見出し画像

Let Girls Be Girls

H&M Australiaの広告を見てさいしょに想起したのが Stanley Kubrick スタンリー・キューブリック監督『The Shining シャイニング』にインスピレーションを与え / キューブリック監督がオマージュしたというDiane Arbus ダイアン・アーバスの1967年の写真
「Identical Twins, Roselle, New Jersey, 1967」。


Fair Use, "Identical Twins, Roselle, New Jersey, 1967" by Diane Arbus

写真家の伝記を書いたPatricia Bosworthによれば、この写真にはアイデンティティへの問いが込められているという。
H&M Australiaの広告は双子ではないが、似た顔立ち。ふたりとも黒目、黒髪に白い襟のある黒っぽい服で共通点もある。

H&M Australiaの広告の何が問題だったのか。
記事によれば、写真に添えられたキャプション
Make those heads turn in H&M’s Back to School fashion.” の問題が大きいと。

新学期にファッションで他人の視線を引き付けよう、という化石のように古く時代遅れな発想を、制服のような同じファッションをした、非白人にも見えるルックスの幼い少女(小学校2年生くらい?)に押し付けているのが問題だ。

なぜ問題なのか、筆者が考える根拠は以下の通り。
まず、UNFPA(United Nations Population Fund 国連人口基金)が2021年に発表した『世界人口白書(SOWP 2021)』のテーマ「Bodily Autonomy」、「My body is my own - claiming the right to autonomy and self-determination.」の観点から。

Bodily Autonomy(Body Autonomy)あるいはBodily Integrity「体の自己決定権」とは。自分の体は自分のもので、体に関するさまざまなことは自分で決定する権利がある、という意味。
My Body My Choice.
女性の人工中絶権を認める歴史的な判例、1973年の「ロー対ウェイド(Row vs. Weid)」に対する米連邦最高裁判決が2022年6月24日に覆されてしまった。トランプ政権下で新たに任命された3人の保守系最高裁判事、ゴーサッチ、キャヴァノー、コーニー・バレットらにより最高裁の構成は保守寄りになっていた。その結果、50年にわたって合憲とされた人工妊娠中絶権が違憲となった大惨事。女性の中絶権が合衆国憲法で保障されなくなったことは完全に女性の体の自己決定権を侵害している。

体の自己決定権といえばこういったリプロダクティブ・ライツ(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ=SRHR)の観点で言われることが多いが、ファッションも、ボディを無理に締め付けないスタイルもヘアカラーやヘアスタイルも体の自己決定権の一環で、延長線上にあるのはもちろんのこと。なので、子どもに対し、しかも女子だけにファッションで「他人の視線を引き付け」させようと誘導する広告が有害なのは明らか。My Choice(選択の自由)は他にもあるのに。子どもの権利、体の自己決定権も飛び越して女児だけに新学期はファッションでアピール!、は酷過ぎる。グローバル企業としても、国連等が提示する人間の尊厳、人権を守る法令を遵守して進めなければならないところだが、国際人権法等のコンプライアンス違反に相当しそうな広告になってしまっている。

My Body My Choice

My Body My Choice.
着たいものを着たい時に、自分で選んで着る、誰かの視線を引き付けるためではなく。自分がうれしかったり楽しかったり、幸せだったり、着ていてリラックスできて楽だったり、自分のために自分が満足する、型に嵌められないMy Choiceこそが現代社会で伝えるべき、特に女児や女子に伝えるべきメッセージのはずなのだが...

