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災害時に大切だと思うこと。

今日から仕事はじめだった。
何もしていないのに、久々に疲れた感じがした。

年明けから、災害、事故などよくない出来事が続いている。

自分も中1の時に、東日本大震災を経験した。
よく覚えている。
卒業式の前日で、明日から春休みだと高揚していた。
今まで体感したことのない、揺れと地響き。
とても長かった。
校舎から校庭へみんなで逃げて、なぜか下校させられた。
学校は割と山側にあり、生徒の中には、川沿いに住んでいる子もいて危ないような判断じゃないかと当時も同級生と語った。

自分の家から川まで100mもない。
帰り道、川沿いを自転車で走っていると遡上してくる黒い波が見えた。
津波だ。
自分から1mも距離がないくらいで見た。
「危ないから、高台にすぐ逃げろ!!」
消防団の人の声だった。
「家に帰ります」
といっても、
「だめだ、危ないから逃げろ」
だった。
友達の家で夜を明かした。
自分の家族に会ったのは
祖父母と弟は翌日だったが、父母は約1週間後に会った。
実際、津波は自分の家の100m手前くらいまで来ていたという。
あの時、帰っていれば、と思うことは幾度となくあった。

「津波てんでんこ」という言葉がある。
もう、地元では、知らない人はいないのではないだろうか。
端的に言うと、「自分の命は自分で守れ」ということだ。
大切な人を助けたい、足が悪い人を負ぶって逃げたい。
どうしてもそういう気持ちは当たり前にある。
見殺しにするというわけではない。
だが、自分が助からなければ何も始まらないのだ。
実際に、知り合いで、「おれは最後に行くから、みんな先に行け」
といって、津波に呑まれた人もいたそうだ。

自分の命は自分で守る。
単純だけど、なかなか難しい。
災害時は「助け合い」が大切だと思うが、その前に「生きていること」が大前提だ。
災害時こそ、一人一人が強い自律心を持つことが大切だと思う。
記憶からは消すことはできない。
だが、後世に伝えていくことで、この世から失われる命を救うことはできると思っている。

石川の地震から72時間が経過した。
生存確率がぐっと低くなる、タイムリミットを迎えた。
1人でも多くの命が救われることを願っている。

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