見出し画像

一期一会の音に出会うための「大学オーケストラ」の苦悩と歓喜

大学に所属するオーケストラ(管弦楽部)は、全国に多数存在している。同じオーケストラではあるけれど、その大学によって色が異なる。音楽に馴染みのない人でも、おおきい楽器を背負い込んだ学生を一度は目にしたことがあるかもしれない。

大学オーケストラ(以下、大学オケ)はもちろん、プロのように流暢に演奏ができる訳ではない。そのため、学業やその他バイトなどの時間以外は練習に費やす人がほとんど。週3日の練習、年3回の合宿練習を基盤に、各々個人練習も含めながら、年2回の演奏会に向けて日々鍛錬を積み、本番に臨む。いくつかの質問を設定して大学オケの世界を紹介していく。

Q1,大学オケとは
Q2,団員について
Q3,練習の内容について
Q4,指揮者との関係について
Q5,役職について
Q6,選曲について
Q7,プライベートについて
Q8,イベントについて
Q9,吹奏楽部との戦い
Q10,なぜオケなのか

Q1,大学オケとは

オーケストラと言われれば洗練された穢れのない世界を想像するかもしれないが、そのイメージはまったくもって間違いであると断言できる。学生オケとなれば寧ろそのイメージとは真逆と言ってもよい。音楽に対する拘りの強い団員が50人~100名所属し、ああだこうだを意見し合い、時には険悪な関係になることもしばしば。また練習後やプライベートでの関りも多く、そこらじゅうで不定期の飲み会が開催され、団員の黒歴史が形成されていく。しかし、合奏の時間となれば一段と集中し、団員全員で困難を乗り越える力がある。

Q2,団員について

上述した通り、団員は大体100名程度である。MARCHや旧帝大などでは、団員が200人を超える大学オケもある。3軍までオケを保持し、多数の演奏会や海外演奏旅行を行う団体もあるが、その様な団体のほとんどはインカレでは無いので、他大学の学生は部員としては参加は不可能。閉ざされた世界である。高校から、ストリングス部や吹奏楽部を経験しそのままオケに所属する人が大多数を占めるが、2割強は野球、サッカー、剣道をしていて音楽経験ゼロで入団する者も珍しくはない。ゆえに、技術の差がつきやすいという側面もある。背景には、バイオリン奏者が集まりにくいという点がある。興味を持ってくれる人ならば、ほかの部活やサークルに入る前に、オケに入れてしまいたい、バイオリンを演奏してもらいたい、という気持ちがあるからだ。

Q3,練習の内容について

パート練習、個人練習、学生指揮者合奏、本指揮者合奏、トレーナー練習、弦分奏、木管分奏、金打分奏、管打分奏、トップ練習など、多岐にわたる。本番までの期間を逆算し、練習計画を立てます。計画は主にインスペクターなどが中心となり、各練習日程を収集し、練習場所なども考慮してスケジューリングする。トレーナー練習は現役で活躍するプロの奏者をお呼びする関係から、日程が限られるため、優先して予定を計画することが殆ど。

Q4,指揮者との関係について

団員との距離感は非常に使い学生オケが多いと思う。合奏でも指揮者によって時間配分、雰囲気は勿論異なるが、練習後に飲みに行って音楽談議に花を咲かせられる程度には、団員との打ち解けも早い。…だけではなく、指揮者の意向に納得のいかない団員も多くいる。曲の解釈、テンポ感、指揮の方法など、そこは人間同士なので、難しく考える団員も多い。このような疑問点やもやもや感を素直に投げつけられる、ということも距離感が近いという意味に繋がる。