また、ファッションで「他人の視線を引き付け」る役割を幼い子どもが、女児だけがこのような広告で刷り込まれるのも怖すぎる。1989年の第44回国連総会で採択された「子どもの権利条約」4つの原則の1つ、「差別の禁止(差別のないこと)」にも反するだろう。
男児不在の広告、女児だけが幼いころから「見られる」性、ファッション等でアピールする性としての役割を、21世紀にもなって押し付けられ、前近代的に枠に嵌め固定し、念押しし刷り込もうとしているのだから。
上記4つの原則の1つ、「子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)」を考えていないことも明らか。子どもは子ども時代は子どもらしく過ごすことが、子どもの最善の利益ではないか。
もちろん、「子どもの権利条約」の大原則、子どもの主権、主体性も大人の勝手な価値観と妄想で浸食している。新学期に女児がファッションで他者の視線を引き付ける必要はないのだから。さらに、「生命、生存及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)」にも間接的に抵触するだろう。
幼い制服姿の女児だけで構成された、いびつな広告の延長線上では、広告に不在の男児ではなく、女児だけが性的搾取の対象、標的となり得るリスクを増加させるかもしれない。今回広告に異議を唱えた人々の中で、Mumsnetという団体は子どもを性的対象化する性的な文化に反対し、2010年から「Let Girls Be Girls」というキャンペーンを始めていたそうだ。子どもは子どものままで、子どもらしく、と。しかし、実際は、子どもを子どものままでいさせないような、女児だけにファッションでアピールしましょう!と誘導する昭和のおっさんのような発想の広告がグローバル企業から出てしまったという無残さ。

なお、オーストラリアでは2006年に「Corporate paedophilia: sexualisation of children in Australia」報告書が出版されている。その中では、12歳以下の子どもが大人のようなポーズやファッション等で広告やマーケティング商材などに登場する「性化」の問題が指摘もされていた(今回のH&M Australiaの広告とはまた少し違う系統だったかもしれないが)。

そのショット自体は大したことないと思う人もいるかもしれない。実際は、そのショットについたキャッチコピーと合わせて問題を指摘した人が海外では多かった。一枚の写真がひとり歩きしているのではない。単体ではグレーゾーンとも捉えられるかもしれない写真は、そのキャッチコピーにより、ネガティブな方向性を決定的にしたので、人々は批判した。しかし、一度こういったイメージが植え付けられると、打ち消すのも容易なことではない。
酷いのでここで画像は貼らないが、実際に日本ではすでにこの広告をさらにエロティックに改変し、露骨に性的対象化した酷いイラストが出回ってしまっていた。

知らない人も多いかもしれない。ドイツ企業HORNBACH 호른바흐のCMを憶えているだろうか。2019年頃、ドイツのDIY用品販売チェーンのホルンバッハが人種差別的で性差別的、異様なCMを出していた。
野良仕事に勤しむドイツの地方在住と思われる中高年男性の汗のついた下着が回収されると、そのままパッケージ化し街頭の自動販売機で販売。日本女性らしき人物がその使用済み下着を購入し即開封してにおいを嗅ぎ、白目をむいた恍惚とした表情でCMは終わる。
気持ち悪かった。日本でかつて使用済み下着の売買があったことや、日本のAV等、日本文化(ポルノ文化)の影響もありそうな演出だが、答え合わせのように、その下着の自販機には日本語で「春の匂い」と書かれていた。
ホルンバッハの顧客層(中高年男性)に、アジア女性に対してあなたがたは性的魅力があると示唆し、顧客のプライドをくすぐり、自己肯定感を上げ訴求する広告を作りたかったようだが...

그 더러운 속옷은 너희들이나 가져라! 독일 기업 Hornbach 광고 속 아시아 여성의 모욕적인 재현에 항의합니다.

野良仕事で汗臭い下着を「春の匂い」に格上げし転換するのがCMのオチらしいが、非常に醜悪。ドイツ在住の韓国人男性が気付いて最初に問題提起し、当該企業に抗議し国内外で署名を集めハッシュタグ #Ich_wurde_geHORNBACHt で声を上げその差別的なCMを取り下げさせることが出来たが...そんなCM後、日本人と見分けがつかない韓国系や中国系、その他アジア系の女性までもが、CMのそのイメージ、変態的なイメージで見られ、同一視され巻き込まれてしまうリスクに恐怖を感じた人は少なくなかった。ただでさえ欧米ではアジア系への差別や偏見が酷かったのに。

