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市場は十人十色に創られる

 デザイン思考による価値創造を導入し、市場が創られるだけではなく、創出される価値は十人十色であることを述べたい。経済の均衡論の基礎である合理的人間像を取り払うと、むしろ人は、自身の多様性によって別の見方、意味を作り上げることで新しい価値を創り出すことに長けている。以下では、順に議論を重ねながら、この新しい視点について述べる。

主観的・客観的・間主観的知識と科学

 Davidsonが語る3種類の知識は、主観的、客観的、間主観的知識だ。主観的は、自分の中に存在し、自分が感じる見方だ。自分と異なる他の人のことを理解するためには、他の人の外側の情報を拾い集め、それが何を意味するのか自分の知識にマップする。それは正しいかもしれないし、全くの的外れかもしれない。その確信を高めるのは、自分と他の人を包み込む共通の理解の基盤、客観的知識上である。その客観的知識を活用し、他の人を理解し、他の人と共有する知識が、間主観的知識だ。

 客観的知識は、物理や化学の理論のように多くの人が正しいと信じている知識だ。では、それらの客観的知識はどのように生まれたのか?万有引力の例を取ると、ニュートンはりんごが落ちるのをみて、重力を思いついたという。りんごが落ちるという現象は、ニュートンの前だけではなく、いろいろな場所で起こっている。また、りんごでなくても、他のものも落っこちている。つまり、このような機会は多く存在しているが、ニュートンがみないと重力は発見されなかったのだ。

 ニュートンの例は特別であり、そんなことは滅多にないという反論もあろう。しかしながら、科学哲学の中では、同じデータをみれば、誰もが正しく同じことを発見するということに対して、否定されている。つまり、主観が重要なのだ。そのため、科学は、誰かが提案した理論を仮説として受け入れ、後に人に検証を託すという、仮説検証というプロセスで構築されてきた。そのため、提案された理論は、後に反証され形を変えていく可能性がある。

人工物として市場

 科学の世界でさえ、発見はその元となる一つのイベントから研究者が試行錯誤してなされる現象である。不思議なことに、もっと不確実性が高い市場に関しては、これまで発見されるという議論が中心だったという。BuchananとVanbergは、新古典主義経済学の枠組みとKirznerの市場発見の起業家理論の矛盾を指摘した。起業家がある現象を見つけた時のそのままの状態では、市場にはならないというのだ。市場として成り立つには、起業家とその周りのアクターとの価値共創が不可欠だという。つまり、市場は発見されるのではなく、創られるのである(Sarasvathy)。

 さらに、Sarasvathyは市場を起業家によって創られる人工物と見なす。つまり、市場はシステムとして捉えられ、その構造は一位に定まらない(Simon)。起業家は、他のアクターと情報や知識を交換し、共に価値を創る。その際、創られる製品・サービスの構成だけではなく、それらのもたらす価値提供もそれぞれ異なる。イノベーションのプロセスのアイデア生成、精緻化、チャンピオン化、実装(Perry-Smith & Mannucci, 2017)の内、最初のアイデア生成について見ていこう。

人間中心で見る市場・アイデアの多様性

 アイデア生成の手法は多々あるが、ここではデザイン思考の共感から問題定義をアイデア生成とする。最初の共感が重要であり、その源は、違和感、共感である。つまりアイデア生成の源は、個々の現実社会に広がる瞬間瞬間であり、それらは多様である。デザイン思考の基本は人間中心デザインであり、人に寄り添うことだ。

 新古典経済学のミクロデータ分析は、合理的な平均値的な人間を前提とする。一方、その前提を取り払い、人間を人間らしく受け入れるということは、科学中心から人間中心への移行だ。人間の創造性が新しいアイデアを創り出し、開発し、実行する。この人間中心の起業家は、科学的な経済の枠組みに押し込められずに、自由人なのだ。

Reference

Buchanan, J. M., & Vanberg, V. J. 1991. The Market as a Creative Process. Economics and Philosophy, 7: 167-186.

Davidson, D. 2001. Three varieties of knowledge, Subjective, Intersubjective, Objective: 205-220. New
York: Oxford University Press Incorporated.

Perry-Smith, J. E., & Mannucci, P. V. (2017). From creativity to innovation: The social network drivers of the four phases of the idea journey. Academy of Management Review, 42(1), 53–79.

Sarasvathy, Saras D. 2020. Shaping Entrepreneurship Research Made, as Well as Found. Routledge.

Simon, H. A. 1996. The sciences of the artificial. Third edition. Cambridge and London: MIT Press. 









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