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クールで知的なオミオツケさんはみそ汁が飲めない 第十四話

「乳製品アレルギー?」
 そう呟いた瞬間、オミオツケさんはお腹の下が冷たくなるのを感じた。
「そう」
 スポーツ女子は、小さく頷き、卵焼きとハムステーキをご飯で包んだおにぎらずに齧り付く。
「結構、有名な話しだよ」
 文系女子は、眼鏡の奥の目をキュッと萎める。
 エガオが笑う時の映画を見た次の日の学校。午前の授業を全て終えたオミオツケさんはスポーツ女子と文系女子に呼ばれて屋上のベンチで昼食を食べていた。
 一緒に食べるの自体は珍しくはないし、放課後に一緒に遊びに行くことだってある。
 クラスの中でも三人は仲の良い方だ、と自分でも思っていた。
 しかし、今日の二人の昼食の誘いには緊張と恐怖を感じていた。
 昼食に誘われた理由。
 それはレンレンのことを聞きたいからに他ならないからだ。
 あの後、レンレンはやってきた救急車に寄って病院に運ばれて行った。
 運ばれて行ったというのはその後のことをオミオツケさんは知らないからだ。
 コラボカフェの店長がレンレンの財布から両親の携帯番号の入った紙が出てきて、そこに連絡をしたら、すぐさま飛んできたのだ。
 母親は、すぐさまレンレンに駆け寄り、父親は店長と客、そして医師に迷惑をかけました、と頭を下げた。
 そしてレンレンに付き添うオミオツケさんに二人は驚きつつも「貴方、蓮のお友達?」「心配かけたね。ごめんね」と優しく労わってくれた。
 てっきり怒られ、責められると思っていたオミオツケさんは驚きながらも混乱した頭と心では満足な返答も出来ず、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言うことしか出来なかった。
 その後、レンレンは両親に付き添われて救急車に乗っていった。
 どこの病院に運ばれたかはまったく分からない。
 茫然自失に自宅に戻り、食事も喉を通らず、眠ることも出来ないままにレンレンのスマホに連絡し、SNSにも送り続けたがまったく反応がなかった。
 そして、翌日、登校したオミオツケさんの元に彼が入院したと言う話しが舞い込んできたのだ。

