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【小説】8.26 / Dream Match (3)【イーロン・マスクvsマーク・ザッカーバーグ】

3.

 2004年の夏、起業家ピーター・ティールに招かれ、シリコンバレーを訪れたザッカーバーグは、突如として武装した集団の襲撃に遭った。

 銃声。爆発。パロアルトの高級住宅街が、一瞬にして血だまりと化した。だが、2人の血によるものではない。
 ピーターによって引き裂かれた、襲撃者たちの血であった。
 ペイパル・マフィアがなぜマフィアと呼ばれるか、それは敵対する別のマフィアたちを、力によって粉砕してきたからに他ならない。

「ザック坊や、簡単なことだよ」

 襲撃者の首を素手でねじ切りながら、ピーターが笑った。
 腹部には短機関銃の掃射による損傷があるが、古エルフの肉体を持ち、死を超越した彼に、近代兵器では致命傷を与えることはできない。

「敵は滅殺スレイする。完膚なきまでにね。単純だ」

 ピーターが手を差し伸べる。若きザッカーバーグは震えながら、その手を取った。生まれて初めて感じた根源的な恐怖。以来、それを打ち消すかのように戦い、勝ってきた。Myspaceを、Friendsterを、Google+さえも打ち倒した。
 勝利しなければならない。
 20年前、恐怖に震えた自分自身を、乗り越えるために。

 矢のように放たれた拳が、Xの顔面に突き刺さった。

 Meta社が掲げる"素早く行動せよMove Fast"のスローガンの通り、先手を取ったのはザッカーバーグだった。
 Xの黒いマスクの下で、鼻血が噴き出す。

 よろめいたXの頭を掴み、こめかみに膝蹴りを打ち込む。

(追撃――)(はや)(見えな――)

 Xの反撃のパンチは空を切る。スピードが違いすぎる。1発反撃するごとに、3発は殴られる。
 弱い連打ではない。一撃、一撃が重い。

(流石だ)(――容赦ない――)(この野郎)

 MMAならば、柔術家のザッカーバーグがレスリング技術で圧倒するだろう。
 なんでもありバーリトゥードならば、体格に勝るマスクが腕力でねじ伏せるだろう。
 戦前、見るものはそのように予想していた。だが、現実には、阿修羅の表情を浮かべたザッカーバーグの連打が、殴り合いスタンドでXを圧倒している。

 ザッカーバーグがXの股間を蹴り上げる。

(――金的!?)(CEOが?)(――そこまでやる!?)

 下腹部に鈍痛が走る。声にならない絶叫を上げ、Xが膝をつく。降りてきた頭部に手刀チョップ手刀チョップ手刀チョップ
 マットに血がしたたる。観客が息を飲む。まさか、このまま終わるのか?
 その瞬間、振り下ろされるザッカーバーグの右手首を、Xの大きな手が掴んだ。

「……やるじゃないか」

 うつろな目をしたXが、口角から血を溢しながら言う。
 笑っている。
 凶暴な猛獣の笑みを浮かべている。
 その顎に左のアッパーが入る。みぞおちを蹴り上げられる。右手を掴まれながら、ザッカーバーグの連打は止まらない。
 にも関わらず、Xの巨体は、じりじりと両者の距離を詰める。
 ザッカーバーグの全身から汗が噴き出す。疲労と、重圧で。ぬぅと伸ばされた腕が、左手も掴む。振りほどけない。信じがたい腕力だ。

「"古代ローマ式パンクラチオン"どころか、"南アフリカ式ストリート"でもやれそうだ」

 マスクド・Xの戦いに"防御ブロック"の機能はない、彼にとってそれは軟弱者の技能ワザだからだ。
 これまで、相手の攻撃は全て受け、そして、勝ってきた。

「むぅんっ!」

 気合の一声と同時に、投げる。
 景色が反転する。

(――?)

