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エッセイ⑧

2017年10月。

台風が立て続けにやってきて、寝床を追われた。
台風一過の空の下、二本の傘を杖に一張羅を乾かそうと汐留カレッタの上で日光浴をするために歩いて行った。
一張羅を脱ぐ訳にもいかず、冷え切った身体を暖めるには、それしか手が無かった。
 眠気と幻聴と戦いながら二時間。昼頃になってようやくもう少しで気持ちの悪い濡れた服の感触が無くなる、という時、天敵が現れた。
何度も言い合った、顔見知りの警備員。
「寝てねぇぞ!」
「アンタはもう長く居るから、早く出てけ!」
人がごった返しているならわかる。が、居るのは俺と一家族だけ。
論理もクソも無い。反撃の狼煙の悪口の連発が口をついた。
奴は
「いいから、早く出てけ」
と言い残して行く。
俺は頭に上った血を下げる為と、完全に乾かす為に居座っていた。
「これ食べて」
一部始終を見聞きしていた家族の長。アラブかインドの人と思われる男性だ。
それは、2個の柿だった。ビニール袋には京急ストアと入っている。
柿なんて、何年振りだろうか。しかも、その柿は今までで一番うまかった。ちょっと後に、なけなしの150円で京急ストアで買った位、うまかった。
その前が前だけに、泣きそうになってしまった…。

 何日か汐留でうろちょろしたものの、寝場所に戻る気になれず、新橋の駅へと移動することにする。といっても昼だけだ。何も知らず慣れない場所では1からやり直さなきゃならない。なによりも、寝場所を見付けなければ…。
 方向音痴で、汐留を出て迷って歩き回って疲れたくなかったから、汐留に入ってから一歩も出なかったのだ。同じ場所と言ってもいい新橋の駅にさえ…なにしろ、お台場へ行って3日間出れずにうろうろした事がある…。
 新橋の駅前。
日の当たる場所で休み、駅の方を見ていた。
立ち喰いソバ屋の前に、髪・髭の長く伸びた浮浪者らしき者が横になっている。
(ここで寝れる!?‥‥わけないよな…)
夕方には、やはりいなくなっていた。

翌日。
景色はちょっと変わっていた。
男性の首にしがみつく様に、女性の姿があった。
JRの警備員がやって来て、何やら話している。
男性を起こそうとしているのだ。
手助けに行こうか迷っていた。二本傘の杖男が行っても、何の助けにもならない…要するに、勇気がなかっただけ…。
勇気のある男性はいた。
名乗りを上げたその男性は、日テレ前で何度か見た男性だった。
 服はキレイだし、髪もビッと整えていて、一見すると路上生活者とは思えない。目付き鋭く厳しい顔をしていたので、声を掛けられる人ではなかったのに…。
 しばらく見ていて、横になっていた男性を救急車に乗せようとしているのだとわかった。
 声すら掛ける事が出来なかった自分を悔みながら、汐留に戻る…。
 3日目。
救急車に乗った筈の男性、女性、名乗りを上げた男の3人がいた。
 後でわかった事だが、男性が拒否したのだ。それを二人が説得して、再度救急車を呼び、待っているところだった。
 4日目。土曜日。
5日間、何も食べれていない。いい加減に何とかしないと、と焦る。
バッグを盗られてから、施しは明らかに減って、キツイ日々が続いている。
 ソバ屋の前に立ち、何故この場で横になっていたのかがわかった。ソバ屋のダクトから暖かい風が吹いているのだ。
 (これからどうしようか…)
と、立ち尽くしていた時…
「炊き出しあるの知ってます!?」
 あの女性だった。長い髪をまとめて、左側にたらしている。間違い様がなかった。
「え!?新橋にあるの!?」
「あるんだって。私も教えてもらったばかりで…。一緒に行きませんか!?」
「いつ!?」
「明日、夜6時。ここに来ればわかるって。」
渡りに舟だった。嫌も応も無い。
声を掛けられなかった自分を恥じた。

6日ぶりの食事が不味いわけがないが、そのカレーは本当にうまかった。
後でわかったことだが、昔、一年程路上生活していたおばさんが個人でやっている炊き出しだった。しかもベジタリアンで料理が苦手。炊き出しをやりながら勉強していったらしい。
弁当は白飯に単品を乗せるだけのシンプルな物だったが、味付けが良くてどれも旨い!
 カレー、赤飯、ひじき、ちらし、五目。週替わりに配ってくれ、2週同じ物が続いて出たことは一度も無い。
「今日は味付けに失敗しちゃった」
と言った時もあるが、不味かった事はない。
ただ…このおばさん、一言多い。言われて来なくなった者もいる。特に女性に対して厳しい。
 来なくなった者のひとりの女性。旦那と子供と裁判を抱え、働きたくとも働けない状況で炊き出しを回っていると言っていた。この人にも言っちゃうから…話をするようになったばかりだったから、残念で仕方ない。この女性、昔TVのクイズ番組で人気が出て、NHKの朝ドラにも出演。その朝ドラで服に赤紙を貼って物議をかもし、現在(当時)も裁判中のあの女性タレント。この時の話も聞いたからね。間違いない。ただ…名前が今でも思い出せない…。
 この炊き出し、残念ながら、現在はもう無い。

