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名曲喫茶ライオン

古風なステレオの音量バーが常に最大値を指し示すような喧騒に囲まれて存在している渋谷の街の中には、古風なステレオの音量バーが常に最小値を指し示すような〈無駄な音が許されざる空間〉がある。その場所は渋谷道玄坂を少し上がって道なりに曲がった小路にひっそりとたたずんでいる。そこはラブホテルがひしめき合っている場所でもある。

あちらこちらにあるラブホテルには、昼間でも男女のカップルであふれている。(もしくは、カップルとは別の関係を約束した者たち。)判別のつかない2人組が滞りなくその空間に吸い込まれていく。まるで、空き家に忍び込んでいつも過ごしている家の雰囲気と違うことを感じながら不法侵入を楽しむ子供のように。ーそんな場所に、〈無駄な音が許されざる空間〉があるのだ。

水と油がぎゅうっと詰め込まれている空間には、この世界の音のすべてがあるように感じられる。一方では、洗練された人工的な和音が織りなすシンフォニーが無駄な音を排除する空間であり、一方では非常に野性的で循環的で快楽的な不協和音で満たされる空間であり、その2つの音のブレンドによって無限の音が構成され、この世界を満たすように思えてならないのだ。

ぼくは〈無駄な音が許されざる空間〉へと不法侵入するために渋谷に行く。

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