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コンスタブル展@三菱一号館美術館

東京スケバン散歩/丸の内

3月31日。
ひさしぶりだよ、東京駅

●緊急事態宣言が解除されてからというもの、渋谷や新宿や池袋やとげぬき地蔵はいきなり平常運転の大賑わいなので、オフィス街とはいえ東京駅の周辺は大変なことになっているのでは…と覚悟してやって来ましたが。予想外に人が少ない。東京駅も、駅ナカは賑やかでも八重洲口のエントランスは静か。こんな静かなの初めて。

●あえて無人ぽい写真というわけでもないのですが、すごくね?
まぁ、時間帯のせいもあるのでしょうね。お天気もよくて、気持ちよかった。

●というわけで、本日は三菱一号館美術館ジョン・コンスタブル展に行ってきた。偶然にも、今日3月31日はコンスタブルの命日なのだそう。
これも何かのご縁か。

●コンスタブルは19世紀に活躍した英国の画家(1776-1837)。日本でも人気の高いJ.M.W.ターナーと並べて語られることが多い。ターナーがコンスタブルより1歳だけ歳上の同世代、それまでちょっと軽く見られていた風景画というジャンルを高い芸術へと昇華させた功労者はこのふたりだと言われている。
ターナーの場合は英国テート美術館には別館のターナー館があるくらいだし、日本でも幾度も大規模な展覧会が開催されているし、「ターナーの機関車」という名曲まであるくらいだが(笑)。それに比べるとコンスタブルは、日本ではあまり馴染みはないと言っても差し支えないのかしらん。英国の風景画といえば真っ先に思い浮かぶ画家だけど、私のような素人にとってはなんとなく知ってる…くらいの有名画家というか、作品の特徴や経歴なども全然知らずにいた。なので、テート所蔵の40点+同時代の画家たちの20点=計60点に国内所蔵品を含めた85点を紹介する、日本では35年ぶりの本格的な回顧展はとても面白かった。歴史も知ることができて勉強になった。

●生まれ育ったサフォークの素朴な田園風景に、その地を離れてなお生涯こだわり続けた人だという。個人的には、若い頃に先輩の歴史画家から「光と影は決して静止していない」と教わったというエピソードがものすごく心に刺さった。
彼の描く風景画は何よりも"空”が素晴らしい。雲や光のみずみずしさ、表情の豊かさ、躍動感に魅了される。お調子者の私などは美術館に入った時と出た時では見上げる空が違って見えたくらい(笑)。で、たしかに、言われてみれば彼の描く“空“は“動き続けて“いて、それによって静止した景色にさまざまな光と影を与えている。
光と影は決して静止していない。
深い言葉だ。それって単に風景画の中の話ではなくて、世の中のありとあらゆることにあてはまる。だから人間は、何かをひとりじっくり考える時には無意識に空を見上げてしまうのかもしれないな。どんなことにも光と影はあり、しかもそれは決してひとところには止まっていないのだ。

●風景画家として知られているけれど、彼の描く肖像画もすごく魅力的。その時代の一般的価値観だけで美女とか紳士っぽいという判断をするのではなく、風景画の景色と同じく、天が与えしありのままの輝きや翳りを描くことで人間的な魅力が伝わってくるような作品だった。中でも、奥さんを描いた肖像画は本当に素敵だった。
コンスタブルと奥さんは、奥さんが12歳の時に知り合い、若過ぎてずっと結婚を反対されていたのだそう。それで、聖職者の娘さんである奥さんとの純愛を貫いて、コンスタブルが40歳の時にやっと結婚して、7人の子をもうけ、それなのにわずか12年後に死別してしまう。絵の奥にある、そういうストーリーも初めて知ることができた。年代順の展示だからわかったことだけど、奥さんが亡くなってからの絵のタッチが明らかに変わっていることに驚いた。そういえばターナーも、息子さんを亡くしてから作風が少しずつ変わってゆく。風景画の中にも、その人の人生とか哲学が描きこまれていて、人物画におけるいわゆるミューズ的なものも、たとえ絵の中に描かれていなくても存在しているのかもしれない。

●本展のクライマックスは、1832年の〈コンスタブルvsターナー〉因縁対決の再現。なんだか格闘技みたいだが、1832年にロイヤル・アカデミー展で展示されたのと同じく、コンスタブルの「ウォータールー橋の開通式(ホワイトホールの階段、1817年6月18日)」とターナーの「ヘレヴーツリュイスから出港するユトレヒトシティ64号」の2点が並べて展示されるという。現在、ターナーの「ヘレヴーツリュイス〜」は東京富士美術館が所蔵しているそうで、この2作が並べられるのは1832年の展示を除くと今回が3回目で、ロンドン以外では初の快挙とのこと。この因縁対決wのことは公式サイトにも詳しく、また展示では第三者の回顧録まで交えてより詳しく解説されているので、ご興味あればぜひ。ターナーとコンスタブルは年齢は近くても、ターナーは20代ですでにロイヤル・アカデミー正会員になり、若くして成功を収めているのに対して、コンスタブルは画家をめざし始めたのも遅かったし、結婚も遅いし、ロイヤル・アカデミーの正会員になったのも53歳になってから(最愛の奥様が亡くなった翌年!)といういろいろ遅咲きのひと。なのに、いいオトナになってから、同世代だが自分のように大御所ではない後輩格の画家に対して激しい競争心でピッキピキするターナー……ちっせーなー、じゃなくて、やっぱ芸術家ってすごいな。と、ひとり静かに鑑賞しながらの妄想あれこれも楽しく。