有馬さんとの出会い

 ソバ屋に着いたのが6時頃。炊き出しが始まろうとしていた。
先頭に、あの、声を掛けた男性がいる。
一言も声を掛けられずに、ゆっくりと最後尾に並ぶ。
カレーをもらった後も声を掛けられず、二人の行った方向だけを確認して、日テレに近いファミマの前で食べた。
 翌日。
ソバ屋の前に着いてから
(とにかく礼をしなくちゃ…)
と、当てもないまま、二人の行った方向へ向かう。
二人は驚く程近くに居た。
10m程行った所にあの男性が立っていたのだ。フッと横を見ると、彼女が座っている。
男性に目礼し、彼女に近付く。
「昨日はありがとうございました。本当に助かりました。」
2本の傘を杖に、曲がった腰で、わかったかどうかはわからないが、自分としては精一杯のおじぎをし、男性に頭を下げ、ソバ屋へ戻る。
 礼を言えた安堵感に浸るのと、一週間どうするかグダグダ考える前に、女性が姿を現した。
「ちょっと話があるから来てくださいって。」
(何だろう?)
とは思ったものの、恩人と、恩人を助けた男性の誘いをことわる事などできはしない。
ゆっくりと彼女の後を付いて行く。
男性は同じ所に居た。
互いに軽く会釈をすると男性が言った。
「用事とか行く所とかあるの?」
「いえ、ないですけど…」
「だったら、彼女と一緒に居てくれないか!?」
「はい!?」
わけわからん…
「いや、女性ひとりじゃ危ないから」
金も荷物も無い。あるのは、杖替わりの傘、二本だけ…。
「なんで自分なんですか!?」
「まともな人を探してた。長くホームレスをやっている人は、どこかイっちゃってる人が多いから」
 俺がまとも!?
変わってるとか普通じゃないとか言われ続けて自ら納得してきた自分が、まとも!?
 まぁ、自分じゃまともな方だとは思っていたが…普通とはどういう事か徹底的に考え(小説の為にもね)普通じゃねぇなと自覚もしてたけど‥。
「こんな自分でいいんですか!? 何も知らないし、何もできないですよ」
「自分は合気道七段でね。人を見る眼には自信がある。君なら大丈夫。」
人に信頼されたのって、初めてじゃないかな‥悪い気はしない…
「わかりました。一緒に居るだけでいいんなら、いいですよ。」
「あぁ、良かった」
 これが、有馬金江さんとの出会いで、それから2年半を越えて、今でも一緒にいる。
 男性は、コヤマさんといい、合気道を教えていない時はホームレスという、やっぱりちょっと変わった人。
 合気道七段と聞いて鋭い眼に納得し、頼もしく思ったのだが、彼は、じゃっ、と言って、どこかへ行ってしまう。
「日比谷のおにぎり、行ってみる!?」
約一週間、当たりさわりのない会話を続けながら、二人は寝る場所を探しながら、ずっと一緒だった。
 彼女としては、頼るというより、一緒にいてあげなきゃという思いだったと思う。何も持たず、腰をやってしまった何も知らない男と一緒にいても、彼女には何のメリットも無い。それでも彼女は明るく喋り通しだった。約3か月、日テレ天気予報の木原さんと二度程一言二言交わしたくらいのこちらとしては、ただただ嬉しく、助けられた、という思いしかない。
「行こう」
歩くのはシンドかったが、そんな事は言ってられない。
なにより、自分より彼女の空腹を埋めてやりたかった。世話になりっぱなしで心苦しかったのだ。
 日比谷のおにぎりを教えてくれたのも合気道七段だと言うが、問題は二人共道を知らないという事だった。
 彼女はこっちは初めてらしく、自分は極度の方向音痴。
結局、SL広場の交番で訊いて行った。
 おまわりさんが一番わかり易い道を教えてくれた。
一度右に曲がっただけ、ほぼ直線で迷いようがない。心配性の二人は、途中で一回訊いたけど…。
 二人共、初めての日比谷公園。
ここでいいのだろうか…。誰一人いない。
心配性の二人は、早く来すぎたのだ。当時、日比谷公園の広さを認識していなかったのが幸いした。知っていたら、うろうろして、もらいそこなったかもしれない。
 ダベッて時間を潰すしかない。その時、ようやく彼女が身の上を喋り始めた…


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