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【小説】リキッド・ダンス・ホル #B

 それはあたしの夢想だ。本当は事故になんかあってなくて、あるいは、事故にあったものの起き上がることなく寝転んだままなのが本当のあたしだ。

 まどろみながら、あたしたちは夢を見る。ゾンビーが踊る夢を。決意の夢を。

 ほんとうは、死者は無力だ。だけど次に目が覚めたら、今度こそ生者への憎悪のままに、あたしはゾンビーとして、女子高生のゾンビーとして起き上がるのだ。

 冬が終わる。

 温かくなればあたしの腐食が始まる。

 あたしは飢える。

 あたしは捕食する。

 あたしは。

 それから、殖える。

 目が覚めたら、あたしは、それから、

それから、

 あたしたちは仲良し3人組を装って、死者たちの密談を交わすようになった。

「キミたちと話していると、少しずつ正気に戻ってくる気がする」

 邂逅以来、あたしとレーコは、様々な手段でマキの気を引いて、彼女を死者の群れの一員にしようとやっきになった。
 マキもそれを拒まなかった。群れのボスの不況を買うことも気にせずに、音楽室へと頻繁に足を運んだ。あたしたちはそれを、紅茶とケーキで歓待した。

 放課後のささやかなティータイムは、いつしか、あたしたちの日課のようになっていた。

 ある日、音楽室のピアノをマキが弾いた。オンボロで、ときたまひどい雑音が混ざる。

「ピアノ弾けるのね、どこかで聴いた曲な気がするけど」

 レーコが紅茶に砂糖をどばどば放り込みながら言う。

「僕が死んだとき聴いていた曲だ」

 マキが、音程の合わない鍵盤をわざと強く叩く、けたたましい割れ鐘を叩くような音にあたしたちはうっとりする。

「へえ。そういえば、わたしも音楽を聴いていた気がする。わたしの場合は、クラシックじゃなかったけど。グレイトフル・デッドの、『ミュージック・ネバー・ストップド』……素敵な曲だけど、バンド名がね、『感謝する死者』だなんて!」

 レーコは紅茶を一気に飲み干して、ゲーゲー戻すゼスチャーをする。マキは苦笑する。

「それはなんてタイトル?」

 あたしは尋ねる。

「『踊れ、喜べ、幸いなる魂よExsultate, Jubilate』」

 そのフレーズが気に入って、あたしは繰り返す。

「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」

あたしは

 1人音楽室に残って、自分が死んだときのことを思い出そうとする。

 あのときも音楽が鳴っていた。トラックにぐしゃぐしゃに押しつぶされて、曲名も思い出せない歌だ。あたしたちは音楽によって殺され、しかし、たぶん、音楽によって生き返った。
 あたしたちに必要なのは、糖分より覚せい剤より人肉より、何よりも音楽だったんだ。

 生きていたときのあたしは、流行りの切なげな恋の歌を、まるで自分自身の歌みたいに思えていたけど。もう違う。たぶん、死者には死者の歌が必要だ。

 生者の歌では、耳も、心臓も、震えない。
 あたしたちには、もう、騒音しか響かない。
 眼の覚めるような。
 もう一度生き返るような・・・・・・・・・・・騒音しか。

 あたしは音楽室の隅っこで、古いターンテーブルを見つける。1枚のLP・レコードがすでに入って、あたしはそこから死の匂いを感じとる。
 そこには12インチの弾丸が込められていた。

 幾度かの試行錯誤の末、再生スイッチが押され、レコードが回りだす。

「バン!」

 生き返ったとき・・・・・・・と同じ衝撃があたしを貫く。衝撃はリズミカルにアドリブして体内を反響し、共鳴し、音をたてる。

「バン!」「バン! 」「バン!」

 音は音楽に変わり、あたしに「踊れ」と命じる。
 あたしは踊り出した。ステップを踏んで、手首を捻って、頭を振った。巻き散らかされた音の波が部屋中にさざめいて、あたりを液状リキッドにする。