Q5,役職について

大学オケの役職は非常に多い。団員全員が何かしらの役職に携わる。自分が所属していた大学オケで、特に目立つ役職について列挙してみる。「部長」「インスペクター」「学生指揮」「コンマス・コンミス」「各パートトップ」「書記」「ライブラリアン」「インスペクター補佐」「男子マネージャー・女子マネージャー」「広報」「渉外」など。団の影の支配者と言われているのがインスペクター(略してインペク)である。インペクの仕事は、基本は指揮者との予定調整、団員と指揮者の意思疎通の仲介役ではあるが、ほぼすべての役職の状況を把握し、連携する必要があるので重労働。自分の練習がおろそかになる人もおおく見てきた。

分かりやすい例として、インペクと各パートトップとインペク補佐の連携である。練習場所は主に、音楽練習室ではあるが、それだけでは足りないため、教室を練習場所として活用する。教室を確保するために、半年に1回、他団体との競争をしなければならない。確実に、的確に練習場所である教室や講堂を確保するためには、各パートトップの練習予定をインペク補佐が吸い上げて纏め、それをインペクが管理し、予定を決め、それに基づき練習場所を確保していく。

Q6,選曲について

1年に2回の大イベントで、団員のワクワクとドキドキが最高潮に達するのが、この選曲会である。プログラム曲に上がるのはメジャーな曲が多い。学生オケに所属している期間は4年間であり、計8回の演奏会のみである。各々やりたい曲、挑戦したい曲は、どうしてもメジャーなモノに集中する。1回の本番につき3曲を選定する。いわゆる「前」「中」「メイン」である。「前」は10分程度の曲、「中」は30分前後の曲、「メイン」は交響曲とするのが慣例的である。曲の選定についてはルールとして管数が上限を超えないことである。上限を超えてしまうと、賛助を探して呼ぶ必要があり、費用的・時間的にも負担がかかるためである。様々な事情を勘案してそのルールから外れる曲を選定することもあるが、これが基本となる。(ホルンパートが4人しかいないのにマーラーを選定する、ということはよっぽどの事がない限り避ける、という意味。)なので、演奏会は8回しかないことに合わせて、その団の状況によっては、演奏できる曲が非常に狭い範囲になることも有るということである。

Q7,プライベートについて

練習以外での団員同士のやり取りはもちろん多い。楽器店巡りをしたり、空き時間に学食に集まったり、時間外に飲みに行ったり、お気に入りの喫茶店に訪問したり、演奏会に足を運んだり。大学のキャンパスの形態はそれぞれ異なるが、ワンキャンパスの大学であれば、学部の壁を超えて、様々な交流が生まれ、団の活性化にも繋がる。単純な集まりに飽きてしまい、「トップスボーダーの会」「日本酒会」「麻雀会」「オタ活会」「メガネの会」など、何かと理由を付けて交流してしまう。要するに、非常に仲が良いのである。その仲の良さから、恋仲に発展することもしばしば(いや、かなり)あるが、団内での恋愛は別れた後に泥沼化し、他の団員に迷惑をかけるのでお勧めしない。また、ほとんどの団員は練習、学業の時間以外はバイトをしているため、基本的に忙しい。居酒屋、ドラッグストア、マック、コンビニ、料理店、大学内アルバイトなど。バイト情報にも困らない。

