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「デザインの仕事がしたい」在宅ワークママ・ショコの決意(ラブレターズ01)

こちらの記事は、ドリームママプロジェクトのメンバーインタビューをもとに作成されたショートストーリーです。インタビュイーの実体験をもとに作者が想像を膨らませて書いたフィクションであり、自分らしく生きるために行動し、ときに悩むママたちへのラブレターでもあります。

この物語が、やりたいことに一生懸命なあなたの背中をそっと押してくれますように。

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7月。ジメジメした時期を抜け夏の日差しが眩しくなってくる頃。私は2歳の息子―アオイと、日課である午前の散歩を楽しんでいた。いや、楽しんでいたというのはちょっと違う。正確には楽しんでいたのはアオイだけで、私はうだるような暑さにほとほと嫌気が差していた。

「アオイ君、そっちは危ないよ」

目を離すとどこへでも行ってしまう息子との散歩は、常に警戒を怠ることのできない時間だ。外から見たら何でもないように見えるかもしれないが、実は神経を尖らせているので終わった後は軽く眩暈がする。それも夏の散歩を億劫にする理由の一つだった。

「お家は、あっち」

来た道を引き返そうとするアオイの腕を慌てて掴む。自宅の方角を指差すと、彼は小さく頷いて再び同じ道に進もうとした。

「だから、違うって」

子ども相手に言葉遣いが荒くなってしまうのは、暑さのせい。そう言い訳してアオイを抱き上げると、ここから数分の自宅に向かって早足で歩き出した。

*1

帰宅後、アオイに昼食を食べさせると、疲れていたのかすぐに寝てくれた。良かった、ようやく仕事が出来る。
私はそそくさと自分の仕事場に向かった。リビングの一角、棚の上に板を走らせただけの簡素なデスク。1畳ほどの空間が私の仕事場だ。
メールをチェックして会社からの指示を確認する。私が勤めているのは東京にある小さなコンサルティング会社だ。社長と、2名の在宅スタッフのみの小さなチーム。私はそこでクリエイティブサポートというという仕事を任されていた。平たく言うと、社長がしたいことをお手伝いする仕事だ。
自宅で仕事がしたい、と東京に面接へ行ったのは息子が生後3ヶ月の頃。その後、在宅ワーカーとして無事に採用され2年以上経った。採用の連絡が来たときは嬉しかったし、家に居ながら安定して仕事をさせてくれる会社には、今も感謝している。
でも。最近は不満の方が大きくなっていた。
クリエイティブサポートという仕事からウェブサイトや広告作成といった広くデザインに関する仕事を想像しがちだが、実際は雑務も多く「クリエイティブ」な事をしている実感は薄い。最近では人事関連の作業まで担当するようになり、自分が今、何をしているのか分からなくなりつつあった。

―私、本当は何がしたいんだっけ?
―デザインの仕事がしたい。制作をメインに仕事がしたい。
―でも、どうやって?
―デザイナー経験のない私が、育児をしながらデザイナーになれるのだろうか?

頭の中でモヤモヤした思いが堂々巡りする。まるで霧のかかった森の中をやみくもに歩いているような、泥に足を取られて何度も足踏みしてしまうような感覚。
このままでいいはずがないと分かってはいるが、どうすればいいか分からない。ただ時間だけが過ぎ、苛立ちが募っていく。
小さい頃から絵やものを作るのが好きだったが、デザインは大学で学んだきり。正直、自信がない。大学には自分よりもセンスのある人がごろごろいて、ものづくりが好きというだけで入った私は挫折を経験していた。
もちろん、グラフィックや商品の外観を設計することだけがデザインの仕事だとは思っていない。就職した工務店では家を作る・売ることを通して、お客様にとっての豊かな暮らしを一緒に考え、それに見合う家を作ってきた。それも広く言えばデザインといえる。モノとコトの違いがあるだけで、流れの設計には携わってきたのだから。
でも、その仕事も結婚を機に辞めてしまった。後悔はしていないけれど、何か別の形でまたデザインと関わりたい。その気持ちが抑えられなくなってきていた。

―でも、私ができるデザインって?

答えの出ない壁にぶち当たり、再び悶々とする。いや、本当は分かっているのだ。自分が心の底からしたいことは何なのか。
ただ、それを認めるのが怖かった。自分にそんな事が出来るはずないし、もし叶わなかったら、恥ずかしいと思ったからだ。
思わず大きなため息が漏れる。うじうじ考えるのは性に合わないが、何日この問いで頭を悩ませてきたのだろう。

―とりあえず、手を動かそう。

ノートパソコンの画面に映ったやりかけの仕事に目を移し、私は気合を入れ直した。

*2

時刻は17時。そろそろ夕飯の支度をしなければ。私は軽くだるさの残る体でキッチンに立った。
冷蔵庫を開いていくつか食材を探し出したが、献立が全く思い浮かばない。再び大きなため息をつく。こういうとき自分は主婦に向いていないのだと痛感する。
自分の周りにいる料理上手なお母さんたちは、毎日どうやって料理をしているのだろうか。「簡単にできる」「冷蔵庫にある食材だけでできる」というレシピは、インターネット上にたくさん転がっているが、いつも色々な理由を付けて作るのをやめてしまう。多分、料理が苦手というよりも好きではないのだ。
結局、私は駅の近くにある牛丼チェーン店のテイクアウトを利用することにした。心の底にある罪悪感には気付かないフリをして。
しばらくして玄関の扉が開く音がした。夫―ノブさんが仕事から帰ってきたのだ。

