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【小説】死体を運ぶ(2)
2人が話しかけてくる前に、おれは定食代をテーブルに置いて立ち上がった。
「店に迷惑だろ。外で話そう」
あごで指図すると、男たちは鼻を鳴らしてそれに従った。死体屋がへこへこと頭を下げながら後からついてくる。
「金はどこだ?」
歩きながら聞いてくる男をおれは無視した。
店ののれんをくぐって外に出ると、そこにもう1人待ち構えていた。全員が揃うのを待って、おれはコートと帽子を死体屋に預け、首を回してごきごきと音を鳴らす。
「おまえらこれで全部か?」
「ああ? それがどうした」
「足りないんじゃないか? 数だけがとりえだろう。おまえらみたいなのは――」
おれが全部言い終わる前に、男の1人が殴りかかってきた。力ませな、身体ごとぶつかってくるようなパンチだ。それをひょいと躱し、襟元をつかんで引くだけで、簡単に体勢を崩した。
そのまま、側頭部を街灯に叩きつけてやる。
あまりにも簡単に振り回せたせいで、力加減がうまくいかず、顔面がみごとに陥没し、目玉が半ば飛び出した。
「あっ、すまん」
やってしまった。そこまでやるつもりはなかった。
おれという男は基本的に平和主義者なので、急に罪悪感が湧いてきてしまい、即座にそいつの頭を逆側から殴りつけて、元に戻してやろうとする。
すっとんで仰向けに倒れた男の眼窩に、こぼれかけた眼球がすっぽりとおさまった。
(あいつ、ついてるな)
と、おれは彼の幸運を喜ぶ。
「この野郎! なんて追い討ちをかけやがる!」
何か勘違いしたらしい男の仲間がひどい言いがかりをつけてくる。
2人目は、少しばかり武道の心得があるようだった、同じように掴んでもすぐには倒れない。逆におれの腕を引きながら後ろに下がり、引き剥がそうとする。
だが、その心得が仇になった、おれの片手を両手で払ったら、計算が合わんだろう。
3人目が手を貸せば話は別だろうが、あいにく揉み合うおれたちと倒れた仲間を交互に見るばかりで、頼りになりそうにない。
掴んだ相手の動きに逆らわず腕を押し込んだ。頭を下げられた男が上体を起こそうとした瞬間、身体を折りたたんで腰骨の下あたりに潜り込む。
釣り手だけで担ぎ上げ、そのまま頭から放り落とした。
人間というのは意外と身軽なもので、不意をつかれても両手が空いた状態ならそれなりの受け身が取れる。男も真っ逆さまに落ちるようなことはなく、背中を強く打って悶絶するが、意識を失ってはいない。
「おい、おまえはかかってくるなよ」
最後に残った一人の肩に、無造作に手を置いて言った。
「元気なやつがいないと、あいつを担いで帰れないだろう」
にこやかに微笑みながら手に力を籠めると、最後の1人の顔から気の毒なほど血の気が失せる。
「あ、ああ……」
絞り出すようにして答え、倒れた1人目を助け上げる。2人目はのろのろと、かろうじて自分の力で立ち上がった。
「どこの人間だ?」
おれはリーダー格と思われる2人目をつかまえて尋ねた。
「三蔵一家だ。覚えてやがれ!」
返ってきたのはこのあたりでも一番大きな極道の名。
評判を聞く限りでは、下っ端が仕事をしくじってノコノコ帰ってきても、そうひどいことにはならないだろう。おれはそう思って、3人組を小突いてとっとと帰らせた。
凄まじい形相で睨みながら、しかしひょこひょことおぼつかない足取りで3人組は退散する。
「いやあ、棺桶屋さんを雇ってよかった。大きいだけじゃなくて強いんですねえ」
役立たずの死体屋がへらへら笑いながら寄ってくる。
「どこ隠れてやがった、だいたい……」
文句を言いかけて、おれはせき込んだ。
動き回りすぎた。ひどい動悸がする。
「……おい、薬だ」
「はいはい」
死体屋から薬瓶をひったくるようにして受け取り、銀色の液体を一気に流し込む。
壁に手をついてせき込むおれの背を、死体屋がやさしくさすりはじめた。
ぞっとするほど冷たい手だ。
「やめろ……触るな」
その手を払いのけながら、おれは地面にうずくまった。あきらかに以前より頻度が増している。
冗談じゃない。それもこれもこの死人がおれにつきまとい始めてからだ。
「おまえは、死神かなんかかよ」
「ひどいなあ」
死体屋がおれの顔を覗き込みながら、心外だと言わんばかりに首を振った。うすら笑いとしか言いようがない微笑みを浮かべて。
「ぼくが死神なら、間違えたって自分を死なせたりしませんよ」
薬が徐々に苦痛を和らげる。
おれは洋袴の土を払って立ち上がりながら、かろうじてくそったれ。とだけ毒づいた。
【続く】
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