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温暖化の原因は人――IPCC報告書から考える気候変動と脱炭素化とSDGs的課題

2021年公開のIPCC第6次評価報告書では、「地球温暖化は人間活動によるもの」と、初めて不確かさの表現なしに断言されて話題となった。SDGsの目標13として挙げられている気候変動について、『SDGs白書2022』から江守正多氏の記事を紹介しつつ考えてみる。

IPCC評価報告書とは

気候変動に関する政府間パネルIPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)は、人間による気候変化への影響や適応・緩和方策などについて考えるための組織で、1988年に国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)によって設立された。

そのIPCCが発行するのが「IPCC評価報告書」で、2021年8月9日に最新版となる第6次評価報告書 第1作業部会報告書が公開された。中立性を重視しながら最新の科学的知見を評価しており、1990年から数年おきに公表している。

IPCC評価報告書は、さらにテーマごとに報告書と執筆者(作業部会)が分かれている。「地球温暖化は人間活動によるもの」との見解を示した第1作業部会報告書では、「自然科学的根拠」を扱っている。

  • 自然科学的根拠(Physical Science Basis)――第1作業部会(WG1)

  • 影響・適応・脆弱性(Impacts, Adaptation and Vulnerability)――第2作業部会(WG2)

  • 気候変動の緩和(Mitigation of Climate Change)――第3作業部会(WG3)

いずれも専門的な内容だが、政治家などの政策決定者向けに要約版も用意されており、その日本語暫定訳は気象庁のウェブサイトで公開されている。IPCC評価報告書の概要を把握するなら、この日本語暫定訳(PDF)から読むとよいだろう。

2022年8月26日発売の『SDGs白書2022』では、このIPCC第6次評価報告書執筆陣の1人である江守正多氏による「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」を掲載している。

同氏は、東京大学未来ビジョン研究センター 教授、国立環境研究所地球システム領域 上級主席研究員を務めており、気候変動の専門家として活躍している。

「疑う余地なし」の科学的根拠

IPCC第6次評価報告書では、地球の温暖化は人間活動によるものと断言しているが、この根拠は気候モデルによるシミュレーションに基づいている。

気候モデルとは、コンピューター上で地球の大気や海洋、陸地などの気候を再現して実験を行うというもので、2021年にノーベル物理学賞を受賞した眞鍋淑郎氏の研究としても知られている。最近のキーワードで表すなら、「気象現象に特化したデジタルツインの地球を構築し、さまざまな条件設定による変化や違いを把握する理論や技術」と言えるだろうか。

この気候モデルを用いて検証したところ、人間活動の有無で明らかな差が生じたという。

自然のみの影響と人間活動の影響も加えた場合の両方をシミュレーションして比較すると、1850~2020年の世界平均気温に1970年以降は明らかな上昇傾向が現れる。
観測された気温上昇は1.1度弱で、太陽活動の変動や火山の噴火といった自然だけの影響ではこのような上昇はしないため、ほぼ100%人間活動の影響だと判断できる。

『SDGs白書2022』
江守正多「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」より

温暖化に対する懐疑論は昔から存在するが、近年におけるコンピューターの処理性能、衛星などから得られる関連データの質と量の向上を考えると、気候モデルとそのシミュレーションによる結果は、妥当なものと考えるべきではないだろうか。

人間が原因なら人間が解決できる

数十億年という長い地球の歴史から見ると、気候変動自体は決して特別なことではない。氷河期もあれば、現在以上に温暖な時代もあったとされている。したがって、温暖化の原因が自然なものだけなら、それは地球にとって異常なことではないし、それを人間の手で抑えることはおそらく難しいだろう。しかし、人間の活動によって生じているのであれば、それを人の手で抑えることは可能なはずだ。

