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侘び寂びを重んじるわさび

「真実はいつもひとつ」このフレーズは、体は子供、頭脳は大人で有名な、
漫画の主人公の名言なのだが、私はこの名言に加えたい言葉がひとつある。
それは、真実は「シンプル」であるということだ。

例えば、学校で、ある男子生徒が暴れて同級生に暴力を振るう場合だと
「僕をもっと見て欲しい」
例えば、浮気をした彼氏を彼女が傷付ける場合だと
「私をもっと愛して欲しい」
例えば、銀行強盗をする男の場合だと
「俺はもっとお金が欲しい」

上の例のように、
あらゆる事件や犯罪の核には「欲」というシンプルな種がある。
この「欲」なる種は、
生活環境・人間関係・思想などを糧として
芽を出し、枝葉を伸ばし、花を咲かせ、やがてまた新たな種を作る。
つまり、
一つの欲が満たされれば(花が咲いたら)、また新たな欲(種)が生まれるのだ。
「欲は欲を生む」というサイクルは決して絶えることがなく、
このサイクルこそが人が人であるということではないか。

こんなことをいうと欲を持つなと言っているように聞こえるがそうではない。
欲は人が生きる上での原動力になり得るし、向上心にも繋がる。

しかし、自分の花と隣の誰かの花とを比較し過ぎてはならない。
なぜなら、隣の花は大きく美しく可憐に見えるからだ。
もしも比較し過ぎるとどうなるのか。
隣の花を羨み妬み、あらゆる手段を用いて、
その美しくみえる花を踏みつけ、時に力づくで奪ってしまう。
この行為こそが犯罪であり、あらゆる犯罪の根底には欲という
極めてシンプルな想いが潜んでいるのではないかと思うのだ。


さて、冒頭、「真実はシンプルだ」などと持論を述べたが、
私がこのような考えに至った経緯には、あるエピソードが関わっている。


数年前に、蕎麦屋(以下某蕎麦屋)を訪れた時のはなしだ。
   
某蕎麦屋は、大阪は阪急京都線の〇〇駅から徒歩5分ほどの閑静な住宅街にあり、今では目にすることが少なくなった木造建ての
いわゆる「the 和式」の造りになっている。
それもそのはずで、蕎麦屋のある家屋はなんと築200年、
江戸時代後期に築かれた当時は、
農具などを仕舞う蔵として使用されていたそうだ。

外観を目にして心打たれた私は、
襖にみたてた玄関をそろりと開ける。
すると、気品ある優しい笑顔の、いわゆる「the 女将」が、
こちらに身構えることなく、ごく自然に挨拶してくれた。
というのも、蕎麦屋の外観から「一見さんお断り」の印象を受けたのだ。
偏見かもしれないが、一見さんお断りのお店の店員は、一見さんに対して、
咄嗟に「誰?」と身構えることが少なくないように思うのだ。
しかし「the 女将」からは、そのような雰囲気を微塵も感じることはなかった。

店内に入ると左手にみえる囲炉裏(いろり)にまず目を奪われる。
と、ここで囲炉裏をご存知でない方に簡単に説明しておこう。

囲炉裏とは
「伝統的な日本の家屋において、床を四角く切って開け灰を敷き詰めて、
薪や炭火などを熾す(おこす)ために設けられた一角」 をいう。
とGoogle先生(以下先生)は仰っている。
先生から囲炉裏について色々とご教授いただく中で
ほうほうなるほど。
と思うことがあったので一部共有しておく。

囲炉裏の多様な機能について。

・暖房
部屋の中央付近に設置することで部屋中を暖めることができる。
・調理
炊飯をはじめとする食べ物の煮炊きに用いられる。
・照明
夜間の採光に用いられる。
・乾燥
濡れた着物など、衣服を乾かすことに用いられる。
・火種
着火が容易でない時代、照明具の火種として用いられる。
・家族とのコミュニケーションの場
食事中や夜間には人が自然と集まり会話が生まれる。
・家屋の耐久性の向上
部屋中に暖かい空気を充満させることによって木材中の含水率を下げ、
腐食しにくくさせる。

以上のように、和式の家に住み、家族をもつことが条件となるが、
囲炉裏には一石七鳥ほどの効果が期待できるのだ。

将来私は囲炉裏のある家に住むことを約束する。

と少し脱線してしまったが話を元に戻そう。

外観に続けて、囲炉裏にも心を打たれた私が次に目にしたのは
受付奥の調理場で眉間に皺を寄せ険しい表情でそばと向き合う店主だ。
店主は、
例の帽子、例の服を身に付けた、いわゆる「the 大将」の格好をしている。
例の帽子?例の服?って何って?
わかるでしょ。
もう。

ところで、
実は3つのtheが揃ったことに皆さんお気づきだろうか。
第1のthe = 和式
第2のthe = 女将
第3のthe = 大将
3つ合わせて
「3種のthe」という。

            the
イントネーションは⤵︎種の⤴︎だ。
         3

そしてなにより「the」が3つ揃った蕎麦屋のそばが美味しくないわけがない。
いや、例えそばが美味しくなくても、
「3種のthe」自体が最大の調味料となり、そばを美味しくさせるのだ。
それほどまでに人・物を含めた部屋の空間が、料理の味同様に重要なのである。

余談だが、誰と食べるかによっても味は随分と変わってくるだろう。
例えば、苦手な上司に囲まれて食べる、キロ数万円の高級焼肉よりも、
大好きな人に囲まれて賑やかに食べる、なかなか噛みきれない
ゴムの様な食べ放題の焼肉の方がおいしいに決まっているのだ。
たぶん。

