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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜カワセミとウグイス(7)

 日が沈む。
 月が昇る。
 他所では決して出会うことない日と月が猫の額では夕暮れと明け方に出会うこと出来る。
 夕暮れにまた会う事を約束し、明け方に出会えた事を喜び合うように。
 月と日の入り混じった空に一筋の白い煙が昇る。
 草花の甘い香りを漂わせながら煙は空へ空へと昇っていく。
 ツキの屋敷の裏庭で細かく砕かれてチップとなった香木はアズキの背に乗せられゆっくりと燻されながら白い煙と香りを立ち昇らせる。
 カワセミとウグイスは、アズキを囲むように草の上に座り、空へと昇っていく白い煙を眺めていた。

 2人から少し離れたところでツキとオモチは、腰を下ろしてカワセミとウグイス、そして立ち昇る白い煙を見ていた。
「主人」
「ツキだ」
 反射的にツキは言う。
 アケは、思わず苦笑いする。
「コーヒー持ってきたよ」
 アケは、お盆に乗せたカップをツキに渡す。
 ツキの漆黒の髪のように黒い液体が甘い香りを漂わせる。
 オモチには苺を絞った果汁を渡す。
「2人は飲まないかな?」
 アケは、2人に淹れたコーヒーに目をやる。
「もう少し待ってやれ。会話中だ」
 そう言って自分の隣にすわるやうに地面を叩く。
 アケは、何まで言わずにツキの隣に座り、同じように立ち昇る白い煙を見る。
「ああやって住む場所を変える度に空に向かって狼煙をあげているんだ。空にいる両親に自分達の場所を教える為に。迷う事がないように」
"空にいる"という表現が空を飛んでいると言う意味でない事はアケにも分かった。
 あれは迎え火なのだ。
 2人の両親の魂が迷わずに自分達の所に来る事が出来るように。
 会いにきてくれるように。
「いいご両親だったんだね」
「素晴らしい従者達だった。あの2人に良く似ている」
 ツキは、小さく笑う。
「真面目で頑固なところは兄が見事に継承してますね。妹は誰に似たんだか」
 オモチは、ふんっと鼻で息し、苺の果汁を飲む。
「空を飛ぶ者は自由奔放なのさ」
 アケは、白い煙をじっと見る。
 甘い草花の匂いが鼻腔を擽る。
「いいなあ」
 アケは、無意識に呟く。
 蛇の目に小さな涙の膜が出来る。
 きっとあの2人は両親にたっぷりの愛情を注いでもらったのだ。
 死んでもまた会いたいと思えるほどのたっぷりの愛情を。
 私がもらう事が出来なかった愛情を。
 蛇の目から涙が一筋落ちる。
 ツキは、それをじっと見ている。
 そしておもむろにアケに顔を寄せると、その涙を舌で舐めとった。
 突然の事に何が起きたか分からず反応出来ないアケ。
 そして理解した瞬間に顔を夕日よりも真っ赤に染めてあたふたし出す。
「安心しろ」
 慌てふためくアケにツキは黄金の双眸を向ける。
 威厳と気品、そして優しさの込められた双眸を。
「お前はもう孤独ではない」
 アケは、少し驚いて口を丸く開ける。そして大きな笑みを浮かべてツキの肩に顔を埋めた。
 小さな泣き声が溢れる。
 ツキは、優しく優しくアケの背中を摩った。

 ウグイスは、そんな2人の様子をじっと見ていた。
「あの2人、いい感じだね」
「余計な口を叩くな」
 カワセミが白い煙を見ながら窘める。
「あの孤高の王が妻を娶るなんて本当にびっくり」
「くだらん」
「そんなこと言いながら助けるのが遅くなったの後悔してんでしょ?顔見りゃ分かるわ」
 図星を突かれてカワセミは口を曲げる。
 アケがピンチに陥っていたのは水のナイフ越しに分かっていた。助けに行きたくても近づけないことにヤキモキするウグイスの隣でカワセミは助けに行から方法を見出していたが、実行出来なかった。
 両親を奪った白蛇の国の姫を助ける為に動く事がどうしても出来なかった。
 王の一声がなかったら穏やかに両親の魂を迎えることなんて出来なかったであろう。
「いい子だよね」
 ウグイスは、アケを見ながら言う。
 アケは、恐ろしい幻覚に襲われながらも2人の為に香木を守り続けていた。
 風で飛ばされそうになった時も枝が飛ばないよう守ってくれた。
 そして自分が傷つきながらも香木を渡してくれたのだ。
「私は、あの子を守るよ。王の従者とは関係なく。兄様は?」
「・・・俺は従者として奥方様を守ろう」
 カワセミの問いにウグイスは小さく笑った。
 白い煙が楽しそうに揺れる。

