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『地中海世界』フェルナン・ブローデル - 歴史

 前半のまとめとなる章で、フローデルは安定性の本質について問う。地中海世界は、3つの文化的共同体によって成り立っている。それは、2つのキリスト教圏とイスラム文化圏だ。

ローマと西ヨーロッパを形成するローマ文化圏

 今の西ヨーロッパは、ローマを中心とするキリスト教圏だ。フローデルは、もう一方のキリスト世界との違いを、『真理』という言葉から示す。ラテン語の真理、ヴェリテ(veritas)は、理性にとって確実なこと、現実を意味する。例として、キリストの磔刑に関する絵画での表現や、復活祭の違いを示す。

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『死せるキリスト』 (アンドレア・マンテーニャ 1490年代, ref: https://en.wikipedia.org/wiki/Lamentation_of_Christ_(Mantegna)#/media/File:The_dead_Christ_and_three_mourners,_by_Andrea_Mantegna.jpg)

ギリシャ文明とコンスタンチノープルのオリエント、正教会の世界

 一方、正教会での真理は、恒常不変のもの、永遠のもの、理性によって把握できる創造された世界の外に真実に存在するものだという。ロシア語の真理、プラウダ(правда)は、真理と正義を意味する。つまり、ギリシャ文明から作りあげられたオリエントでは、見えない神秘、私たちの五感を超える概念に焦点を当てる。

 過酷な自然と格闘する人間の体験が創り上げたオリンポスの世界、多神教から、アレクサンドロス大王の帝国とともにコスモポリタニズムが生まれ、ギリシャ世界において一神教的思想が確立したのだ。

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『復活』(シモン・チェホヴィッチ 1758年, ref: www.museums.in.ua)

選ばれた民の創るイスラム文化圏

 もう一つの一神教世界は、ヘブライ人の体験からうまれた。彼らの神は、人々の尊崇を独り占めしたいと願う嫉妬深い神で、排他主義であった。9世紀から10世期に地中海を支配したイスラム、11世季語の十字軍によって影が薄くなる。偶像崇拝を禁ずるこの世界を示す絵画はなく、謎に包まれる。

戦いの中に己の存在理由を見出す文明

 文明とは、長い期間存続する現実であり、地理的空間に紐づく。侵入者に屈服されたのは、十分に構造化されていなかった文明だった。十分に構造化された文明は、規則的な失敗によって成熟する。つまり、文明とは持続であり、古い諸概念を体内に溶け込ませて空間や時間を超え、灰の中から蘇ってくるのである。不動で本質は変わらない。

 文明は他の文明と共存する。反対に、他の文明によって、己を理解し深めるのだ。文明は、己を愛するからこそ、憎悪を作り出し、それを糧にして生きている。フローデルは、未来は憎むことを心得ている人々だけのものという。『建設的な憎悪』こそ、文明の安定性を成り立たせている鍵だ。

ミクロ、マクロとメソの世界

 文明のみが歴史を形作るのではない。政治がものを言い、経済のお陰で文明が存続する。ローマは政治と制度で世界を圧倒した。

 人間が自然と格闘していた時代には、自分とその他の大きな力、自然や神がいた。その中で、ギリシャ文明は、イデアと対話し理想の形を創り上げ、イスラムは神と契約しそのために働いた。ミクロとマクロの対話だ。

 一方、人が集まり複雑になってくると、制度が形作られ、政治が活躍する。メソの登場だ。この勝者となったのがローマだった。制度とともに、金が作られ経済が発展した。

地中海世界の成熟

 ただし、これらの繁栄も17世紀まで、それ以降は地中海世界から大西洋へと世界の中心が移動する。そこで活躍したのが、プロテスタント諸国の北欧人、オランダ人とイギリス人だ。それから先は、地中海世界へ中心が戻ってくることはなかった。しかしながら今もなお、多様な文明を包み込む地中海世界のモザイクの輝きは失われない。



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