Q8,イベントについて

演奏会以外の大きなイベントとしては、年3回の合宿がある。4月の新歓合宿(1泊2日)、8月のセクション合宿(2泊3日)、9月の全合宿(5泊6日)、の3回である。新歓合宿は字の通り、新歓イベントである。なので、楽器を用いた練習は行わない。既存の団員によって様々な芸が持ち込まれ、新入生に披露する。別名、黒歴史生成合宿。セクション合宿は、弦楽器、木管楽器、金管打楽器の3セクションに分かれて合宿を行う。毎年、金管打楽器の合宿は飲み会が荒れ狂いで有名で、どこの大学オケでもそうなのではないだろうか。荒れ狂っても次の日は何事もなかったように練習に参加するタフな奴ら。全合宿は、団員一同で泊まり込み、合奏やその他分奏、パート練を密に行い、一気に曲の完成度を高めるために行う。それ以外に合宿中は団内での演奏会も予定する。あらかじめ参加表明した有志団体が30団体ほど集まり、最終日の夜に演奏会を行う。20時ごろから日が回る時間帯までぶっ通しのため、疲労がとてつもないが、その後の飲み会でその疲労を癒すことになる。ちなみに、合宿マジックは毎年必ず一定数存在する。他には、団内に存在する吹奏楽研究会(応援演奏を主体とする体育会所属の団体)があり、大学イベントで応援団やチアガールの方々が参加するものには全て同行し、演奏を行う。主に金管木管打楽器(プラスして、弦楽器で金管木管打楽器の経験のある団員)が同行する。そのイベントの前には、応援指導部、チアリーダー部、吹奏楽研究会の3団体で練習する三部練というものがあり、オケの練習以外にも時間を割かなければならない。応援指導部やチアリーダーの動きに合わせて、指示された通りの曲を演奏出来るよう、練習をする。応援指導部、チアリーダーの方々とも知り合え、仲良くなれる。他のイベントには、「新歓イベント」「学園祭」「入学式演奏」「納会」「卒コン」「追いコン」「追いオケ」…多くて思い出せないのもあるかもしれないが、これだけ存在している。どれも演奏会の充実と成功には欠かせない大切なイベントである。

Q9,吹奏楽部との戦い

毎年4月、吹奏楽部との戦いも熾烈を極める。学生オケの管楽器や打楽器の入部勧誘は積極的に行われるが、その反面入部には上限が設定されている。オーケストラにおいて管楽器が増えすぎることはその分、団員1人あたりの演奏会での演奏機会が減ることを意味するためであり、新歓におけるジレンマである。そのため、入部希望が多くなってしまった場合は、既存団員による面接や演奏などを含めた軽いオーディションを行い、ふるいにかけなければならない。よって1つ目の争点。

争点①「上手な奏者を吹奏楽部よりも先に手に入れること。」

その後、ふるいにより外れてしまった団員のケアも重要である。どのようにしたら、学生オケに残ってもらえるか、団員の腕の見せ所である。ということで2つめの争点。

争点②「オーディションに外れた新入生が吹奏楽部に興味を示す前に弦楽器などに招聘する。」

基本は学生オケの魅力を伝え、理解してもらうことである。決して団員よがりな提案になってはならない。

Q10,なぜオケなのか

入部して4年を管弦楽、オーケストラに捧げるのは個々の理由があることは確かだが、共通して言えることもある。それは、とにかく団員同士の関係が尊いものであること、演奏会での興奮がどんな体験をしても味わえない最高な瞬間であること、それを叶えられる場所がオーケストラであること。これは全ての人に共通する、暗黙の事実である。大好きなオーケストラでしか奏でることのできない音楽を目指して、一時の関係では語ることのできない苦労と快感を積み重ね、それが紡がれて磨かれていき、最後には演奏会で昇華をするという一連のサイクルは、学生オケでしか経験ができないのではないだろうか。

オーケストラ、クラシックというワードを聴けば、人々は口を揃えて「高貴」「清楚」などのイメージを持つかもしれない。間違いとは言わない。しかしながら、学生オケは、1度の本番で演奏する3曲のために、時間を惜しんで、汗水垂らしながら、ひたすら練習し続けるのである。特に、メインの交響曲については、作曲の背景、解釈を含めた理解も必要である。縦や横を合わせた演奏だけでは太刀打ちできない場面が多く存在し、団員の前に立ち塞がる。プロでもアマでも学生オケでも、上記したワードのイメージの裏には、がむしゃらに没頭して苦悩し続けてきた、相当な努力が必ずある。そのように見えているのであれば、奏者をとしてはある意味の褒め言葉なのかもしれない。

今でもたまに、学生オケの演奏会を聴きに行きたくなる瞬間がある。彼らの努力を見たいがために、そして、すすり泣きながら、惜しまれながら、演奏が終わるのを見たいがために…。

画像1

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?