●いちばん最後に展示されているコンスタブル作品は「虹が立つハムステッド・ヒース」(1836年 テート美術館所蔵)。青い空、おおらかな雲、緑、土、岩、天から降り注ぐ光、そして虹。コンスタブルが描き続けてきた主役たちのオールスター・コラボみたいな絵。この作品だけ、なんと撮影OKなのです。うれしい。最後に貰えるおみやげのよう。ありがたく、1枚いただいてきました。

●ここから先は屁のような思い出話になりますが。
90年代、初めてロンドンに行った時から毎回、行くたびに必ずテート美術館には通っている。それくらい好き。とりわけ2000年代はブライアン・ウィルソンの公演を見るために何度もロンドンに行っていたのだが、悲しいかな英ポンドが気絶するほど高い時代。最高1英ポンド=250円で、そうなると地下鉄の初乗り料金が1000円とか、スーパーでサンドイッチとペットボトルの水を買っただけで2000円とか。なのでハロッズも行かずグルメ探検も断念して、毎日、コンサートまではとにかく暇なのであちこちの美術館に行っていた。結果的にそれは本当に幸運な経験で、ナショナル・ギャラリーや大英博物館だけではなく、大富豪や貴族が個人的なシュミを全開にして作ったプライベート美術館や小さなギャラリーまで、旅行者としてはかなり多くの美術館を訪れることができた。
その頃のことを思い出して、やっぱり、いちばん好きなのはテート美術館(と、テート・モダン)だなーと思っている今日このごろ。なので、今回のテート全面協力のコンスタブル展はほんと楽しみだった。しかも、周辺の環境を含めてまるでロンドンの美術館みたいだと思っている三菱一号館美術館で開催されるというのも嬉しいことだった。

●わー、ロンドンぽーい。ぽーい。
オフィス街の中に突然、ふっと緑に囲まれた空間があらわれて、オープンエアのスペースではオフィスで働く人々や休日を楽しむ友人同士が憩っているとか。やたら近未来的なビル群の中にぽつんと古い建物がひとつだけ混じっているのだけれど、そのOLD&NEWが不思議と完璧に調和しているとか。そういう、ものすごくロンドンっぽい感じが丸の内のこのエリアに集約されているような気がして、ものすごく好き。特に三菱一号館美術館は、歴史的な企業や貴族宅をそのまま利用した美術館みたいで居心地がいい。美術館に居心地というのは変かもしれないけど、同じ絵でもどんな環境で見るかによって印象は変わるし。なんつって、「ルーブルで見た本物モナリザは、もっと美人だったぜ」という、昭和バブルおやじみたいなこと言ってますが(笑)。この美術館で開催される企画はいつも大好きだけど、今回は特に、なんか、すごくコンスタブルの絵が似合う美術館だなと思えて、それもまたよかった。

●まさにこの、近代的ビルヂング+歴史的建造物+緑の庭園…というコラボが最高にロンドンっぽくて好き。ラブ。
ここと、あとは大阪のフェスティバルホールがある中之島エリア(で合ってるのかな)、川沿いにずーっと重厚な建物やおしゃれなレストランが並んでいるのがロンドンのテムズ川沿いみたいで、すごく空間にゆとりがある美術館や科学館の自由な雰囲気もロンドンにありそうな感じですごく好き。行くと必ず「わー、ロンドン」と心ひそかに盛り上がってしまう。

しかも、角っこにジョー・マローンがあるところまでロンドン
このあたりのお店も、全体的にロンドン度かなり高い。歩いてるオジ様まで、イングリッシュジェントルマンに見えます。まじで。

まぁ、何がロンドンっぽく感じるかというのは、観光客の目線と居住経験者の目線は違うし、同じロンドンでもエリアによって印象は全然違うし、ぶっちゃけリッチ・ロンドンが好きかチープ・ロンドンが好きかで見える風景はまったく別モノだし。脳内お花畑みたいなロンドン・イメージに異論は多かろう。が、もしかしたら、あまり行ったことがない場所だからこそ思い出として勝手なイメージがふくらみっぱなしなのかもしれない。きっとそうだ。
ちなみに私が考えるロンドンというのは、"ブライアン・ウィルソンを見たロンドン"が中心なので(←ブライアンはアメリカ人なのに!でも、ブライアンもロンドンは魂の故郷だと言ってたし)、いちばんよく行った&思い出がたくさんあるロイヤル・フェスティバル・ホールや常宿があったコベントガーデンが基点になっている。そんなわけで、前述の因縁対決絵画「ウォータールー橋の開通式」を見た時には、いつもウォータールー橋を歩いて渡って、サウスバンクにあるロイヤル・フェスティバル・ホールでのコンサートへと向かっていた思い出が蘇ってきて、すごくシアワセな気分になった。さらには、テート美術館と同じくらい大好きなサマセット・ハウスも遠くに描かれているし…というか、そもそも、その因縁対決の舞台というのがサマセット・ハウスだったわけだけど。
またいつか、テート美術館に行ける日が来るといいな。


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