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SMBCクラウドサイン株式会社 取締役 平皓瑛 @hirocky007 長文インタビュー。クラウドサインを支えた元起業家の人生

本日、弁護士ドットコム株式会社と三井住友フィナンシャルグループの合弁会社「SMBCクラウドサイン株式会社」の設立を発表させていただきました。SMBCクラウドサインのウェブサイトは、こちら

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インタビュアーは弁護士ドットコム株式会社取締役クラウドサイン事業責任者の立場の私がさせていただき、今回新設会社であるSMBCクラウドサイン株式会社取締役 平 皓瑛の半生と、二人三脚で歩んだクラウドサインの日々を回想させていただきます。

シリコンバレーで過ごした幼少期、起業家として資金調達の実績とその失敗、外国での起業家としての成功、クラウドサインでの暗中模索の日々。平 皓瑛という経営者を知って欲しい。自分のエゴです。

シリコンバレーで育った天国と地獄

橘:本日は平さん取締役就任のタイミングでもあり、1人の経営者として、平 皓瑛という経営者に興味が今一度湧いてきました。何度か話していただいたこともありますが、今一度子供の頃について聞かせてください。

平:自分の子供の頃を語る上で欠かせないのはシリコンバレーで過ごした日々です。父親の仕事で小学4年生の頃にカリフォルニアのシリコンバレーに移住しました。父親は日本企業で半導体を作っており、当時日本では半導体に力を入れて米国への転勤は珍しくはありませんでした。

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橘:シリコンバレーでの日々はどのようなものでしたか?

平:当時は英語が話せないこともあり、単に楽しい日々、ということはありませんでした。妹は幼稚園のときに米国育ちとなり、むしろ英語がネイティブ言語となっていましたが、あくまで自分は日本語で育ってきたため、最初は苦労した経験がありました。

当時は日本人の転勤が多かった時代で小学校も日本人が多かった記憶があります。

橘:そんな日々の中、今の平さんを形成したものはありましたか?

平:当時ディズニーアニメーションがピクサーに投資して制作していた時代で、CGアニメーションに移り変わろうとしていました。そんな中、米国では宮崎駿の作ったジブリのアニメーション映画が人気でした。しかしながら、クリエイターに還元されているかというと、米国のコンテンツ作りとサスティナブルなビジネスモデルの経営のバランスには及ばず、アニメーション技術とビジネスモデルに興味が湧いてきました。

橘:確かに当時のピクサーはジョージ・ルーカスからスティーブ・ジョブズに経営権が移りましたが、そこにあるのはテクノロジーへの投資、そしてディズニーアニメーションからの資金調達のビジネスイノベーションの連続でしたね。

その只中で過ごした青年時代は、平さんのその後の人生に大きな影響を及ぼしたように自分も感じます。

日本に帰国して諦めた、クリエイターとしての人生

平:高校卒業とともに帰国しました。半導体ビジネスの活況がひと段落したのと、幼稚園から米国育ちだった妹を日本の環境でも育てたかった家族観も影響しましたが、自分自身、日本で社会人人生を歩みたかったのも大きかったです。

橘:平さんは日本に帰国後、大学のアニメーション学科を卒業してますね。それはやはり米国での原体験が大きかったのでしょうか。

平:はい。まさにです。3DCGクリエイターになりたいと考えていました。

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橘:でも、その後クリエイターの道に進まなかったのはなぜでしょうか?そこは理想と現実があったのでしょうか?

平:大学2年生までは3DCG技術を用いてコンテンツ作り、アニメーターになりたいと本気で思っていました。でもまさに橘さんのおっしゃる通り、自分の向いている分野がもっとあるのではないかと思い、むしろクリエイターたちの技術、アイディアをビジネス的に確立できるような存在になりたいと思うようになってきました。それが自分の能力とやりたいことのバランスだと考えるようになりました。

アマナへの就職、そして起業家への人生へ

橘:ここからは面接の場面でも自分は聞きましたが、アマナに新卒で就職しましたね。

平:まさに自分のやりたいことはクリエイターのビジネス的側面での支援です。クリエイターの仕事を営業したり、マーケティングしたりして、貢献したかった気持ちが強いです。

橘:アマナではどんな仕事をしてきたのですか?

