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クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第七話

 オミオツケさんが食堂に入ると五つのお椀がテーブルに並んでいた。
 コーンスープ、コンソメスープ、玉子スープ、お吸い物、そしてみそ汁。
 オミオツケさんが来る前に作ったのだろう、もう中身は冷めているようだった。
 レンレンは、ゴム手袋をはめた手で制服の上に身につけたエプロンを外すと和かにオミオツケさんに微笑む。
「こんにちはオミオツケさん」
 そういえば今日は会うのが初めてだったっけ?
「こんにちは……レンレン君」
 オミオツケさんは、普通に挨拶したつもりだったがその声が少し固かった。
 レンレンは、それに気付き眉を薄く顰める。
「どうかしました?オミオツケさん?」
 レンレンは、心配げに言う。
 オミオツケさんは、レンレンが心配しているのに気づくも首を横に振り、小さく唇を釣り上げる。
「なんでもないよ。レンレン君」
 そう言ってオミオツケさんは、テーブルに並んだ五つの汁物を見る。
「今日は何をするの?」
「はっはい」
 オミオツケさんに促され、レンレンもテーブルに目を向ける。
「今日は少し特訓をしてみようと思います」
「特訓?」
 オミオツケさんは、眉を顰める。
「はいっ」
 レンレンは、頷くとズボンのお尻のポケットに手を入れ、少し厚めに畳まれた黄色い布のような物を取り出す。
「特訓です」
 そう言ってレンレンは、黄色い布を折れ目を離す。
 すると、布はするんっと長く垂れる。
 それは体育祭のリレーで使うような黄色のハチマキだった。
「オミオツケさんにはこれで目を隠してもらいます」
 レンレンがそう言った瞬間、オミオツケさんは、顔を引き攣らせながら胸元を両腕で守るように覆う。
 その目はまるでケダモノ!と言わんばかりに震えている。
「……何を想像したんですか?」
 レンレンは、半眼でオミオツケさんを見る。
「前も話したように恐らくあの現象が起きる理由として視覚的な要因がとても大きいと思います」
 レンレンの言葉にオミオツケさんは、テーブルの上に並んだ五つのお椀の一つ、みそ汁に目を向ける。
「それに前回でみそ汁の味を覚えたから例え視覚の壁を超えても味覚で反応する可能性もある。まあ、そんなこと言ったら嗅覚もかもしれませんが……」
 オミオツケさんは、冷めた目をレンレンに向ける。
「それって万事休すってこと?」
 オミオツケさんの顔が青ざめる。
 そんなこと考えもしなかった。
 まさか、人生最大の歓喜とも言える場面がさらに絶望を膨らませることに繋がるだなんて……。
 力を落とすオミオツケさんにレンレンは笑いかける。
「その為の特訓ですよ」
 そう言ってハチマキをたたみ直す。
「オミオツケさんにはみそ汁を見ても飲んでも動じない心作りをしてもらいます」
「心作り?」
 オミオツケさんは、首を傾げる。
「はいっ」
 レンレンは、小さく頷く。
「ここに用意したみそ汁を含めた五つの汁物を目隠しした状態で交互に飲んでいってもらいます。いつみそ汁が来るか分からない中、みそ汁の味を感じても飲むことが出来たら成功です」
 つまりみそ汁当てゲームか。
 しかもロシアンルーレット的な。
 オミオツケさんは、思わず唾を飲むこむ。
「まずは飲んでも動じない。次に匂いを嗅いでも動じない、そして見ても動じない。子どもがピーマンやトマトを克服するのと一緒。難しいことじゃありません」
 子ども……。
 自分は、好き嫌いする子どもと一緒なのか……。
 それに子どもがトマトやピーマンに触れてもファンタジーになんて起きないだろう。
 そんな疑問をオミオツケさんは視線でレンレンにぶつける。しかし、レンレンはそれに気づいてるのか、気づいてないのか?和やかな笑顔でオミオツケさんを見た。
 その笑顔で見られると……何も言えなくなってしまう。
「分かった」
 オミオツケさんは、静かに頷く。
「やってみる」
 オミオツケさんの言葉にレンレンは笑みを深める。
「頑張りましょう」
 そう言って綺麗に畳んだハチマキをオミオツケさんに渡す。
「大丈夫です。クールで知的なオミオツケさんなら乗り越えられますよ」
 クールで知的……。
 周りがオミオツケさんに勝手に持って、与えた印象イメージ
 何故だろう?
 彼からそんな風に呼ばれるのが凄く嫌だった。
 しかし、クールで知的なオミオツケさんはそんな感情をおくびも出さず、冷静な顔で「分かったわ」とハチマキを受け取った。

#恋愛小説部門
#恋愛ファンタジー
#みそ汁

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