STOP ASIAN HATE

Stop Asian Hate

H&Mの広告も、女児だけ前面に立たせて「ファッションで人目を引こう」と宣伝すれば、自分のためにおしゃれしただけでも「アピールか」などに誤変換される可能性、性的文脈に結び付けられる可能性、誤解されやすさを増大させ強化するリスクがある。「制服(もしくは制服風衣服)」を性的文脈で見る視線、性的対象化して消費する動機を強化するリスクもある(日本のポルノかよ!)。広告の影響範囲は女児、女子だけではない。男児にも歪んだ先入観や視線、女はこうだ、という間違った性意識や性「役割」、バイアス(偏見)を植え付ける可能性もあるだろう。社会全体に悪影響がある。
だから止めなければならなかったのだ。

2022年に、「侵略的外来種」というヘイトスピーチに対し、「割れ窓理論 Broken Windows Theory」に依拠、適用もし「ゼロ・トレランス Zero Tolerance」的アクションは差別煽動に対抗する手段として即行使されるべきものであると書いた通り、その影響範囲を考えれば、今回も即止めなければならないものだった。

以上の通り、国連等による「体の自己決定権」や「子どもの人権」の観点からも問題があった広告だが、恐らくSDGs、ビジネスと人権にも関わってくるので、コンプライアンスだけでなく企業統治ガバナンスとして見ても問題はあるだろう。国際的コンセンサスである、普遍的な人権意識との齟齬がないかを事前にチェック、検証出来なかった、という担当者の人権意識の低さも顕著かもしれない。あるいは総合的に俯瞰、検証する知見の欠如、意思決定プロセスの瑕疵や検証プロセスなどの機能不全、ガバナンスに問題あり、と見えるから。

UN WOMEN

驚いたことに、H&Mはグローバル・メンバーとして国連の「アンステレオタイプ・アライアンス」にも加盟している。2017年に発足した「Unstereotype Alliance(アンステレオタイプ・アライアンス)」は、UN Women(国連女性機関)が主導する、メディアと広告による有害なステレオタイプ(固定観念)を撤廃するための世界的な取り組み。社会から有害なステレオタイプを撤廃することを目的とし、持続可能な開発目標(SDGs)、特にジェンダー平等と女性・女児のエンパワーメント(SDGs 5)の達成を目指すとあるが...
制服(制服風)ファッションも、女児だけも、「新学期にファッションで他人の視線を引き付けよう」のキャッチコピーもすべて古い型に嵌まったもの、女児に間違ったステレオタイプを押し付けている。

この「アンステレオタイプ・アライアンス」、有害なステレオタイプを撤廃する国連提唱の取り組みの観点からも、女児だけが新学期にファッションで
「他者の視線を集める」ことを広告でプッシュし、促し、勧奨するのは相当問題だろう。女性がファッションで人目を集める、という前近代的な性的役割=ステレオタイプも押し付け、「アンステレオタイプ」にも反するから。
なぜ加盟企業のH&Mがチェックできなかったのか。国連等による「体の自己決定権」や「子どもの人権」のみならず、有害なステレオタイプを撤廃し女性・女児のエンパワーメント(SDGs 5)を目指すことからも外れているグローバル企業の広告。おそらく何重にもチェックが漏れていたのか。そのコンプライアンス、企業倫理にもガバナンスにも不信感が拭えなかった。

Copyright 2003-2025 아포방포. All rights reserved.

本note(ブログ)、サイトの全部或いは一部を引用、言及する際は
著作権法に基づき出典(ブログ名とURL)を明記してください
無断で本ブログ、サイトの全部あるいは一部、
表現
情報、意見、
解釈、考察、解説
ロジックや発想(アイデア)
視点(着眼点)
写真・画像等も
コピー・利用・流用・
盗用することは禁止します
剽窃厳禁
悪質なキュレーション Curation 型剽窃、つまみ食い剽窃もお断り。
複製のみならず、
ベース下敷きにし、語尾や文体などを変えた剽窃、
リライト

切り刻んで翻案等も著作権侵害です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?