 赤い目を激らす白蛇がナギを睨む。
 それが襖に描かれた絵でいる事は分かっているのに畏れ、敬ってしまうのは白蛇の国に仕える武士の習性サガと言う者であろう。
 金箔と漆、そして白蛇の襖絵で豪奢に飾られた豪奢な謁見の間でナギや井草の匂いの新しい畳に正座し、首を垂れていた。
 白蛇の国でもなの知られた絵師に描かれた襖絵はもはや神話とされている話しを想像し、描かれたものだ。
 数百年前、白蛇の国を滅ぼそうと現れた金色の黒狼から民を守る為にただ勇猛果敢に戦う白蛇の姿、襖に描かれているのは神話の最後の部分、傷つきながらも金色の黒狼の身体に巻きつき、締め上げる白蛇、痛みに苦しむ黒狼だ。
 黒狼を睨みつける白蛇。
 これはお互いが憎み合い、命をかけて戦っている姿であるはずなのにナギに互いを慈しみ、愛し合う姿のように映った。
 そうまるで猫の額の黒狼とアケのように。
 ナギは、唇を噛み締め、畳に爪を立てる。
「話しは以上か?」
 謁見の間の奥の一段高い上座に座る豪奢な衣装を纏った猿に似た小さな男が言う。
 関白大政大臣。
 アケの父親だ。
 大臣の周りには護衛としてナギの部下でもある近衛武士、そして腹心の家臣が道を作るように左右に並んで座っている。
「はっ。姫様は健やかにお過ごしになっておりますのでどうぞご安心を」
 しかし、ナギの言葉を聞いて漏れるのは安堵の声ではない。
「なぜ生きてる・・・?」
 関白は、親指の爪を苛立ち、噛む。
「何故、黒狼はあいつを食わない・・・」
「ひょっとして・・・姫を使い何かを企んでいるのだは・・」
 腹心の1人が声を上げる。
「巨人を操る方法を見出したのか?」
「そんなことになったら・・・」
 ナギは、苛立った。
 ここにはアケが無事に過ごしていることを喜ぶ者はいない。
 アケの事を想い、憂い、気にかける者もいない。
 実の親ですらも忌している。
「朱のナギよ」
 関白が声を掛ける。
 その声は威厳を出そうと努力しているのであろうが、金色の黒狼の欠片にも満たない。
「引き続き監視を怠るな。もしもの時は分かっているな」
「はっ」
 ナギは、深く頭を下げる。
 唇を強く噛み締めながら。

 謁見の間を出ると少年が立っていた。
 ナギと同じ歳くらいの品の良い浅葱色の肩衣と袴を纏い、腰に刀と脇差を差し、少し幼さの残った顔に艶のある長い黒髪を纏め、髷を作っている。
 ナギは、少年を見るや平伏する。
「アラシ様」
 畏まるナギを見てアラシと呼ばれた少年は笑う。
「そんなに畏まれないでよ。同じ歳なんだから」
「いえ、滅相もございません」
 ナギは、恐縮する。
「関白様のご子息に恐れ多い」
 彼の名はアラシ。
 関白大政大臣の2番目の子息でありアケの・・・。
「姉さんは元気かな?」
 ナギは、はっと顔を顔を上げる。
 その表情は、憂いが浮かぶ。
「嫌な思いはしてないかい?」
 その声は、心から姉を心配するものそのものようにナギは感じた。
 ナギは、思わず嬉しくなる。
「はいっ日々楽しく過ごされています」
 ナギが言うとアラシは、安心したように微笑む。
「そうか。姉の事を頼む。君だけが頼りだよ」
 アラシは、そう言って赤い甲冑に覆われたナギの肩を叩き、そのまま廊下を歩いていく。
 ナギは、胸に手を置いてぎゅっと握る。
「アケ様・・アケ様の弟君が、アラシ様が気にかけてくれてますよ。アケ様は決して・・・1人ではありません」
 ナギは、遠く猫の額にいるアケに心の中で呼びかけた。
 ナギは、気づかなかった。
 去っていくアラシの表情が怪しく歪み笑っていることを。

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