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散策雑記① 艀について

青森県八戸市に蕪島という場所がある。
海岸に突き出た小さな島の上に「蕪嶋神社」という神社があり、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物にもなっている。

私はこの場所が好きでよく周辺を散策するのだが、その時脳裏に浮かんだことをアウトプットとして乱雑に書き記したい。


蕪島へのアクセスとして、電車の最寄はJR八戸線の鮫駅である。
駅を出て左に進み、踏切を渡り、T字路を右に進むと蕪島が見えてくる。

しばらく道なりに進むと左手に東北容器工業の真新しい建物が現れる。
その建物のすぐそばに「鮫の艀(はしけ)場跡」という看板がある。
郷土の史跡として、市の教育委員会が建てたものらしい。

艀場とは何か。

その前に、この看板にも記載があるのだが蕪島周辺は昔「鮫浦」という名前で、八戸藩の貿易港として重要な拠点であった。簡単に言うと船着き場である。これは今も変わらないが。

さて、艀場である。

また艀は港湾において、沖合いに停泊した貨物船から降ろされる荷物を川沿いの工場倉庫へ運送するために活躍したが、貨物船のコンテナ化やコンテナトレーラーによる陸上運送に押されて港湾物流からも押し出された。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%80

Wikiにはこうあるが、土木技術の発展した現代において、また普段陸(おか)に暮らす者として艀がどういうものか、いまいち想像しづらい。

これは司馬遼太郎の「菜の花の沖」を読んだことで得た知識なのだが、近代以前は船着き場として天然の海岸を利用していた。
「何を当たり前のことを…」と読んでいる方は思うかもしれないが、舩を停めるためには
・風が少なく(波除)
・ある程度水深がある→浅い場所だと座礁するため
といった地形条件を満たした場所である必要があった。

海沿いは通常、浜か岩場に分かれる。
浜では船が乗り上げてしまう。
また、岩場であればぶつかって船が食い破られる。

今であれば重機を使って周辺の地形を整えコンクリートで土地を覆い、港を人工的に「造る」ことができるが、近代以前はそう簡単にいかない。

そのため、近代以前はある程度の大きさがある船は陸地から離して停泊していた。

一方、夜間や波が高い時などには船を走らせることができない。
また特に商船・貨物船などは船体を大きくしてなるべく多くのものを運搬できるようにしたい、と考える。

「船は大きいほうがいい、そしてそれを停める必要がある」、しかし「ある程度の大きさの船は陸地にベタづけできない」。

これを知っていると艀がどういうものか想像しやすくなるであろう。
艀とは、沖(とまではいかないかもしれないが)の船と浜を結ぶ、小型の連絡船のようなものだったようだ。

随分長くなったが、その艀を使って荷の積み降ろしがこのあたりで行われていたのだ。

看板があるくらいで他はもう水産物の加工工場や漁港関連の建物が立ち並び、当時の状況を思い浮かべることはもうできない。

しかし、蕪島周辺が八戸を支える重要な場所であることは、今も昔も変わらない。

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