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エガオが笑う時 第2話

 浴場の大きなお風呂に入り、香油の混じった石鹸で何度も身体を洗ったらようやく血の匂いが消えてきた。
 幼い頃からお湯を浴びるよりも血を浴びて生きてきたはずなのにどうしても慣れない。白い肌が擦り切れるまで身体を洗い、熱されて溶けてしまうのではないかと思うくらいに湯船に頭まで浸かってしまう。
 何度も匂いを確認しながら浴場を出ると白と黒の水玉模様のショートヘアをした少女がバスタオルを持って待機していた。王都に住む娘達が着るような水色と白のワンピースをエガオよりも小さな身体に纏っている。とても可愛らしいが彼女の第一印象とて捉えるのは特徴的な白と黒の水玉模様の髪とチョンッと墨を塗られたような小さな鼻、そして頭から垂れ下がった耳であろう。
 彼女の名はマナ。
 犬種の獣人であり私の従者として当てがわれた少女だ。
「ゆっくりお身体を休まれましたか?エガオ様」
 マナは、花が咲くような可愛らしい笑顔を浮かべて私に手に持っていたタオルを渡す。
 私は、マナからタオルを受け取る。
 これは私の用意したバスタオルではない。
 私の用意したバスタオルはもっと表面が強付いて拭くだけで肌が赤くなりそうなのにこれはとても柔らかくていい匂いだ。
「エガオ様がご入浴されてると聞きましたので急いで新しい物をご用意しました」
 マナは、恥ずかしそうに笑って言う。
「肌着や鎧直垂よろいしたたれも新しい物をご用意したのでよろしかったら」
 私は、視線を右にやる。
 無造作に脱いだ傷だらけの板金鎧プレートメイルと大鉈の隣に丁寧に網籠に入れられた肌着と鎧直垂よろいしたたれが収められている。
「汚れた物はお洗濯しておきますね」
 そう言ってマナは微笑む。
 本当に気の利く娘だ。
「ありがとう」
 私は、礼を言ってタオルで身体を拭く。
 柔らかくてとても気持ち良い。
 マナは、じっと身体を拭く私を見る。
 私は、眉根を寄せる。
「どうしたの?こんな凹凸のない身体を見ても面白くもないでしょう?」
 自分で言うのもなんだが十七歳だと言うのに私の身体は驚くほどに女性としての魅力がないと思う。胸は小さいし、戦いに明け暮れたせいで至る所に傷痕があるし、筋肉のせいで柔らかい部分も少ない。
 私の言葉にマナは顔をトマトのように真っ赤に染める。
「申し訳ありません。エガオ様」
 マナは、言い訳でもするように何度も頭を下げて謝る。
「ただ、お怪我がなくて良かったなと思って」
 恥ずかしそうに両手をお腹の辺りで組んでモジモジしながら言う。
 私は、水色の目を大きく開き、小さく鼻息を吐く。そして彼女の白と黒の水玉模様の髪を撫でる。
「心配してくれてありがとう。大丈夫よ」
 私がそう言うとマナは、少し驚いた顔をして、そして嬉しそうに笑った。
 身体を拭き終え、用意してくれた肌着と鎧直垂に肌を通した。滑らかで柔らかく、気持ちいい。どことなく花の香りもする。
 私は、心が少し落ち着くのを感じながら板金鎧プレートメイルを装着する。
 その途端にマナの顔が暗くなる。
「鎧・・着られるんですね」
「これからグリフィン卿に戦況の報告に行かなければならないからね。それにまたいつ出動の声が掛かるか分からないし」
 そう言って大鉈を背中に背負う。
 まだ髪が拭ききれていなかったからか雫が落ちる。
 私は、湿った髪を三つ編みに結っていく。
 そんな私の様子をマナは不安そうに、心配そうに見ている。
「エガオ様・・またお一人で戦われたんですか?」
「・・・そうよ」
 私は、三つ編みを結いながら答える。
「一緒に来た部下達がほとんど戦闘経験のない人たちばかりだったから。怯えてしまってとても戦力にはならなかった」
 実際、敵を殲滅して彼らの元に戻った時、彼は皆、ほっとした顔をしていた。血塗れの私を見ても安堵してしまうほどに。そして同時に起きた嫉妬と恨み・・・。
  所詮、寄せ集めメドレーの集団、無理もない。表向きは強者達だけを集めた選りすぐりの戦闘集団とされているが実際は金に困ったゴロつきや傭兵達の集まりでしかない。まともに戦えるのなんて私を入れて数人程度。それだけで最強の戦闘集団なんて呼ばれているのだから王国騎士団のレベルの低さは壊滅的だ。
「でも、それでエガオ様に何かあったら・・・」
「喜ぶでしょうね。"笑顔のないエガオ"が死んだって」
 私は、三つ編みを編み終える。
「今回だってきっと私が1人でやってしまったから手柄を立てれなかったと陰口でも叩いてるんでしょう?」
 マナは、何も言えずに俯いてしまう。
 私は、マナの頭を撫でる。
「準備ありがとう。みんなに私はもうお風呂を出たから入れると伝えて」
 そう言って私は、彼女の横を通り過ぎて出入り口に向かう。
「エガオ様!」
 マナが泣きそうな声で私の名を呼ぶ。
「私は、感謝してます!エガオ様が戦ってくれるから私もみんなも国の人達も死なずにいられるんですから!」
 それが嘘偽りのない言葉であることは顔を見なくても分かった。
 本当にこの子は良い子だ。
 私は、振り返らずにそのまま浴場を出ようと扉に手を付ける。
「それに・・」
 それに?
 私は、扉を開ける手を止める。
「エガオ様は、とてもお綺麗で魅力的です!」
 こんな時、微笑んで「ありがとう」と言うのが正しい答えなのだろう。
 しかし、私の顔には少しも笑みが溢れない。
"笑顔のないエガオ"は、笑うことなど出来ないのだ。
 私は、首だけを彼女に向け、「ありがとう」と小さく呟き、浴場を後にした。
 振り返った時のマナの悲しげな顔が目に焼きついた。

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