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Zero Tolerance

ヘイトピラミッド

ヘイトスピーチが路上に出てヘイトデモになり、2021年8月は宇治ウトロ地区放火事件など大きなヘイトクライムも発生した。これが日本の現在地、最近10年以上の日本の状況である。

odd_hatch氏のデータによれば、COVID-19 新型コロナウィルス感染拡大下でもヘイトデモの著しい減少はない。odd_hatch氏「レイシズム監視情報保管庫」「数字で見る2021年のヘイト行動」によれば、2021年ヘイトデモ多発市区全国3位は東京都武蔵野市。

スクリーンショット。「レイシズム監視情報保管庫」 「数字で見る2021年のヘイト行動」


「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(人種差別撤廃条約)」に日本は1995年に加入している。これは締約国がレイシズムを社会がなくすべき悪とし、あらゆる手段で差別をなくす=撤廃する義務があるということ。現在の日本にも当然その義務がある。しかし、日本は条約が義務付ける包括的差別禁止法も作らず、差別統計も取らず、条約違反を続けている状態
(参考:梁英聖, 2020, 「レイシズムとは何か」筑摩書房)。

ここで、梁英聖氏も出演した「No Hate TV Vol.123 - 反差別規範とは何か」で説明された差別の定義を確認する。人種差別撤廃条約の差別の定義は……
1、(ルーツにまつわる)グループに対する
2、不平等な
3、効果、である。

スクリーンショット。「NoHateTV Vol.123 - 反差別規範とは何か」(2021年6月9日)

また、人種差別撤廃条約では個人通報制度について定められているが、日本は当該第14条不宣言のため、同条約の違反状態に加え、差別、レイシズムの被害者を救済するチャネル、通報窓口等は整備されていない。

当該締結国において個人又は集団からの人権に関する通報を、人種差別撤廃に関する国際委員会(国連人種差別撤廃委員会)が受理・審査し、勧告を行うことを認める「宣言」を行うことが出来る。

人種差別撤廃条約、第14条

一方、2016年に「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号)」、いわゆる「ヘイトスピーチ解消法」が成立し、2016年6月3日に施行された。法務省が定めるヘイトスピーチとは(概ね)以下引用の通り。

(1)特定の民族や国籍の人々を、合理的な理由なく、一律に排除・排斥することをあおり立てるもの(「○○人は出て行け」、「祖国へ帰れ」など)
(2)特定の民族や国籍に属する人々に対して危害を加えるとするもの
(「○○人は殺せ」、「○○人は海に投げ込め」など)
(3)特定の国や地域の出身である人を、著しく見下すような内容のもの
(特定の国の出身者を、差別的な意味合いで昆虫や動物に例えるものなど)

法務省:ヘイトスピーチ、許さない
法務省が示したヘイトスピーチ(不当な差別的言動)の例
吉祥寺の米穀店が外国人を「侵略的外来種」と呼んだ
典型的なヘイトスピーチ。豆知識:稲は外来種
法務省が提示したヘイトスピーチの具体例

第一章 総則
(基本理念)
第三条 国民は、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消の必要性
に対する理解を深めるとともに、本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律

しかし、ヘイトスピーチ解消法は「不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」という理念法に過ぎず罰則がないため、人種差別撤廃条約による「社会がなくすべき悪」、即ちレイシズムを撤廃する義務が果たされるには不十分な状態である。

参考:日本国憲法第 98 条第 2 項は「日本国が締結した(国際)条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定。即ち、条約法条約について「当事国は、(国際)条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができ」ず、条約上の義務を履行しない国は国家責任を問われる、とも。
(国立国会図書館 調査及び立法考査局「日米英における条約の国内実施」より)

ヘイトピラミッド

今回、吉祥寺の米穀店が在日外国人を「侵略的外来種」と呼ぶ典型的なヘイトスピーチをTwitter上で発したが、ヘイトピラミッドの図等を見てもわかる通り、ヘイトスピーチは憎悪表現と訳すよりも国際人権条約で使用されている「差別煽動」と呼ぶのが適切である。在日外国人を「外来種」などと呼ぶことは言葉によるものとはいえ「非人間化」という「偏見のある行為」であり、「侵略的外来種」と呼ぶことが憎悪や敵意を伴った「社会的回避」や「排除」をもたらしていることは明白である。
(参考:佐藤慧「ヘイトクライムに抗う―憎悪のピラミッドを積み重ねないために―」)
それは、マイノリティを「差別し、排除してよい存在」としたレッテルを貼ることにほかならず、多くの人の目に触れるSNS上では「差別煽動」や排他的傾向を拡散し増殖させるトリガーとなり、「排除」など差別アクセルをかけることになる。同時に、「非人間化」されたマイノリティには無力感や「沈黙効果」をもたらすのがヘイトスピーチである。

本来、締約国である日本政府は人種差別撤廃条約を遵守するためにこのようなヘイトスピーチ=差別煽動を止め、差別する自由を規制する効果即ち「反差別ブレーキ」を機能させ、レイシズムを撤廃させなければならないが、現実はそうではない。人種差別撤廃条約が定める包括的差別禁止法もない、法的にレイシズムを撤廃する義務を果たしていない状態である。