SDGsの目標として気候変動対策が挙げられているのも、人の力で何とかできると捉えているからだ。ここで改めて、SDGsの目標13を示す。

目標13「気候変動とその影響に立ち向かうため、緊急対策を実施する」
13.1
 すべての国々で、気候関連の災害や自然災害に対するレジリエンスと適応力を強化する。
13.2 気候変動対策を、国の政策や戦略、計画に統合する。
13.3 気候変動の緩和策と適応策、影響の軽減、早期警戒に関する教育、啓発、人的能力、組織の対応能力を改善する。
13.a 重要な緩和行動と、その実施における透明性確保に関する開発途上国のニーズに対応するため、2020年までにあらゆる供給源から年間1,000億ドルを共同で調達するという目標への、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)を締約した先進国によるコミットメントを実施し、可能な限り早く資本を投入して「緑の気候基金」の本格的な運用を開始する。
13.b 女性や若者、地域コミュニティや社会の主流から取り残されたコミュニティに焦点を当てることを含め、後発開発途上国や小島嶼開発途上国で、気候変動関連の効果的な計画策定・管理の能力を向上させるしくみを推進する。

SDGsとターゲット新訳」より

決して不可能ではないが非常に困難な目標

温暖化が人為的なものであるとして、その対策はどうすればよいのか。日本を含めて世界各国が数十年以内の脱炭素化を目標に掲げているが、果たして現実的なのか。

2015年の第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定では、世界平均気温の上昇を産業革命前と比べて2度より低くし、1.5度を目指すことになった。しかし、江守氏によるとこの目標は非常にハードルが高いという。

2021~2040年の平均気温が1.5度に達する確率は「非常に低い」シナリオでも50%程度

『SDGs白書2022』
江守正多「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」より

IPCCでは、気温上昇のシナリオを5つ想定しているが、最も温度上昇が低い(=理想的だが最も難しいシナリオ)であっても、2100年までにいったんは1.5度を超えてしまうという。

我々が達成しようとしている目標はそれほど高いものであり、猶予がないという状況なのだ。

SDGs視点で考える気候変動

SDGsの視点で気候変動をどう捉えるべきか。江守氏は、温暖化は人権問題とつながっていると指摘する。

温暖化は、干ばつによる食糧や水資源の不足をもたらす。その地域の産業にも影響し、人々の失業と貧困、それによる紛争が起きる。海面上昇では、高潮で家屋や畑が流されてしまい、難民になる人々が増える。そして、このような被害を受けるのは、主に開発途上の国や地域で生活している人々だ。さらに、そのような環境で生きていかなければいけない将来世代も被害者になる。

どちらもCO2をほとんど出しておらず、原因に対する責任がないにもかかわらずである。

この不正義(インジャスティス)な状況を是正すべきという考えは、「気候正義」(クライメイト・ジャスティス)と言われている。温暖化を止めるのは、自分自身に危機が降りかかるからだけでなく、もっと視野を広げて世界規模の世代を超えた人権侵害を是正するためという認識が必要だ。

『SDGs白書2022』
江守正多「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」より

これまで化石燃料を使った開発で恩恵を受けながら大量のCO2を排出してきた先進国が、開発途上国に対して「脱炭素化せよ」と主張するのは、公平と言えるのだろうか。このような立場の違いや格差も含めて、世界全体で温暖化対策や脱炭素社会を目指さなければならない。

江守氏は、タバコのような社会の大転換が必要だと述べる。過去の常識がたった数十年で非常識へと変わったように、脱炭素社会も人々の常識が変わることで実現できる。

これは常識の変化が起きたと言えるし、同様に脱炭素も新しい常識になればよいのではないか。タバコについての変化の過程において、社会の大多数がこの問題に強い関心を持っていたわけではなく、多くの人にとっては「気づいたら変わっていた」という感覚だろう。

『SDGs白書2022』
江守正多「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」より

タバコに対する意識変化の背景には、受動喫煙の健康被害が医学的に実証されたことや国際的な動向、健康増進法などがある。温暖化と脱炭素化についても、科学的根拠を示し、ムードを醸成することで、人々の行動やビジネスを変えていけるのではないだろうか。

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『SDGs白書2022』に掲載した江守氏の「IPCC第6次報告書から読み解く脱炭素と気候変動の現状」では、温暖化で生じるリスク、温暖化による被害と問題点、脱炭素化に向けた国際動向、達成可能性の分析、脱炭素実現の先にある問題などについて詳細に解説しており、理解をさらに深めることができる。



文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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インプレスホールディングスの研究組織であるインプレス・サステナブルラボでは「D for Good!」や「インターネット白書ARCHIVES」の共同運営のほか、年鑑書籍『SDGs白書』と『インターネット白書』の企画編集を行っています。どちらも紙書籍と電子書籍にて好評発売中です。