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恋バナの終焉を迎えたわたしたちの第二幕のはじまりと

25歳をすぎて、もしかしてアラサーになったのか?
似合っていたお気に入りのワンピースやブラウスを着た鏡の前で、首を傾げながらようやく自覚する。
そういえば、手の乾燥が気になっていた。
顔のしみが増えた気がしていた。
何気なく見ていた青春バラエティに涙もろくなっていた。。

20代なんてまだまだ若いから、歳を気にすることなんてなかった。なのに、世で言うアラサーになったと自覚した途端に、いままでになかった細かい変化がいちいち目につくようになっている。
けれども、生きている以上細胞は生まれ変わりながら少しずつ老化しているのは事実だ。最高潮からは衰えてきた記憶力や俊敏ささえもを認めながらも少しでも、より善い状態で前に進めるように、アラサーのいま再度人生の舵取り見直しが重要に思う。

昨年から今年にかけて友人の入籍ラッシュが続いており、結婚という一大イベントを迎えている人が多い。自身も同じく昨年に入籍した身であるが、イベントというよりは先述のように、今までの進んでいた道から違う道へと、大きな力(挨拶、各種手続き、転職、結婚式の準備、など)を使いながら「舵取り」をした感覚だった。
もちろん、この年頃で結婚を決めた理由などは様々であるだろうし、結婚しない選択も決断の一つとしてあったわけだが、私は1人で生きていくよりも札幌の家族のもとへ帰るよりも夫と一緒になることを望んだからそう決めた。

そう決めながらも毎日仕事をしたりやらなきゃいけないことに追われながら、ふと、そんなふうに、私が結婚を決めたことも含めてここ最近の自分の生き方や考えや想いを、そういえばあまり友達に話す前に決断していた数々を振り返っている。
そして同じように、「久しぶり!先日入籍しました!!」というLINEで嬉しい報告をしてくれていた友達たちも、相手の彼がどこの誰なのか、どんな顔でなんて名前で、いつから付き合っていた人なのか、知らないまま私は「おめでとう!!!ところで苗字は何さんになるの?笑」なんて聞いていたりする。


かつてわたしたちは、お互いの知らないことがないくらい、なんでも知っていた間柄だったのだ。


高校生が終わるまでスマホがない最後の世代だった。学校の中でも外でも、時にはマックで、時にはお泊まり会をしながら、部活が終わったあとも公園で、永遠に話をしていた時間があった。
大学時代は同じメンバーで何回も同じ話を共有したり、新たな春を祝ったり、恋が終わって慰めあったり、裏切られて腹を立てたりしながら、お酒を延々と飲んでいた時間があった。

学生を卒業したときに、びっくりするくらいみんなバラバラになったし、私が北海道を離れたことで距離的に疎遠になってしまったこともある。会いたいね、っていいながら、こんなにすぐに会えなくなるなんて。でも悲しむ余裕がないくらいには仕事が大変だった。

共有の時間を失っても人生は続いた。
でも恋バナをした数だけわたしたちは学んでいた。あのとき友達がかけてくれた慰めや助言、励ましの声に背中を何度も押されながら、1人でも判断ができるようになっていたのだろう。

わたしたちが恋バナに花を咲かせる時代は去り、これからは咲いた蕾を育てていくことになっていく。
もちろんわからないことばかりで大変なこともたくさんあるだろう。でも人生の舵から手を離さないで漕ぎ続ける。
時には友達を頼りながら、自分で次の章を築いていかなければ。

これから幾度となく迫りくるだろう人生の転機に震えながら、この文章を書いた。どんな決断でも、自分がいまが幸せと思える人が増えるように祈っている。

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