽があれば、それが無名のミュージシャンであろうとも全力で追いかけたくなる。

そんな気持ちに通じる何かが、氏のコレクションにはあるような気がした。
と。まぁ、稀代の美術コレクターにそんな比較をするのも本当に失礼ですが。

キャバレー王・福富太郎を知っている昭和の子供として、令和の今、美術コレクター・福富太郎の審美眼に触れることができた。そんな楽しいひとときでした。

人数制限があったこともあり、場内はとても静かで、ゆっくり落ち着いて見ることができた。私見だが、換気が徹底されていることや、基本的にはどこにも触らず誰とも向き合わずに回遊するだけのアトラクションである美術館は、コロナ禍のレクリエーションとしてはいいのになーと思った。

というわけで。
本日、いちお緊急事態宣言発令初日ですが。
東京駅も、いつもよりは静かではありました。

が、それでも、そこそこにぎわっていました。
お天気もよかったし、銀座方面と丸の内を往来する流れはけっこうあった印象。

それにしても、東京駅の駅ナカ・駅ソトは営業しているお店がけっこう多いんですね。まぁ、東京ステーション・ギャラリーも“駅ソト“(というか、ほぼ駅ナカ)施設だし、去年のような東京駅ゴーストタウン状態でなくてよかった…という思いもあるけど。
東京に来るなといいながら。
他県に行くなといいながら。
駅弁屋も、かわいいスイーツショップもフルスロットル。連絡通路には、おみやげ向け東京銘菓のワゴンが出ている。
この光景には、ちょっと違和感を感じてしまった。
おしゃれな雑貨店やカバン屋も営業中で、ここはデパ地下やスーパーと同じカテゴリーなのか、あるいはサンクチュアリ待遇なのか、そのあたりの判断基準はよくわからないけれど。とりあえず、渋谷や新宿はデパートも休みだし、とりあえず東京駅にきたら半日は遊べる環境が整っている感じだった。GoTo東京駅、みたいな。

飲食店には酒を禁じて兵糧攻めですが、駅のコンビニではいくらでも酒が買える。帰りの山手線で、静まりかえった車内の床をビールの空き缶(しかもロング缶)がゴロゴロ転がり続けていた。すごくいやな光景だった。
鏑木清方の描いた儚げな女性たちの、ふっと吹いたら消えてしまいそうな優雅なオーラの余韻にひたっていたのに。
その記憶が一気に霧散してしまったではないか。

あ、でも、帰って図版を眺めていたら記憶は蘇ってきたのでオッケーです。

図版がまた、めっちゃ素敵。

穴からのぞくのは、妖艶な……

人魚!
キュートなヒップにずっきんどっきん!


というわけで。

オリンピックまで、あと……

121日!

まじか。


【追記・4/26】東京ステーションギャラリーも、福富展わずか2日間開催の後、5月11日まで休館が発表されてしまいました。残念。ほんとうは、ここと渡辺省亭展とあやしい絵展のトライアングル鑑賞したかったのですが、ひとつは見られたのでラッキーでした。再開の日を楽しみに待ちましょう。

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