平:当時のアマナでは動画制作よりも、クライアント企業へのマーケティング支援として写真制作の営業がメインだったため、自分も広告営業をしていました。クライアント企業も、新聞や雑誌への出稿が多かった時代です。

思えば、2年半近くがむしゃらに働いていました。

橘:そんな中、起業したと。

平:はい。やはりクリエイターを支援したいという思いが強く、自分自身別のアプローチで支援できるのではないかと強く思うようになりました。

橘:そこで選択した企業の仕方が実に平さんらしいです。共同創業者の2名はタイ国籍の方で、日本語も話せない2名を共同創業者に選んでます。

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(平さんは写真左。写真真ん中と右がタイ国籍の共同創業者)

平:大学時代にカーネギーメロン大学に留学していたときに知り合ったタイ国籍の方です。国籍は関係ありません。志が同じだった人をただ誘っただけです。

橘:そこではどんな事業を興そうと思ったのでしょうか?

平:クリエイターに特化したクラウドファンディング事業です。当時は汎用型のReadyforと家入さんのCampfireがありましたが、自分自身の想いとしてクリエイターの支援がしたかったです。

当時見ていたのは、クラウドファンディングサイト「kickstarter」でクリエイターが巨額の資金調達をしていた例です。だから、専門特化でも勝負できると考えていました。

橘:今でこそサイバーエージェントが運営する「Makuake」で「この世界の片隅に」が4000万円ほどクラウドファンディングで資金調達した例がありますが、当時はかなり厳しかったのではないでしょうか?ReadyforやCampfireも今でこそ盛り上げっています。

平:当時は確かにクラウドファンディング事業の運営は厳しかったです。2012年に起業し、同年榊原さんにお世話になり、サムライインキュベートからシード投資をしていただきました。

そしてお世話になったのが元サムライインキュベートで、現SmartHR CFOの玉木さんです。

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(写真左が平。写真右が現SmartHR CFOの玉木さん。)

橘:当時サムライインキュベートで投資家だった玉木さんが今SmartHRで、投資先だった平さんが今クラウドサインで。巡り合ったのはインターネットの新しい歴史のようにも思えますね。こういった巡り合わせがインターネット業界では多くあります。

平:SmartHRのオフィスで巡り合ったときは感慨深かったです。他にもサムライインキュベート仲間がクラウドサイン ユーザーになっていただいたり、サムライインキュベート自体がクラウドサインを利用していただいたりと、巡り巡ってきますね。

橘:その後さらに資金調達をしましたね。

平:はい。セガネットワークス、フジスタートアップベンチャーズから資金調達させていただきました。まさにゲーム業界やクリエイターを創出している両企業から支援していただき、感謝しております。

そして、同時に日本企業からアジアにゲーム会社をパブリッシングする事業をはじめました。当時日本のスタートアップ企業もゲームアプリ全盛の時代で、アジア進出を図る事業ニーズも高く、クリエイター支援と海外、という文脈で事業貢献できるのではと考えました。

当時タイ人の部下が100名弱に及び、マネジメントの難しさを学びました。

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(パブリッシング事業のタイ国籍の方々)

クラウドサインに入社した理由と、橘と歩んだ日々

橘:そして、廃業してクラウドサインに入社しますね。改めて、その理由を聞かせてください。引く手数多の中、なぜクラウドサインを選んでくれたのか。また、クラウドファンディング事業をなぜ辞めたのでしょうか?

平:そ2016年当時は汎用型クラウドファンディング事業であるReadyforやCampfireでさえ、ビジネス的にグロースフェーズではなかったと思います。今でこそCampfireはTVCMをやる規模ですが、当時はそんなフェーズではなく、クリエイター特化型クラウドファンディング事業は厳しかったのが現実です。当時結婚していて妻や生まれてくる子供のことも考えました。

そうして2016年末に事業を閉じようと決意し、2017年初頭には株主に頭を下げに周りました。今でも心から申し訳なく、そして支援してくださり感謝の気持ちで一杯です。

次の人生を歩もうと決意し、自分の価値観に合いそうな企業を複数社見ていました。クラウドサインを選んだ理由ですか?

それは橘さんと会ったからです。橘さんのビジョンや人との接し方に共感し、しかも当時クラウドサインは営業1名しかいませんでした。やりがいのある事業、やりがいのある事業責任者、やりがいのあるミッションだと感じました。様々な幹部社員としてのオファーを辞退し、クラウドサイン(弁護士ドットコム株式会社)への入社を決めました。

橘:入社してからは色んなことがありましたね。平さんとは楽しい日、苦しい日、愚痴を言い合う日、心からうれしい日、様々な日々を2人で過ごしてきましたね。言葉では言い表せない、充実した日を共に過ごしました。

平:そうですね。橘さんに叱られたこともありました。それでもこうして充実した日を過ごせたと、入社してよかったと心から思います。でも、それ以上に楽しい日々を今、回想します。

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(写真左、平。写真真ん中box,Inc. CEOアーロン、レビィ。写真右、橘。)

橘:強いて言えば、思い出深いことはありますか?

