見出し画像

父になりました その1(三つ子の出産)

8月末 早朝

昨夜から全く睡眠も取れないまま、もう朝6時。

奥さんの手術が決まって、今日までの間ずっと「ブラックジャックによろしく」の3〜4巻辺りが頭から離れない。主人公のど真っすぐな感じに感化されているわけではなくて、その相手になっている患者や親族・当事者に感情移入し過ぎて涙が止まらない。まさに今、自分がそこにいる感じがする。

この2〜3日で数枚の同意書にサインした。多胎妊娠というものにつきまとうリスクの全てを前もって受け入れろ、という内容。最悪のイメージを持っておけば、たいていのことはクリアできる…のか?「ブラックジャック〜」が頭をよぎる。楽観的な経験談なんかクソの役にも立たない。考えうる限りのネガティブを用意しろ。そうすれば次の瞬間、ホッと胸をなで下ろすことができるかも知れないじゃないか。

こんなことをやっていたら当然、夜が明ける。

ほとんど放心状態でコーヒーをすすり、集合時間の2時間前には家を出る。家から病院、車で10分。

コンビニで栄養ドリンクを買う。そしてもう一度、コーヒーをすする。とにかく体を起こさなければ。

病院から少し手前の交差点で、僕の車は警官に止められた。どうやら赤になってから交差点を通過したらしい。こんな時には警官に反論や交渉を入れる気力など全くなく、言われるがままに免許証と指紋を差し出した。切符なんて、今はどうでもいい。

病室につくと奥さんが既に手術着に着替えていた。あぁ如何にも「私はこれから腹をかっ捌かれます」という出で立ち。「何が嫌って、お腹切られるのが嫌。。。怖い」と奥さん。申し訳ない、ほんとに申し訳ない。ここで「俺が代わりに切られてやる」など言える度胸は1ミリも持ち合わせていない。浮腫み切って、ひからびたスポンジのようになった足に触れるのも怖い。血圧も上がったまま。蛋白もほんとに産んだら下がるのか?女性が受け入れなければならないものは、あまりにも大きい。

奥さんの動揺をお腹の三つ子たちは敏感に感じ取って、母と一緒にソワソワ動き始める。ほんとに一心同体なんだな。。

栄養ドリンクやコーヒーはそれほど役に立たず、ダメ親父はあくびを漏らす。

「今日は戦い」みたいなことをSNSにアップした父であるが、戦っているのは目の前の母であり、父はさしずめ栄養ドリンクやコーヒー片手にスタンドで観戦するヤジ馬に近い。9時が近づいて、助産師さんがストレッチャーを押してやってきた。重い体を引きずるようにストレッチャーへ動かす奥さんをぱっと支えようとするけどタイミングが悪く手を引っ込める僕。奥さんの乗ったストレッチャーを機敏に動かす助産師さん、邪魔しないように避ける父。

隣の病棟の、大きな手術室へ到着した。大きな自動ドアが開く。入り口付近は繁忙期のレストランの、騒がしい厨房のような雰囲気。新入りの見習いバイトのような位置に、父は立っている。
手術着を着た医師たちが、何やら奥さんを囲って打ち合わせをしている、もう見ているしかない。無力感。

ドアが閉まるとき、奥さんがこっちに向かって手を振った。やっと、できることがあった。「頑張れ!」と手を振る。

手術室を後にして、MFICUに戻ってきた。「家族待合室」という大部屋でひたすら、待つ。

麻酔の同意書、大量出血の際に行う輸血の同意書、子宮摘出の同意書、その他起こりうるリスクの、、もうすでに承諾してしまった、最悪の事象たちが頭をぐるぐる、ぐるぐる。予定では1時間ちょっとの手術が100分経っても終わる気配がない。そもそもさっき、30分くらいで「そろそろかも〜」とだけ伝えて去っていった助産師さんも来る気配がない。動機や息切れ、貧乏揺すり、脇汗、手汗。。。止まる気配がない。

2時間を過ぎて、先ほどの助産師さんが帰ってきた。ガタッと立ち上がる僕。「お迎えにいきましょう」と助産師さん。お迎えって…紛らわしいことを言ってんじゃねぇよ。早足で手術室へ。手術チームが奥さんを乗せたストレッチャーと共に部屋から出てきた。酸素マスクを装着した、痛々しい姿の奥さん。執刀医から「問題なく終わりました」道中で「全く輸血をしていない」こと、「部分麻酔で済んだ」こと、「三つ子と奥さんが対面できた」ことを順に聞く。あれ?なんかおかしいぞ・・・?

___最高じゃないか

さんざん書いた同意書が記す施術は半分も使っていない。ただただ「最低限の麻酔」と「ほどほどの出血」で切開し、保育器に入る前の赤ちゃんを代わる代わる奥さんに対面させることができた。という最高の結果で手術は終わった。

思っていたよりかなり明るめの事実。妊娠高血圧症のせいであれだけ懸念されていた輸血の問題も、ただの笑い話のような扱いになっている。母親の頑丈な身体に助産師さんたちが驚きを隠さない。すげぇな奥さん。

ここでも父は取り残されている。現時点で我が子たちに対面していないのは、父親だけだ。

「奥さんは全身麻酔の可能性があるので、術中に子供と対面できないかもしれません。NICUに搬送される途中で、お父さんは多分、赤ちゃんの顔を見れますよ。」

最初の説明でそう言われていたのだけれど、結果として完全に取り残されている。

「よし、じゃあ俺が写真撮っといてやるから、後で見せてあげるよ」とか、得意げに言っていた夫は立場無し。

もうNICUでの処置が始まっているらしいので、しばらく対面はできないらしい。奥さんの後処理もまだ終わっていないので、ひたすら待つしか無い。

「術後の子宮収縮時に出血するので、その際も輸血の可能性があります。」まだリスクは残っていた。

奥さんの止血処理が一段落したらしく、病室へ呼ばれる。帝王切開を終えて、麻酔も切れきっておらず点滴や足の処置などで管をつながれ、まな板の鯉状態の奥さん。こっちが痛くなってくるような、姿。

術後の傷の処理時に手術着がはだけるので、度々病室の外へ追い出される。普段から見てるんだから…なんて冗談はまったく出てこない。またしても行き場が無い。しばらく過ぎて、NICUから父親の呼び出しが来た。やっと。。三つ子と対面できる。

ここから先は

0字

父親目線で綴った三つ子の育児日記です。 奥さんの妊娠から出産〜退院までをまとめています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?