「でも、驚いたよ」
 文系女子が目を丸くして持参したお弁当のおかずを食べる。
「美織ちゃんとレンレン君がデートしてたなんて」
「本当だね」
 スポーツ女子は、少し不機嫌そうにおにぎらずを齧る。
「あんなフェイク動画にまで利用されて……幸せすぎて油断してたんじゃないの?」
 スポーツ女子は、皮肉を込めて言う。
 オミオツケさんとレンレンがデートしてのがバレたのは昨夜動画サイトに上げられた一つの画像からだ。
 内容はこうだ。
"衝撃!エガオが笑う時のコラボカフェにエガオ出現!女の子を襲う!"と言うタイトルと共に小さな茶色いエガオとカゲロウが生々しく動いた後に、姿を変え、大男の上半身になって女の子に襲いかかる姿が投稿されていた。
 その女の子がオミオツケさんで、その直後にレンレンが映ったところで動画は終了していた。
 その動画は直ぐにトレンド入りしたが、直後にフェイク動画だと叩かれて削除された。
 動画の内容は百パーセント事実。これがアニメの世界なら直ぐに全世界に広まることだろうが、現実の世界は違う。現実を超えたものは所詮、信じられずフェイクとして扱われる。
 撮影した人には申し訳ないがフェイクと思われたことはオミオツケさんにとって唯一の救いだった。
 その場にいた人たちも目にしたはずなのに誰も口にしないのはコラボカフェという空間から何かしらのイベントだったと考えたか、言っても信じてもらえないと思ったか、それともその後に起きた疑いようのない現実の事故に直面したからだろうか?
 しかし、どれだけ動画がフェイクと叫ばれようがオミオツケさんとレンレンが一緒に映っていたことは疑いようのない事実。
 朝からオミオツケさんの元にはレンレンと一緒にいたの?彼に何があったの?と探り、囃し、野次馬する生徒と事実確認をしたい教師たちに迫られ続けていた。
 スポーツ女子と文系女子が屋上に連れてきたのもオミオツケさんを好奇な目から守るためもあるのだろう。
 そして……。
「で……」
 スポーツ女子はじっとオミオツケさんを睨む。
「いつから二人は付き合ってたのよ?」
「いや……付き合ってなんか……」
 オミオツケさんは、弱々しく言う。
「付き合ってないのに二人で映画なんて行く?しかもコラボカフェなんて……」
「それは……趣味が一緒だったから……」
 オミオツケさんは、組んだ両手の指をモジモジと絡ませる。
「お礼もあったし……」
 オミオツケさんは、ぽそりっと言う。
「お礼ねえ」
 スポーツ女子は、ふんっと鼻息を吐く。
「何のお礼か知らないけど……」
 スポーツ女子は、八つ当たりするようにおにぎらずに齧り付く。
「私は、とんだ道化だったわけだ」
「道化なんて……私たち本当に付き合っては……」
「まあまあ、二人とも」
 文系女子が間に入ってくる。
「それよりも美織ちゃん、本当に知らなかったの?レンレン君の乳製品アレルギーのこと」
 文系女子の言葉にオミオツケさんは重く頷く。
「一度も……聞いたことなかった」
 そもそもがみそ汁に絡んだこと以外でレンレンとちゃんと話したことなんてあっただろうか?と、いうよりもレンレンが自分のことを自分から話してくれたことなんて一度もない。
 一方的に自分が話して……自分が驚いて……自分が勝手に惹かれていっただけなのだ。
「二人は何で知ってるの?」
 オミオツケさんの問いにスポーツ女子と文系女子はお互いの顔を見合わせる。
「高校入学して最初の時かな?」
「最初のホームルームの時に自分からみんなの前で言ったんだよね。"自分は重度の乳製品アレルギーです。みんなに迷惑かけるかもしれないからこの場を借りて伝えます"って。あん時は私も驚いたよ」
 スポーツ女子は、麦茶のペットボトルに口を付ける。
「アレルギーを告知するって凄い勇気がいるのに、あんなに堂々と言えるなんて……」
「カッコよかったよね」
 文系女子もその時のことを思い出して小さく笑う。
「そのお陰で私達もクラスのみんなに言うことが出来たんだ」
 二人がアレルギー持ちだと言うことは勿論知っている。
 しかし、そんな経緯があって耳に届くことになっただなんて知らなかった。
「まあ、クラスが一緒になったことないからね。仕方ないよ」
 文系女子は、切なそうに笑みを浮かべてオミオツケさんの肩に手を置く。
「特にレンレン君は男子だからね。違うクラスの女子にまで話しはいかないよ」
「……でも私は生徒会の……」
「生徒会はしょせん生徒会だろ?」
 スポーツ女子は、少し冷めたように言う。
「アニメや漫画じゃないんだから風紀は守れても病気や体質まで面倒は見れないだろう」
 スポーツ女子のきつい口調に文系女子は顔を顰めて「言い過ぎ」と嗜める。
「でも、実際かなり重いアレルギーらしいよ。私達も重い方だけど比較にならないくらい……」
 文系女子は、眼鏡の奥の目を下に落とす。
「私達は、何だかんだと口に含まなきゃ重傷にはならないけどあいつの場合、肌に触れるだけで呼吸困難になるみたいだし……」
 触れただけ……。
 オミオツケさんの脳裏に昨日の光景が蘇る。
 みそ汁からオミオツケさんを守ろうとして倒れ込んだレンレンの顔の上に落ちたフレンチトーストのお皿。
 その表面にはたっぷりと付いていたはすだ。
 卵と蜂蜜、そして牛乳で作った液が……。
 オミオツケさんの表情が青ざめ、胃の奥から冷たいものが込み上げてくる。
「で……でも……」
 オミオツケさんは、震える目でスポーツ女子を見る。
「貴方……彼に上げてなかった?クッキー?」
 オミオツケさんの言葉にスポーツ女子は顔を赤らめる。
「み……見てたの?」
 スポーツ女子は、動揺に声を震わせる。
 オミオツケさんは、小さく頷く。
「アレは……メレンゲクッキーだよ」
「メレンゲ?」
「卵白で作ったの。私も小麦粉アレルギーだからさ……二人で食べれる物をと思って……」
 そう言って恥ずかしそうに目を反らす。
「私は食べれないけどね」
 文系女子は、目を細めて言うが嫌味ではなく、むしろ面白がって揶揄からかってるという印象だ。
 恥ずかしがるスポーツ女子を横目に文系女子はオミオツケさんに目を戻す。
「牛乳だけじゃなくて山羊の乳とか羊とかもダメで、お母さんの母乳でもアレルギーが出たって聞いたよ」
「母乳で⁉︎」
 オミオツケさんは、声を上擦らせる。
 文系女子は頷く。
「母乳ってお母さんの食べてたものが影響が出やすいからね。蓄積されたものに反応したみたい。お母さんもお医者さんに指摘されて急いで食生活を改善して粉ミルクなんかも一切与えなかったらしいけど、やっぱり栄養が足りなかったみたいで病院を行ったり来たりしてたみたい」
 栄養が足りない……。
 病院を行ったり来たり……。
「それを補おうとサプリとか薬が出たらしいけど、そのせいで随分と太っちゃったらしいよ。カルシウムも取れないから背も低くくて、それで小学生の頃はよくいじめられてたって笑いながら話してた」
 オミオツケさんの脳裏に昨日、レンレンが話してた言葉が過ぎる。
 学校って……怖いですよね。
 太ってるとか、小さい、頭が悪い、同じ物を食べられない、それだけの理由できみ悪がられ、馬鹿にされ、虐められる……。
(これ……自分レンレン君のことだったんだ……)
 オミオツケさんは、両手を口元に当て、息を飲む。
「あいつ……ずっと引きこもってたらしいよ」
 スポーツ女子が頬を赤らめながら言う。
「学校に行くのが怖いって。食べれないのを馬鹿にされるのが嫌だって」
 オミオツケさんの脳裏に部屋に閉じこもってうずくまって泣いている幼いレンレンの姿が浮かぶ。
 それだけで胸が痛くなる。
「そんな時にね。家族でとあるレストランに行ったんだって」

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