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トンガの噴火から考えるインターネットアクセスの課題と宇宙インターネットの可能性

南太平洋のトンガ付近にある海底火山が噴火し、津波や降灰などの被害が発生した。この噴火の影響で海底ケーブルが損傷し、同国のインターネットアクセスが途絶えたことで、その被害状況を他国が把握できないという問題も発生した。この災害を踏まえ、今回はインターネットアクセスの課題と解決策について考えたい。

南太平洋の海底火山が噴火

2022年1月15日、南太平洋の海底にあるフンガトンガ・フンガハーパイ火山が噴火し、近隣のトンガでは津波や降灰による被害が発生し、全人口10万人の約半分にあたる5万人程度が影響を受けているとされる。

日本でもこの噴火の影響により、翌16日未明に神奈川県で津波関連の緊急速報メール(エリアメール)が多数配信されたことが話題となった。実際には、日本への影響はほとんどなく、多数のメール配信は誤設定によるものだったが、これでトンガでの噴火を知った方もいたのではないだろうか。

噴火から間もなく1か月になろうとしているが、現地での救援活動は続いており、被災地の一日も早い復旧と復興を心からお祈り申し上げたい。

トンガといえば「.to」ドメイン

トンガは、南太平洋に浮かぶ島国で、171の島から構成されている。日本では決して有名な国でないかもしれないが、インターネットの分野ではドメイン名「.to」で有名だ(少なくとも筆者は「トンガといえば.toドメイン」というイメージを持っている)。

「.to」はトンガの国別コードトップレベルドメイン(ccTLD)だが、早くからドメイン名登録を全世界に開放しており、「.com」や「.net」などの分野別トップコードドメイン(gTLD)と同じように、Tonic(トンガネットワーク情報センター)を通じて世界の誰もが購入できる。

英語の前置詞でもある「to」という文字列をドメイン名に盛り込めることからドメイン名として人気があり、その使用料は同国にとって貴重な外貨獲得手段にもなっている。同様の例には、ツバルの「.tv」やココス諸島の「.cc」などがある。

プロバイダー事業を手がけるインターリンクのブログ「ドメイン島巡り」では、このような島国のドメイン名が現地の様子や文化とともに詳しく紹介されている。ドメイン名はURLの文字列の一部でしかないが、それをきっかけに未知の国を知るのも興味深いものだ。

そんな、インターネット業界ではなじみ深い国であるトンガからの悲報とあって非常に気になったのだが、現地の状況はなかなか伝わってこなかった。

インターネットを支える海底ケーブル

今回の噴火では、付近の海底ケーブルが切断されたためにトンガでの国際電話やインターネットアクセスが途絶えてしまった。それによって、他国が被害状況を把握できず、適切な救援活動に支障が出るという問題が発生した。

2011年の東日本大震災では、マスメディアの報道だけでなく、一般市民による撮影動画や状況報告がインターネット上に掲載されたことで、現状を詳細に知ることができた。その情報は、迅速かつ適切な救援にも大いに役立った。

インターネット時代ならではの現象であったが、トンガのようにインターネットアクセスが途絶えてしまってはそれも不可能だ。

インターネットはスマホの4Gや5G、Wi-Fiで接続するのが当たり前の現在では、海底ケーブルというものをイメージしにくい人もいるかもしれないが、大陸同士をつなげる通信の多くは海底ケーブルが担っている。インターネットが世界中につながっているのは、海底ケーブルのおかげだ。

現在、海底ケーブルは400本以上あるとされるが、インターネットの商用化から約30年がたち、世界中で重要な社会インフラとして利用されていることを考えると、この数は少なく感じるのではないだろうか。もちろん、特に重要なケーブルについては冗長化はされているが、今回のような災害などで切断してしまう可能性を考えると、より強靱なものにしていく必要がある。

さらに、近年では国家安全保障の問題としても海底ケーブルが注目されている。2020年に米国政府が表明した「クリーンネットワーク構想」では、スマホアプリや通信キャリアとともに海底ケーブルを同盟国やその国の企業だけで構築するとしている。重要であっても簡単に敷設できない海底ケーブルは、国家が積極的に関わるべきだという考えだ。

人工衛星を使った宇宙インターネットの実現

自然災害や政治的な動向の影響を受けるようでは心もとない。特に地震の多い日本では、海底ケーブルの切断もまったくあり得ない話ではない。また、携帯電話の人口カバー率はほぼ100%だが、山岳地帯や海上などを含むエリアカバー率はまだ完全ではない。

基地局の設置が物理的に難しいこと、設置してもコスト的に割が合わないことなど理由はさまざまで、どこまでカバーすべきかという議論もあるが、人が訪れる可能性のある場所すべてではないのは確かだ。

このようなインターネットアクセスの課題を解決する手段として近年注目されているのが、低軌道の人工衛星(LEO)を使った高速衛星ブロードバンドインターネットだ。

宇宙開発事業を手がけるワンウェブやスペースXは、人工衛星の打ち上げとともに通信ネットワークを構築して商用サービス化を進めている。日本でも、ソフトバンクがワンウェブと提携して国内外での衛星通信サービスを展開すると発表している。KDDIも、スペースXの衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」をau基地局のバックホール回線に利用すると発表している。

宇宙を経由するインターネットであれば、海底ケーブルのような災害の影響はない。もちろん、海底ケーブルの敷設と同じく限られた企業だけしか構築できなかったり、当面はコスト的に高かったりといった課題もある。しかし、海底ケーブルとはまったく異なる経路が実現されることは、インターネット全体にとっては望ましいことだろう。

さらに、人工衛星でのインターネットアクセスは、まだ普及率が低い国や地域でのインターネット普及促進にも有効だ。世界中の誰もがインターネットを利用できるようになることは、SDGsの目標4「すべての人々に、だれもが受けられる公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」や目標9「レジリエントなインフラを構築し、だれもが参画できる持続可能な産業化を促進し、イノベーションを推進する」にも通じる(各目標の文章は慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ代表の蟹江憲史氏を委員長とする「SDGsとターゲット新訳」制作委員会によるもの)。

インターネットをより普遍的で強靱なものとするための取り組みとして期待したい。

なお、2月7日発刊の『インターネット白書2022』では、2022年に注目すべきキーワードの一つとして「宇宙インターネット」を挙げている。さらに、本編では慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授の湧川隆次氏による、低軌道衛星や成層圏の飛行プラットフォームを解説した「空のインフラ──成層圏と低軌道衛星インターネットの動向」を掲載している。


文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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