「3種のthe」に盛大に心を打たれた後、
第2のthe、つまり女将に、木造の階段から2階へと案内された私は、
更にメタメタに心を打たれることになる。

屋根裏風に仕立てられた木造の温かな和の内装。
まるで秘密基地のようで、隠れ家のような空間。
江戸当時の風景を思わせる木造の水車。
〇〇焼きと称する歴史を感じさせる壺や食器の数々。

キレのあるパンチで的確に急所を狙ってくるのだ。


さて、水車横のテーブルに案内されメニュー表に目を通す。
数年前のことなので、なにを注文したのかは、はっきりと覚えていないのだが、
○○ザルそばを頼んだことは記憶している。

某蕎麦屋では
第3のthe、つまり大将が自ら打った麺を提供してくれるのはもちろん、
麺以外にもこだわりがある。

わさびだ。

厳選した静岡県産のわさび(以下静岡わさび)を使用しており、
調理場でおろしたわさびを食事と一緒に提供する、一般蕎麦屋スタイルではなく、
注文後にわさびとおろし器(サメの皮を使用した、鮫皮おろしというらし)を、
そばを待っている間に託されるのだ。
要するに、自分で卸してね。ということだ。

トンカツ屋でゴマをすり鉢でゴリゴリするのを楽しいと感じるのは
私だけではないはずで、
そのゴマゴリ体験なる体験を、なんと蕎麦屋でもできるというのだから、
当時30半ばだったのにも関わらず、
年甲斐もなく妙にワクワクしてしまったのを覚えている。

初めてわさびをおろす私に対して第2のthe、つまり女将は
懇切丁寧にわさびのおろし方を教えてくれた。
わさびはおろしに対して垂直に当てて円を描くようにおろすとのこと。

実際にわさびをおろす。

ぐるぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐる。
おろしの上にはペースト状の鮮やかな緑色の塊が形成されていく。
ぐるぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐるぐる。
ニヤニヤしながらわさびをおろす顔面はとてつもなく不気味だったろう。

数分後、わさゴリを終えた私の前についにそばがきた。
早速、丁寧に不気味にサメ皮の上でぐるぐるとすりおろしたわさびを箸で摘み、
ザルの上で雑魚寝しているそば達の一角に適量乗せる。
そして、わさびが乗せられたそば達を箸で摘み上げ、
ついにストレスから解放された彼らをツユに浸し、一気に口で啜りあげた。
・・・
・・・
辛くない。
わさびの強烈な刺激が襲ってくるのだろうと心したのだが辛くないのだ。
二口目は一口目の倍ほどの量のわさびを使用したが、
多少のわさび感はあるものの、私の知っているわさびではなかった。

そんなはずはない。
わさびをわさびたらしめる鼻に来るツンっ
が感じられないなんて。

子供の頃から口にしてきた、
市販のチューブ式のわさび(以下チューブわさび)と比べて
鼻への刺激量が圧倒的に違うのだ。

この「チューブわさび」はいうなれば、
蝶野正洋が「Goddamn!!!!」と大声で叫びながら
グーで鼻を殴ってくる感じだとすると、
対する「静岡わさび」は
石原さとみが「もう!ダメだぞ♡」とかなんとか言って、
優しく耳元で囁きながら人差し指で鼻先をツンっとしてくる感じといえば
その違いは明瞭ではないだろうか。

そこで、
静岡わさびは
わさびをわさびたらしめる鼻に来るツンっ
が少ないのに対して、
チューブわさびは
わさびをわさびたらしめる鼻に来るツンっ
が何故強いのだろうか。
一体全体
わさびをわさびたらしめる鼻に来るツンっ
とは何なのかを調べてみることにした。

結論から言うと、鼻ツンには
・わさびの成分
・わさびのイメージ
・チューブわさびの原材料
以上のことが関係していることがわかった。

順に見ていこう。

・わさびの成分
今回も先生にご教授いただいた。
日本原産の「静岡わさび」を含める本わさびが、アリルイソチオシアネートなる、
声に出すと舌を噛んでしまいかねない辛み成分を、
体が傷つけられた時に自分を守ろうとして出すらしい。
(カメムシが攻撃された時に出す青臭い匂いのような感じだろうか。
わさびとカメムシの色もちょうど似ている。ちょうどって何?)
しかし、
舌を噛んでしまいかねない成分にはわずかな辛みしか含まれていないという。

・わさびのイメージ
これには
『わさびって鼻ツンがなかったらわさびの意味なくね?問題』が挙げられる。
つまり「チューブわさび」は鼻ツンに繋がるように操作されているのだ。
もしもわさびに鼻ツンがないと、緑色のただのグロイ練り物となってしまう。

・チューブわさびの原材料
ここでようやく鼻ツンの正体が明らかになる。
「チューブわさび」の原材料にはほんとんどの場合、
辛みの強い安価なヨーロッパ原産の西洋わさび(ホースラディッシュ)が
本わさびの代用とされている。
西洋わさびにはわさびの名称が含まれるものの、
わさびとは似て非なるもの、わさびではないのだ。

まとめると、
日本出身の「静岡わさび」が
「私はわさび。ふふっ。」
と控えめに存在を知らせているのに対して、
ヨーロッパ出身の「チューブわさび」が、
「ワテガホンマモンノワサビヤデー!!ヒャッホー!!」と
しゃしゃり出てくる。
とまあそんなとこだろう。

以上のことから、
わさびを通じて本物は刺激が少なく、真実とはシンプルである。
という考えに至ったのである。

本物とはシンプルであるが故に見えにくい。
皆さんが紛い物に惑わされることのないよう
本物を見る目が開けることを切に願い、また、それを祈っている。

合掌。


追伸:チューブ式のわさび好きです。

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