 死んだあたしの細胞が、死んだあたしの筋肉に命じる。

 踊れ、踊れゾンビー。踊れ。

 あたしはただ一人踊り続けた。

「バン!」

 ふいに音楽がとぎれる。あたしはぴたりと、目覚めたように動きを止める。髪は乱れているけど、汗もかいていないし、荒れる息はもとよりない。

 LPは静止し、音楽はとぎれた。
 だけどあたしの体内では、むちゃくちゃなリズムで銃声が鳴らされつづけていて。

「あたしは踊らなきゃいけない」

 って思う。

「この音楽を。あたしの音楽を」

「反撃

にでましょう」

 2人の死者に向かって、あたしは宣言する。

「あたしたちがただ、消えるのを待つだけの存在なら、あたしたちは、どうして生き返ったりしたのかって思わない?」

 レイコが神妙な顔で頷き、マキが慎重に眉をひそめる。

「死者にだっておもしろおかしく暮らす権利くらいある。あたしは、生者の横暴にはもう耐えられない。あたしは――……」

 あたしはそこですこし、ためた。演説する司令官みたいに。舞台上の歌手みたいに。

「――あたしたちは、地獄の扉に潜る。何もかもひっくり返して、生も死もみんな『わや』にして、」

 2人が、ゴクリと生唾を飲む音がした。

「そしてそこで、最高にハッピーなひとときを過ごす」

「素敵!」

 レーコが、両手を打ち鳴らして喜ぶ。

「でも、たった3人で?」

 マキが腕を組み、唸る。

「だったら殖やしてやりましょう。地中の死者たちをも蘇らせて、ゾンビーとして復活させて、ダンスを踊らせてやればいい」

「ダンス?」

「そう、あたしたちが、地面に横たわったまま、じっとしていられなかったように」

 あたしは立ち上がり、腰に手をあてて、なるべく自信満々に見えるように背筋を伸ばす。

「あいつらはそこでようやく気づく、あいつらは踊れない。おんなじ心音にあわせて、おんなじステップを、おんなじようにしか踏めない。ゾンビーのように自由には踊れない」

 レーコがキラキラとした目で見てきて、あたしは演説の成功を確信する。

「油断して、多勢と平穏に胡座をかく人類にゾンビーは負けない。ゾンビーは殖える。映画だって、そうでしょう?」

「でも、映画じゃ、ゾンビーは人類に勝てない」

 マキが情けない声で情けないことを言う。
 あたしは一層、声を張り上げる。

「ゾンビーが勝つ映画だってある!」

 見たこともないくせに。
 だって怖いから。

「そうよ、あたしたちは賢く考えて、すばやく駆け足して、あいつらの喉元に食いつく訓練ができる。あいつらが持つ武器と同じ武器を持って、同じように戦える!」

 拳を振り上げて、裏声まじりの声を響かせて、演説を締めくくる。

「あっちとこっちで銃撃戦! 武装するの。ゾンビーが孤独だなんて、馬鹿げている」

 あたしはゾンビーの群れを作ろうとする。レーコが真剣な表情でうなずく、マキが、不安げにそれに続く。

 あたしは弾丸をターンテーブルにこめ直す。呻きとも叫びともつかない銃声で放射状に放たれた弾丸が、2人の停止した心臓を撃ち抜く。

 そうだ。踊る3体の死者が群れを形成する。

例えば、

 あたしたちは武器の選別をする。

 レーコは貯金を全部はたいてドラムセットを買う。同じ日に、傍目には全部同じに見えるシンセサイザーを、マキが六台も音楽室に届けさせた。

「死者が黄金を持つなんて堕落してる!」

「僕もそう思って、積極的な消費をしてるんだが、なくならないんだ」

 レーコが嘆き、マキの顔面が張り飛ばす。あたしはそれを見てぎゃはぎゃは笑う。

 あたしは、楽器屋で中古のくすんだ白いサンダーバードを買ってきて、戦争写真の少年兵みたいに構える。あたしはそいつに名前をつける。

「AK47」

「すてきな名前!」

 レーコが笑う。

「いかにも自分に酔ってるってカンジ、最高にカワイイよ!」

 あたしは照れ笑いを浮かべる。たしかに、あたしたちは酩酊している。ろれつは回らず、足元はおぼつかず、意識はあいまいだ。

 例えば、あたしは詩を書く、言語野も腐り果てたゾンビーのへたっぴな詩だ。
 詩が書かれた紙をレーコがつかみとって読み上げた。

 『マシンガン近く』
 銃声って言葉は悲しげだって君は言ったと思う。
 悲鳴みたいだって、
 轟音にかき消されて聞こえなかった。
 バン!

 彼女はそれをくしゃくしゃに丸めて捨てた。代わりの詩を自分で書いた。現代英語の、カッチョいいお洒落ライム

「あたし、英語、しゃべれない!」

「大丈夫、ゾンビーは言葉をしゃべらない」

 あたしの悲鳴に、彼女は言った。
 その通りだ。

 例えば、あたしたちはめいめい、楽器をはじき、打ち鳴らし、音楽らしきものを作りだそうとする。
 ぐちゃぐちゃにかき乱された音の集合体は、徐々に、徐々に、形を帯びていく。
 たぶん生者には、騒音にしか聞こえない、生体破壊音楽ライブトロニカとなって。

「いよいよ、わたしたちにも名前がいるね」

 とレーコ。

「なんて名乗ろうか」

 とマキ。

「あたしたちはこれから、破壊ブレイクし、蔓延ブレイクし、そしてそこで安らぎを得るブレイクする

 あたしは宣言する。

死後のアウトブレイクタイムだ」

 今度こそあたしたちは立ち上がる。生者の横暴を許すな。

あたしたちは

 学校の中庭に陣取る。あたしたちはゲリラする。武器を持ち寄り、設置する。邪魔されないように手早く。綿密に計画され、正しく訓練されたあたしたちの手際は芸術的でさえある。
 そして爆発させる。用意した爆弾を、狼煙にして、宣戦布告する。

 あたしたちはそこらの道端にちらばっている、人間たちの捨てた音を拾い集めて弾丸にした。
 つまりこれはゾンビーの逆襲だ。人間の弾丸は死んだゾンビーを死に帰す・・・・・・・・・・・・、ゾンビーの弾丸は、生きてる人間を更に生き返す・・・・・・・・・・・・・・

「バン!」

 そして、そうだ。あたしたちはロケンローラーじゃない。
 反体制じみた賢しげな言葉も、暴力的な詩も、いらなかった。ゾンビーは、きっと、もっと自由だ。必要なのは『らしい』うめき声で。
 あたしはシャウトする。生まれて(死んで!)はじめて吐き出した意味のないおたけびは、みっともない、裏声みたいな高音だった。「ヘタクソ!」聴衆の誰かがなじった!

「バン!」

 残念、あたしに銃はもう効かない。

 これはあたしの音だ。正しくなんか、ない。
 あたしはいくつかの決めごとを無視して、ベースをがならす。

 ようするに何かを冒涜しようとする。

「バン!」

 これは、あたしの、ダンスだ。

 踊れ、踊れゾンビー、踊れ。

 群衆があたしを取り囲む。指差して笑う生者たちの中に、あたしは擬態した死者たちを見つけようとする。

「ねえ、」

 あたしは聞く。

「生きてないのは、誰?」


【了】

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