今回、武蔵野市などで反差別アクションに携わっている市民は、日本政府が果たすべきレイシズム撤廃の一端を担ってヘイトスピーチ=差別煽動にTwitter上で声を上げ批判した。しかし、当該米穀店は差別煽動の種を撒いた責任を取ることを回避した。

そこで反差別に関わる市民はアムネスティ・インターナショナルによる
NVDA(非暴力直接行動)ガイドラインも援用し、次なる「反差別ブレーキ」アクションとしてサイレント・スタンディングを7月30日昼に実施した。

出典:Amnesty International's TOOLKIT FOR NON-VIOLENT DIRECT ACTION

「非暴力運動(NVDA)の狙いは、交渉を拒み続けてきた相手、この場合政府や白人コミュニティ(=マジョリティ)ですが、そうした相手が争点と対峙せざるを得ない状況を作り出し、相手を交渉の場に立たせることです。事態を進展させるための非常に現実的な行動として、非暴力は存在しています」

「非暴力」という抵抗――キング牧師の戦い
『マーティン・ルーサー・キング――非暴力の闘士』著者インタビュー

差別煽動の種を撒いたヘイトスピーチ加害者が責任を回避したため、「相手が争点と対峙せざるを得ない状況を作り出し、相手を交渉の場に立たせ、事態を進展させるための非常に現実的な行動として」NVDA(非暴力直接行動)の必要性が生じ、NVDAを採用するに至った、ということである。人種差別撤廃条約という国際条約上の義務、差別煽動を撤廃する義務の一環でもあり、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努め」るヘイトスピーチ解消法の理念実現の一環でもある。

なお、NVDAサイレント・スタンディングは、道路の本来の用途に即さない道路の特別の使用行為には当たらず、「道路使用許可」は不要、且つ、道路に一定の施設を設置し継続して道路を使用する道路の占用にも当たらず、「道路占用許可」も不要。
参考:警察庁「道路使用許可の概要」、 
国土交通省「道路占用許可制度について」

また、抗議の主催者(「No Hate! Musashino」)によれば、現場担当した武蔵野署とは事前に抗議の仕方について話し合い済み、とのことだ。警察が事前に示した、許容できる範囲内でヘイトスピーチ=差別煽動に対する抗議が行われたというのが実態である。警察からは当該米穀店店主にも別途話がいっていたらしい。7月30日のサイレント・スタンディング時に同店訪問客に聞かれた際、刑事は「ここの店主がTwitterでヘイトスピーチを流したのですよ」と説明していた、という証言も。
(外国人にレイシャル・プロファイリングをしてしまう日本の警察にも
「ヘイトスピーチ、許さない」という認識は浸透しているのだろうか)

さて、Google Map マップユーザーの投稿コンテンツ(UGC)に関するポリシーと照らして星1つ☆を残すことが、「対象の場所を正確に表していない」とアルゴリズム等で判断されるのかどうかはわからない。しかし、一方で、店主がレイシストであるかどうかはマジョリティにとってはノイズ情報かもしれないが、マイノリティにとっては有効且つ必要なシグナル、もしくはアラートになり得るのだ。というのも、第二次安倍内閣発足以降特に、在日外国人が生活の中で身の危険をより感じるようになった場所は増えたからだ。街中のヘイトデモやヘイトスピーチ、ヘイト落書きだけではない。特に身体(体内)や生命に関わる場所として飲食店(食品製造販売等含む)、病医院、ヘアサロンの少なくとも3業種(ほかにヘイト本を置く書店なども)に対する警戒心と恐怖、リスクが増したのは事実である。これらの場所の従業員や担当者らが差別やヘイトスピーチをしないか、憎悪を抱いていないかという不安をマイノリティは常に抱えている。

アカデミー賞受賞映画『グリーンブック』はアメリカに人種隔離政策があった時代、アフリカ系アメリカ人が飲食や宿泊、給油などを拒否もされず、安全に応対される場所をリストにしたガイドブックの「Green Book」がタイトルの、実話ベースのストーリーだ。また、2021年の東京オリンピック開会式のテレビ中継に手話通訳がついていなかったことは、多様性を謳いながら包摂性を欠いたものとして批判されていたことも記憶に新しい。手話通訳が五輪開会式中継のテレビ画面にワイプで映ることは、マジョリティにとっては「邪魔」な情報かもしれない。「Green Book」の情報もマジョリティには無縁で不要である。しかし、マイノリティにとっては必要な情報で生命線である。