「ただいまー」

いつも通りののんきな声が廊下に響く。リビングで遊んでいたアオイが立ち上がって、玄関へと駆けて行った。

「ショコちゃん、買ってきたよ」

ノブさんが片腕にアオイを抱きかかえ、もう片方に白いビニール袋をぶら下げていた。カサカサとうるさく鳴るそれからは、嗅ぎなれた匂いがただよっている。

「ありがと。ごめんね」

突然しおらしく謝る私を見て、ノブさんは眉を少し上げた。

「何であやまるの?」
「…最近、テイクアウト多いから」
「俺、牛丼好きだよ」

僕も、とアオイが手を上げて2人が笑い合う。その様子は見て私は苦い物を飲み込んだ。

*3

アオイが寝ると夫婦の時間が始まる。と言っても新婚のときのようなひたすら甘いものではなく、一緒にテレビを観たり、それぞれ残った仕事を片付けたり、お酒を飲んで他愛もない事を喋るだけだ。
それでも私にとっては大切な時間だった。日中、子どもとばかり接しているから、大人と同じ空間を共有することで心が救われる。無意識に抑圧していた自分が顔を出し、呼吸しているような感覚だ。
でも、今日は少し違った。夕方より倦怠感が増しているような気がする。早めに寝ようと仕事にキリをつけてパソコンの電源を落としたとき、ノブさんがニコニコしながらやってきた。手には最近お気に入りのボードゲームを持っている。

「ごめん。今日はちょっと無理」

少しつっけんどんな言い方になってしまったが、ノブさんは気にしていないようだ。そうなの?と顔を覗きこんでくる。
その態度に妙に腹が立った。

「体調悪い?」
「…うん」
「明日も牛丼買って来る?」

明日「も」。いつもなら気にならないはずの言葉が、今日は嫌に引っ掛かる。

「別に、いい」

私はノブさんにくるりと背を向けて、寝室に足を向けた。

「何か怒ってる?」

背中から声を掛けられて思わず立ち止まる。後ろを向いているから彼の表情は見えないが、声は少し苛立っているように聞こえた。

「…怒ってないよ」

そう、これはただの八つ当たりだ。仕事に対するモヤモヤや主婦としての罪悪感が、そうさせたのだ。そう分かっていても、「ごめん」の一言が言えなかった。

「じゃあ、何?」
「何でもない」
「何でもなくないでしょ。言ってよ。言わなきゃ分からない」
「…言っても分からないよ!」

頭の中でピンと張っていた細い糸が切れた。感情があふれ出して止まらない。今まで抑えてきた不満や不安が、堰を切ったように外に流れ出し始めた。

「私だって、牛丼ばかりじゃダメって分かってる。栄養が偏るかもしれないし、手料理の方が子どもには良いに決まってる。でも、出来ないんだもん。料理苦手なの。嫌いなの。主婦なのに料理出来ないなんて失格だよね。私だって何とかしたい。アオイにも申し訳ないって思ってる。良い母親じゃないよ。仕事だって」

言葉の続きが出なかった。のどが痛い。頭も顔も全身が熱い。私は荒い呼吸を繰り返しながら、ノブさんを見つめ、すぐに目を逸らした。その先のことを言う勇気がない。もし言ったら呆れられるに決まってる。
居心地の悪い沈黙が私たちのあいだに落ちた。ああ、やってしまった。これは完全に私が悪い。
後悔あとの祭り、とはまさにこのことだ。私はつい先ほどの自分の言動を呪った。

「いいじゃん、牛丼で」
「…は?」
「俺、独身のときは毎日食べてたけどこの通り健康だよ」

そう言って、ノブさんは自分の体を指差した。確かに、この人が風邪を引いたのを見たことがない。

「それに、ショコちゃんが料理苦手なのは今に始まったことじゃないし。アオイも俺も気にしてないよ」

ノブさんの声はいつも通りだ。でも、いつもより優しく感じる。それは私が弱っているからだろうか。

「仕事のことは、まあ、詳しくは分からないけど、好きなようにやればいいよ」
「好きなようにって…」

今でも十分、好きなようにさせてもらっているのに申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。

「だってショコちゃん、やりたいことやらないと気が済まない性質でしょ」

ノブさんはそう言って笑った。多分、半分は諦めが入っていると思う。
それでも、私には十分過ぎる言葉だった。

「私、デザインの仕事がしたい。営業や在宅ワークで学んできたことが生かせるような」

そう自然に言葉が出てきた。
私がやりたいこと―「売る」ことそのものをデザインする。
大学で学んだデザインと工務店の営業マンとして培ってきた経験・在宅ワークの知見を生かして、仕事にしてみたい。今までの自分を全部詰め込んだ「私だからできるデザイン」がしたい。
そう口にしたら途端に気持ちが軽くなった。身体の奥から力がみなぎってくる。今なら何でもできそうな気分だ。
確か情報収集のために購読していたメルマガに「セールス(売る)デザイン」の講座があった。まずはその講座でノウハウを学ぼう。
私は早速パソコンを再起動した。

「ワクワクしてきた!」

急に明るくなった私に、ノブさんは呆れ顔で笑った。

「…さすが、ポジティブモンスター」
「うん。誉め言葉として受け取っておく!」

ポジティブモンスターというのは私のあだ名で、プラス思考と楽天主義を合わせたようなもののことらしい。最強の二つ名だ。
本当のところいつもポジティブでいられるわけではないけれど、ずっと落ち込んで悩み続ける性格ではない。ある程度悩んだら、あとは行動あるのみだ。
熱帯夜にマウスとキーボードの音が響く。
そうだ、やりたいことをやろう。

*4 結
(作:りな/ドリームママプロジェクト・ライティング担当

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片瀬 翔子 (しょこ)/ セールスデザイナー
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