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キャッツ

大学卒業を控えて、単身ニューヨークへ行った。
1994年の春、目指すはまずブロードウェイだ。

人気の劇場は席が取れなかったが、
記録的ロングラン中の「キャッツ」を観ることができた。

アンドリュー・ロイド・ウェバー作曲、
81年ウエストエンド初演のミュージカル。
前年にロンドンへ行ったが観れなかった。

ダンス・ミュージカルとして、
「ウエスト・サイド物語」と並ぶ、僕の大好きな作品。
役者が目当てでもないので、堪能した。

とにかくまず舞台セットが凄くて、
本当に自分が小さくなったと錯覚する。
専用の劇場「キャッツ・シアター」が、
必要なのもなるほど頷ける。

次に歌声の迫力に圧倒された。
客席と舞台との距離が近く、
スピーカーに惑わされることもない。

コロナ禍の今はただ、ライブの醍醐味が、
再生されることを願わずにはいられない。

劇場の設計が、いかに重要か。

当時、本格的なミュージカルやオペラの上演は、
上野の東京文化会館大ホールしかなかったと思う。

今はないが、厚生年金会館やゆうぽうとホールで、
なんとかミュージカルやバレエを上演していた。
クラシックコンサートはNHKホールもあった。

86年クラシック・コンサートに特化したサントリーホール、
大規模コンサート・ライブは東京ドームが88年にできた。

そして89年Bunkamuraのオーチャードホール、
90年に東京芸術劇場と続く。

新国立劇場、東京国際フォーラムが
できるのは97年である。

ちなみにフラメンコといえば、メルパルクホール。
観るのはもちろんだが何度も舞台に立った。
楽屋も舞台袖も勝手知ったる思い出の箱である。

日本で「キャッツ」は劇団四季が、
今もキャッツ・シアターで上演している。
浅利慶太の功績は大きい。

「キャッツ」は昨年、映画化された。
「レ・ミゼラブル」のトム・フーパー監督だ。

ニューヨークでのもうひとつの目的は、
アルヴィン・エイリーのオープン・クラスで、
レッスンを受けることだった。

あまり治安がいいとは言えない、
昼でも人通りが少ない路地裏のスタジオ。
階段を上りアパートの一室の横の小窓で受付した。

日本人なんかいない。
でも僕は日本人としてではなく、
夢見るダンサーとして、そこにいた。

ブロードウェイの小さな土産屋で、
キャッツのTシャツを記念に買って帰った。

ダンスの練習着としてボロボロだが、
未だ捨てられずタンスの奥に仕舞ってある。


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