「川崎駅前読書会」らが無告知街宣や排外デモをするレイシストが今現在Y年M月D日H時M分に川崎駅前にはいない、と毎回見回りをして発信、周知するアラートもマイノリティにとっては必要な情報で生命線である。同様に、Google Mapの口コミも、マイノリティがあらかじめ避けるべき排外思想・レイシズムや偏見の持ち主やレイシストのいる店を可視化するアラートでシグナル、という性格も喚起される。それが飲食店(食品製造販売等含む)や病医院、ヘアサロンなどの情報ならより切実な生命線にもなり得る、生命の安全に直結もする重要な情報だ。もしこのような視点をスルーでき、このようなアラートやシグナルの可能性や効果を看過できるとしたら、それはあなたが気づかずにいられるマジョリティだから。

「気づかず・知らず・みずからは傷つかずにすませられることこそ、
マジョリティ(多数派)の特権(privilege)だといえるだろう」
(ケイン樹里安・上原健太郎編, 2019, 「ふれる社会学」北樹出版)

「『人種差別にピンと来ない』日本人には大きな特権があるという現実」
ケイン樹里安

約100年前の1923年9月1日、関東大震災下で数千人の朝鮮人らが虐殺された
ジェノサイドが起こった。それは、流言蜚語・デマで特定の民族を「井戸に毒を入れる」危険種などと結び付けた「非人間化」から始まった。
参考:内閣府防災情報 報告書(1923 関東大震災第2編)

…そのなかで次第に膨らんでいったのが「朝鮮人の暴動」という流言だった。朝鮮人が各地に放火している…、朝鮮人が井戸に毒を入れて回っている…

加藤直樹, 2014, 『九月、東京の路上で/1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』ころから
(期間限定試し読み)

「侵略的外来種」というヘイトスピーチ=差別煽動が憎悪や敵意を伴った「社会的回避」や「排除」をもたらす場合も、現代はソーシャルメディアという装置、プラットフォームを得て100年前とは比べものにならないスピードで拡散され、デマ犬笛ほどアクセルがかかり流布するリスクをも念頭に置かなければならない。
参考:「フェイクニュースは速く広く伝わる / News spreads faster and more widely when it’s false」「Science」掲載論文に関する記事

その文脈での、反差別ブレーキとしての即時行動としてのNVDA(非暴力直接行動)は人種差別撤廃条約等に照らしても必然且つ正当である。

ワイツゼッカー元ドイツ大統領
「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目になる。
Wer aber vor der Vergangenheit die Augen verschließt, wird blind für die Gegenwart.

Richard von Weizsäcker - Haus des Erinnerns

過去に目を閉ざして歴史の過ちを繰り返してはならない。

関東大震災時の朝鮮人虐殺という歴史に学ぶ意味でも、「割れ窓理論 Broken Windows Theory*」に依拠した「ゼロ・トレランス Zero Tolerance」的アクションは、ヘイトスピーチ=差別煽動に対抗する手段として即行使されるべきものである(上記の通り、ヘイトスピーチ=差別煽動として規制、撤回されなかったなどの原因、理由もあるゆえ)。

元国連ジェノサイド防止担当特別顧問
アダマ・ディエン氏(現スーダン人権専門家)の言葉。
ホロコーストはガス室から始まったのではなく、
はるか以前にヘイトスピーチから始まったのです
...
言葉は人を殺すことを、私たちは心に留めておかなければなりません。
言葉は銃弾のように人を殺すのです

ヘイトスピーチを止めよう:アダマ・ディエン氏との対話

   Adama Dieng says,
"the Holocaust didn't start with gas chambers,
it started long before with hate speech."

Secretary-General of the UN,
António Guterres's Tweet

非暴力の抵抗運動NVDAを(それが構造的差別や差別煽動に対する抵抗で始まったにも拘わらず)暴力、暴徒などとレッテル貼りし、NVDAを無効化し、差別に反対する声を抑圧する新たな暴力、差別と暴力の連鎖に対しても危惧を感じつつ...藤野裕子氏によるジュディス・バトラー著「非暴力の力」書評を引用する。

一方で、権力は非暴力の抵抗運動を「暴力」と名指すことで、運動の正当性を剝奪しようとする。非暴力を貫くには、この名指しを批判し、非暴力の範囲を確保しなければならない。非暴力は絶対的な原理ではなく、継続的な「闘争」なのだから。

日本の文脈に置き直して、本書から受け取れる課題は多い。「自衛」と非暴力をどう考えるか。非暴力の範囲をどう確保するか。問いは困難だ。それでも本書は呼びかける。非暴力は、世界が暴力に満ちて出口が見えない時に、
新たな可能性を想像する力なのだと。このことを胸に留めたい。

ジュディス・バトラー Judith Butler著「非暴力の力」
書評:藤野裕子(朝日新聞掲載:2022年10月22日)

最後に「ゼロ・トレランス Zero Tolerance」を象徴する写真(非暴力ではないが)を。ファシストやファシズム、レイシストやレイシズム、ヘイトスピーチにはゼロ・トレランスで即時対応する市民の姿、その瞬間がカメラにとらえられている。地域に出没したネオナチをハンドバッグで殴りつける女性市民。




1985年にHans RunessonがスウェーデンのVäxjöで撮影。 "Kvinnan med handväskan"

*割れ窓理論 Broken Windows Theory とは。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリング George L. Kelling考案、「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」

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