【小説】死体を運ぶ
「だから、お前がとっとと金の場所を言えば済む話だ」
おれは向かいの席に座る死体屋をわざと箸で指し、低い声で言った。
「死人が金を持ってて、どうするってんだ」
「棺桶屋さんだって、もうすぐ死ぬくせに」
おれは口をへのじに結んで黙った。主治医気取りのこのヤブは、生前からたびたび余命宣告をしてくるのだ。
「ふん、適当言うな」
闇医者で、町のやくざともつながりがあり、臓器や銀歯を横流ししているから『死体屋』だ。
場合によっては、死にかけた患者を引き取ることさえあったというからタチが悪い。腕は確かだそうだが、おれならこんな男の診察は信用しない。
そんなくだらない人間だったから、こいつの葬式の日、おれたちは葬儀屋のところに集まって、死人の悪口で大いに盛り上がった。こいつの隠し財産の噂は有名で、回収する方法をあれこれ計画したりもした。
それが、まさか立ち上がった死体と、やくざから金を守る取引をするはめになるとは、人生分からないものだ。
「棺桶屋さん、それ、僕にもくださいよ」
死体屋が定食のおかずの子持ちししゃもを指さして言った。
おれは露骨に嫌な顔をする。こいつ、金だけでなく飯にも未練があるのか。とはいえ、ほかの客にケチな男だと思われるのも気に食わない。しかたがないので1尾譲ってやった。
「焼き魚を食うのか。昨日の弁当は断っただろう」
「ほら、『死者も』というじゃないですか、この魚は」
「くだらない」
ししゃもの胎を噛むと、プチプチとした食感があった。何千という生まれてくるはずだった命の味だった。
「うまい、うまい」
「おい、いたぞ!」
店の戸を乱暴に押し開けて、男が2人、こっちに駆け寄ってくるのが見えた。風体からして、明らかにやくざものだ。この死人は早く走ることができないので、逃げるには叩きのめしていくしかない。
2人なら、腹ごなしの運動にはちょうどよさそうだ。おれはししゃもを口の中に放り込み、ゆっくりと立ち上がった。
【続く】
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