クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十六話
翌週、レンレンは学校に復帰した。
アレルギー症状自体はすぐに治ったものの久々の発作だったせいか、身体に思った以上の負担がかかり、両親と医師の薦めもあって大事をとって三日間の入院と四日間の自宅療養をした。
その間、スマホには友達からの心配、お見舞いの連絡とSNSがひっきりなしだった。
レンレンは、一つ一つ丁寧に読みながら返信していった。
しかし、その中で気になることが二つあった。
一つは文系女子とスポーツ女子からのSNS。
文体こそ違うが内容は同じだった。
"美織ちゃんが元気ない"
"学校来たら直ぐに声かけて上げて"
"男なら責任取りなさい"
と、いったものだった。
美織ちゃんと書かれたのを見た時、それがオミオツケさんのことだと気づくのに時間が掛かった。
そうだ。彼女は美織という名前だったと思い出す。
そんな大切なことを忘れるくらいオミオツケさんと言う名前はいつの間にか自分の中で定着していた。
元気がないと言うのはきっと自分がこんなことになったことに責任を感じてるからだろう。真面目な彼女らしいな、とレンレンは思った。
それに男としての責任……ひょっとしてあのことを話したのだろうか?
そういえば彼女には自分の体質のことについて話してなかった。隠していたつもりはなかったが妹の為に一生懸命、みそ汁を飲もうとしている彼女を見て、自分の経緯なんて言う雑味を入れる必要はないか、と思ってしまったのだ。
きっとさぞ驚いて、なんで言わなかったのかと怒っているかもしれない。
その証拠に気になることのもう一点として救急車で運ばれ、退院して以降、オミオツケさんからの連絡は来なかった。
心配かけてすいません、と送っても返信すらない。
きっと怒ってるのだ。
やばいなあとレンレンは頭を掻く。
しかし、自分もただ休んでいたのではない。
その間にオミオツケさんがみそ汁を飲む方法が一つ思いついたのだ。
もし、これがうまくいけばオミオツケさんはきっと妹と一緒にみそ汁が飲めるはずだ。
そう意気込んでレンレンは1週間ぶりに登校したのだが……。
「オミオツケさーん!」
昼休みの終わり、食堂の片付けを終えてから教室に戻ろうとしたところで彼女の姿を見つけた。
一週間振りに見たオミオツケさんは、とても小さく、愛らしく、そして輝いて見えた。
レンレンは、嬉しさとは違う感情が膨れ上がりそうになるのを抑えながらオミオツケさんに駆け寄る。
寝込んで動かさなかった身体は鉛のように重かったがそれでもオミオツケさんの元に早く行きたい一心で走る。
「こんにちはオミオツケさん!」
レンレンは、息を切らしながらも和やかな笑みを浮かべる。
オミオツケさんは、いつものように冷めた目でレンレンを見る。
いつものように冷めた目。
そのはずなのにレンレンはどこか違和感を感じた。
「こんにちは。レンレン君」
彼女は、抑揚のない声で挨拶してくる。
出会った頃のような冷めた声で。
いや、出会った頃よりも冷たく、そして痛々しい声で。
その冷たさに当てられてレンレンは胸が痛むのを感じた。
「オミオツケ……さん?」
レンレンは、戸惑いながらも彼女の名を呼ぶ。
「何か用?もうすぐ授業が始まるわよ」
しかし、オミオツケさんの目と声は冷たい。
「え……あ……あの……」
オミオツケさんのあまりの態度の冷たさに狼狽えてしまい、レンレンは何を言おうとした言葉が飛んでしまう。
「用がないならもう行くけど?」
「あっ待って……その……あの……」
レンレンは、動揺しながらも飛んだ言葉を捕まえる。
「今日の放課後、空いてますか?」
「……何故?」
何故?
その言葉にレンレンは、動揺以上の痛みを感じた。
「何故……ってほらみそ汁……実はいい方法が思いついて……これならきっとオミオツケさんも……」
「もういいの」
「……えっ?」
レンレンは、彼女の発した言葉の意味を理解することが出来なかった。
「みそ汁のことは……もういいの」
レンレンの目が大きく見開く。
本当に……本当に彼女は何を言ってるんのだ?
「別にみそ汁が飲めなくったって死ぬことはないわ。美味しいものはもっとたくさんあるもの」
それはそうだ。
この世には美味しいものが溢れてる。
命に関わるような乳製品アレルギーを持った自分にだって食べれるような美味しいものはたくさん存在する。
でも……。
「オミオツケさんは妹さんと……みそ汁を飲みたかったんじゃないんですか?」
その言葉にオミオツケさんの冷めた目が一瞬揺れる。
「妹にはこの前話したわ……みそ汁のこと」
「話した?」
レンレンの言葉にオミオツケさんは頷く。
「みそ汁がどんな物なのかをちゃんと説明した。私が理由があってみそ汁が飲めないことも話したらちゃんと理解してくれた」
オミオツケさんの話しを聞いた妹は、きょとんっとした顔をしていたが、その後、泣きそうな顔をして「お姉ちゃんかわいそう」と優しく頭を撫でてくれた。
その時の妹の顔を思い出すと胸が張り裂けそうになるが、ぐっと飲み込む。
「これからはみそ汁もちゃんと家で作るようにしてその日は私は自室で食べる。そう家族で決めたの。だからもう……みそ汁を飲む必要はないのよ」
オミオツケさんは、そう言って冷たく笑った。
レンレンは、呆然と、そして失望した表情を浮かべてオミオツケさんを見た。
「今までありがとう。レンレン君」
オミオツケさんは、丁寧に頭を下げる。
「食堂頑張ってね。管理栄養士の夢も。陰ながら応援してるわ」
オミオツケさんは、ゆっくりと踵を返す。
「さようなら」
振り返らず、冷たい声で別れを告げるとオミオツケさんはゆっくりと歩き出す。
「……待ってますよ」
……えっ?
オミオツケさんは、足を止める。
しかし、振り返らない。
レンレンは、和やかな笑みをオミオツケさんの小さな背中に向ける。
「今日の放課後……食堂で待ってますね。さっきも言ったけど試したいことがあるんで……これならきっとオミオツケさんもみそ汁が飲めるようになるはずです」
レンレンは、いつもと変わらない和やかな笑みと優しい声でオミオツケさんに話しかける。
しかし、オミオツケさんは振り返らない。
小さく肩を振るわせるだけだ。
「勝手に……」
オミオツケさんは、冷めた声を絞り出すように言う。
「勝手にすれば!私は行かないから!」
千切れるように声を上げ、オミオツケさんは足早に去っていく。
レンレンは、ただその背中を見続けた。
授業の始まる予鈴が寂しく鳴り響いた。
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