 ザッカーバーグは状況を理解できない。観客も驚愕の表情で上空を指さす。
「飛んでるよ……」
 120キロが宙を舞った。慣性を利用しない、力任せな投げ。純粋な腕力だけで、ザッカーバーグはたやすく空中に投げ出された。
 信じられない。焦って身をひねる。最前列の客席が見える。高い。どれくらい。受け身を取らねば。落ちる――どこに? 場外――。
 ――考える間もなく、背中から地面に叩きつけられた。

「――~√\~^ℓ_/L_∫ ̄L~〰~――ッ!!」

 今度はザッカーバーグが叫びをあげる番だった。激痛にもだえ、床をのたうち回る。
 顔を上げる。Xがコーナーの上に、腕組みをして立っている。あの巨体で、なんという身の軽さだ。いや、そうではない。何を考えている。まさか――。
 Xが跳躍する。雄大な鷹のごとき力強さで、今度は自らが宙を舞った。巨体が高速で回転する。その威容は、テスラ・モーターズが誇る巨大鋳造機械ダイカストマシンギガ・プレスを思わせた。
 Xはその身を150キロの鉄槌と化し、過たず、地面に倒れるザッカーバーグに叩きつけた。衝撃。2人の男が交差し、大地に"X"の象形を描く。

 Xが立ち上がる。ザッカーバーグは動かない。今度こそ、終わったのだろうか。
 否。
 飛び跳ねるようにして、ザッカーバーグがその身を起こした。

「……キミは……」

 Xは驚愕の表情でそれを見た。テスラ・ギガ・プレスをまともに食らい、甚大なダメージを受けたはずのその顔に、笑みが浮かんでいた。
 普段の彼からは想像もできないほど、嗜虐的で醜悪な笑みだった。
 走り出す。先刻までより速い。一瞬の意識の空白をついて、ザッカーバーグが跳ぶ。そのまま両足でXの顔面を踏み抜いた。また鼻血が噴き出す。おびただしい量の鮮血が床を濡らす。追撃がある。姿勢を崩したXに二度、三度、蹴りを加える。踏みつける。Xが倒れる。その頭部を蹴り上げる。

 ザッカーバーグのサッカーボール・キックが、赤黒く染まったXのマスクを打ち抜く。

「死……ッ」
 死ぬんじゃないか。客席の青年は周囲を見回した。だが、この試合を止められるレフェリーも、ドクターも、ここにはいない。
 吹き飛んだXが客席に倒れこむ。かろうじて意識がある。上体だけを起こしてうめく。

「誰……だ……」

 ザッカーバーグの動きは、ダメージを感じさせるどころか、むしろキレを増していた。呼吸も乱れておらず。びっしょりとかいていたはずの汗も、ほとんど止まっている。
 ザッカーバーグの姿をした別人。そうとしか思えなかった。
 そう、彼が善良なCEOの主人格とは別に、性別も年齢も異なるがいずれも凶暴な戦士である"フェイスブック"、"インスタグラム"、"ワッツアップ"の3つの人格を持つことはご承知の通りだ。だが、ここにいる男は、そのいずれとも違った。

「俺は"スレッズ"」
 低い声で名乗る。今、ザッカーバーグの中で、精神と肉体のかつてない窮地に新たに目覚めたのは、冷酷な殺人機械としての人格だった。
「Xを滅殺スレイするために産まれた存在」

 とどめの一撃を加えるために、ザッカーバーグ――スレッズがXに歩み寄る。無造作な前進。もはや抵抗する力はないと思っているのか。だが、間合いに入った瞬間、Xが吠えた。
「お前が死ねい!」
 すぼめたXの口から、複数の人体に有毒な薬品が混じりあった液体が噴霧される。それがスレッズの視界を遮ると同時に、Xが立ち上がり、駆けた。
 巨体と身体能力、重量と速度、彼が持つ最強の武器による、最速のショルダータックル。それでも、スレッズのほうが速い。懐に潜り込み、肩車ファイヤーマンズ・キャリーの要領で担ぎ上げると、瞬く間に頭部から床に叩きつける。
 デスバレー・ボムならぬ、シリコンバレー・ボムがさく裂する。
 叩きつけた先はマットではない。東京ドームの硬い床に頭から突き刺さったXは、そのままずるりと力を失ったように倒れ、動かなくなった。
 衝撃的な光景に、客席がしん……と静まり返る。

「……静かだな」
 悠々と一人リングに戻ったスレッズが、耳に手を当てて言った。
「小鳥の囀りツイートも聞こえねぇ」

 一拍のち、ザッカーバーグの勝利を確信した観客が、一斉に拍手と歓声を上げた。

4(終)につづく

※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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