平:なんだろう。きっと記事には書けないことですが、××(編集によりカット)なんかもありましたね。

橘:ありましたね。書けない。書けない(笑)。

平:(笑)

橘:プロダクトロードマップを作成するために合宿した日。半年間で営業を倍の人数にすべく採用に明け暮れた日。営業戦略を極限まで詰め切った日。平さんと過ごした日はどれも忘れられません。こないだも深夜まで会議のためにマクドナルドで買い込みに行ったばかりですね。先週の出来事が懐かしい。

2人で歩んできましたね。

三井住友フィナンシャルグループとの出会い

橘:ここから核心に迫ります。三井住友フィナンシャルグループとの出会い、今回SMBCクラウドサイン株式会社を設立するに至った経緯を話せる範囲で話せたらと思います。

平:あくまで話せる範囲ですが、出会いは三井住友フィナンシャルグループのオープンイノベーション拠点である「hoops link tokyo」で三嶋さんと知り合ったことがきっかけでした。そこから交流が生まれ、様々なイベントを「hoops link tokyo」で共催させていただくこととなりました。

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(hoops link tokyoでの共催イベント写真)

橘:自分自身も「hoops link tokyo」には数多くの思い出があります。

そして昨年クラウドサインが主催したカンファレンス「CLOUSIGN DAY  RE:MAKERS」にも三井住友フィナンシャルグループの谷崎専務にご登壇いただきました。三井住友フィナンシャルグループがオープンイノベーションに力を入れてらっしゃり、以前から谷崎専務のご活躍は私自身拝見しておりましたので、とても感慨深い瞬間でした。

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橘:話せる範囲はここまでですね。こうして両社で合弁会社設立までさせていただいたこと、両社で相思相愛だったこと、そして平さんとSMBCクラウドサイン株式会社代表取締役の三嶋さんの尽力の賜物だと思っています。

平:ありがとうございます。

橘:いよいよ旅立ちの時間が近づいてきましたね。

平:はい。少し名残惜しいです。今までクラウドサインでの経験を、SMBCクラウドサイン株式会社の取締役として最大限活かしていきたいと思います。改めて、この機会に感謝しています。そして、これからもクラウドサインのために尽くしていきたいと思います。

橘:改めてのインタビューありがとうございました。

最後に:平さんへ

ここまでが平さんと話したインタビューです。ここからは本人も知りません。私から平さんへ伝える区切りとなる言葉です。

平さんへ

クラウドサインのプロダクトマーケットフィットが終わり、これからビジネスグロースをしていく、というタイミングに入社していただきました。まだスタートアップでの利用が中心で、いよいよこれから大企業に受け入れられるよう営業組織を構築していく、というタイミングで営業責任者として入社いただきました。

入社してから色々ありましたね。楽しかった記憶の時間の方が多かったですが、不思議と思い出すのは事業のために悪戦苦闘した苦しい日々です。優しい平さんには過酷な指示だったと思いますが、もっと営業成績を少しでも向上させるために厳しく部下に当たって欲しい。結果的に部下の成長に繋がるんだ、と信じて、平さんも事業のために尽くしてくれました。それでも厳しい自分の言葉を受けて、部下にそのまま当たらずに、優しくも成果を残すためにどうするかの具体化を平さんが行ってくれました。平さんが居てくれて、クラウドサインにいてくれて、心から感謝しています。

ビジネスとプロダクトの両輪を図るためにお互い苦労しましたね。佐伯さん(現:プロダクトオーナー)と3人チャットを毎日のようにしました。現実と理想、特に、常に理想論正論を言う人材のストレートな想いを組織に反映すると事業が壊れることも多く、そのバランスを3人で取っていたように思います。事業は常に感情的な各人の想いと、ロジックが作り出します。どちらも欠けてはだめです。平さんの経験が、スピードを焦る自分をときにコントロールしながら上手くバランスを取ってくれたように思います。

クラウドサインの営業責任者はこれで卒業ですね。少し不安ですし、淋しいです。しかしながら、平さんに新たなチャレンジの場を与えられたことに嬉しく思います。本来 経営者であるはずの平さんに、自分の想いと部下の想いのバランス調整を図ってもらいました。見事な中間管理職業務をこなしてもらいました。でももっと自由に過ごしてもらいたいとも思っていました。

これからもクラウドサイン、そしてリーガルテック、フィンテックを普及発展させる業務で、同じ志です。同じ経営者として、今後もよろしくお願いします。役割は異なりますが、これからも二人三脚の日々が続きます。

さようなら平さん。ありがとう。これからもどうぞ、よろしくお願い申し上げます(明日からも同じオフィスですけどね笑)。

SMBCクラウドサイン株式会社 ウェブサイト
https://www.smbc-cloudsign.co.jp/

お読みいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )ノ