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人生でいちばん一緒にいた人と、最後に会う日だったかもしれない日記


私事ではありますが、3月最後の土曜に離婚をしまして。詰め詰めの予定でしたので、その翌日にはばたばたと夫、いや元夫は引っ越していきました。コンタクトレンズとかカミソリ等々をなにかと忘れながら。


そしてその一週間後である昨日、粗大ゴミを搬出して家を大掃除するためだけに午後にやって来てくれました。特に引き出し付きのベッドの解体は中々大変で、私も彼も「引き出し付きのものは二度と買わない」などと話しながらマンションの粗大ゴミ置き場にふうふう運びました。他にも引越しをする人がいるのか、粗大ゴミ置き場には他の誰かが置いた炊飯器や食器棚や譜面台などもあり、「皆それぞれ人生があるなあ」とぼんやり思ったものです。

そういえば、「元夫」なんて初めて文字で書きました。中学からの知り合いで、8年以上付き合って、お互いに人生で一番辛い時期をなんとか一緒に生きてきた人をそんな言葉で呼ぶのは、なんだか違和感があります。もちろん上手くいかなかったから別れる道を選んだのですが、それでも不思議な気持ちになるものです。彼は元夫で、私は元妻で、この用事さえ終わればもう一生金輪際会わないのかもしれないのだなぁ、と。


一通り作業を終えて身綺麗にして、最後に近くの定食屋さんで一緒にごはんを食べることになりました。彼に渡してしまって今冷蔵庫のない私はとにかくお肉が食べたくてチキン南蛮定食を頼み、炊飯器もないのでごはんは山盛りにつぎました。ソシャゲでオート戦闘をさせながら、とにかく食べて食べてお腹に入れました。離婚も引越しも体力が要るのです。

「最近は何を食べてるの」と聞いたら、とにかくパンやら牛丼やらを食べているらしく、あまりに予想通りで少し笑ってしまいました。私と付き合ってから風邪を引きにくくなった、なんてずいぶん昔に言っていたような気がしますが、この先は大丈夫でしょうか。彼の仕事もそろそろ繁忙期にさしかかる頃で、忘れ物と一緒に栄養ドリンク入れておいたけれど、不健康にはならないでほしいなぁと、それだけはもう願うばかりです。あと歯医者さんや皮膚科にもきちんと定期的に通って暮らしてほしいなぁ。新しい街でかかりつけの病院はもう探したのかしら、なんて私が心配してもしょうがないのですが。


私がちょうど食べ終わる頃、彼はまだ飲みきらないままの味噌汁の椀をじっと持ったまま、「この一週間を過ごして、言おうと思ってたことがあって」とゆっくり言葉をこぼしはじめました。


それは私の予想外の謝罪の言葉でした。もっと生活を大切にしておけばよかったと。私の好きな生活の物事を、瞬間を、一緒に大切にして暮らせればよかったと、しみじみ話してくれました。ただ、「そしたらもっと一緒にいられたかもしれないのにね」とはお互いに言いませんでした。それが難しくて私たちは離婚を選んだのですから。

でも、だからこそ、彼の後悔でも懺悔でもない言葉は、それだけは本当に本当のものでした。彼が感情的な気持ちを素直に言葉にする事がひどく珍しいのは、きっと私が一番よく知っています。


離婚が決まった直後くらい、まだ桜が咲いていない頃に、粗大ゴミシールを買うためにふたりで深夜のコンビニに行った日のことを思い出しました。久しぶりにゆっくり外を歩いていたら、こぼれるように咲く梅を見つけたので、つい足を止めた時のことです。

「見て、梅が咲いているよ」

と指を指して夫に教えながら、私は思わず見惚れていました。これから季節はあっという間に巡りますから、梅の花を見るのは今夜がきっと今年最後だからよく見ておこうと思ったのです。

気が付いたらぼうっと花に見とれてしまっていたので、慌てて「待たせてごめん」と夫の方に向き直りました。もうスタスタと先に歩いていってるかと思っていたのに、ただじっと私を見ていた彼と、目が合いました。

ああ、私の後ろ姿をずっと見ていたのだなと気付きました。まるで今この瞬間を心に焼き付けておくみたいに。

梅、見ないの?と聞いたら「梅くらい会社の近くでも咲いてる」とぶっきらぼうに言って、家の方にまた歩きはじめたので私も追いかけるように梅の花をあとにしました。


彼の言う、もっと大切にすればよかったという瞬間は、たぶんああいう時間のことだったのでしょう。確かにそういった時間をあまり共有できないまま暮らすのは寂しいことでした。でも彼が何をどんな風に頑張って生きていたか、私はよく知っています。彼は彼でままならないながらも精一杯生きて、私と一緒にいてくれました。何かが私たちに足りなかったとしても、隣にいられて充分でした。

それだけで人はなんでも飲み込んで生きていけるわけではないと、お互いに気付いてしまったわけなのですが。それでも「大切にすればよかった」と思ってくれたことに、彼の最大限の慈しみを感じました。



定食屋さんを出たら、来た頃には降っていなかった強めの雨にふたりで驚きました。お互いに傘を持っていなかったので、慌てるように少しぎこちなく、これが本当に最後の最後かもなんて全然思えないという感じで、「じゃあ元気で」となんでもないような別れの挨拶を交わしてお互いに別の方向に足を向けました。


10メートルくらい離れた時に、「幸せに暮らすんだよ」と大きめの声で言ったら、彼は雨音の中でも気付いたようで、振り向いて「だちこもね」と大きな声で返してくれて、その顔は明るく振る舞う時の顔だったように見えました。


最後に見れた顔が笑顔でよかったなと、あの癖っ毛はコンプレックスみたいだけど私は好きだったなと、今日着ていたセーターのお手入れは自分でちゃんとできるのかしらと、一緒にいてくれてありがたかったなと、あの人と結婚してよかったなと、どうか幸せになってほしいなと。もっと色々噛みしめたかったけれど、どんどん強まる雨に背中を押されるかのように、私も足早に自分の家に帰ったのでした。


だちこ 


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