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第18話「リハーサル」

合奏練習の休憩中、定期演奏会当日のスケジュールや注意事項がメンバーに配布される。オケではすべて初めてのことだったが、先日フラメンコ公演の舞台に立った時も、似たようなことはあった。その意味では、少しは落ち着ける。
楽譜は本番用に少し大きなしっかり目の紙で作り直した。めくりやすいように、切ったり貼ったり。丁寧に製本した。毎日いつでも練習できるように持ち歩いたボロボロの楽譜から、大事な指示を書き写す。始めの頃は運弓の記号も珍しく、短い鉛筆で指揮者の指示を書き込むことにも、なかなか慣れなかった。楽譜を入れていたクリアファイルも、本番用に厚めのクリアファイルを用意した。替え弦も用意はするが、モーツァルトで本番に切れることはまずないだろうと、チェロ首席の岩崎さんから聞いていた。
いよいよ、前日のゲネプロ。プロのオケが使うリハーサル室だ。古い造りだったが使い込まれていて、それがとても味わい深く、後部の床は段になっている。僕のすぐ右後ろがオーボエだ。ようやく自分がどう弾くかだけでなく、そのために周りの音を聴いたり、指揮者を視界の中に入れたり、少しずつできるようになっていた。ただソリストには、まだ慣れなかった。ヴァイオリンのカデンツァの終わりに管楽器が入り、弦楽器が重ねる。管楽器の入りが合わず、ソリストが少し苛立ちを見せた。緊迫感が漂う。第4楽章最後の盛り上がりで、決してミスが許されない。相当なプレッシャーである。すぐ前に座る僕の背中にも伝わってきた。ソリストがいなくなってからも、オーボエの音色がいつもより挑発的に聞こえたのは、気のせいだっただろうか。
いつもは合奏練習が終わるとぐったりしながら反省するばかりだったが、泣いても笑っても明日が本番。リハーサル室を出ると、不思議な達成感というか、もう準備できたのでいつでもかかってこい、のような気になっている。たぶん、すべての楽章を頭で追わずに、身体で反応できる自信がついたのだと思う。左手も右手も、理想からは程遠くても、流れを止めるようなことはしない。
「弾けないところは無理しなくていい、弾けるところはしっかり音を出して楽しんで」
チェロ首席の岩崎さんから、温かいメッセージのメールをもらったおかげかもしれない。そんな岩崎さんの真後ろで弾く安心感もある。
外は雨が止み、少し明るくなってきた。明日は晴れそうだ。いい兆候だ。会場近くのホテルに向かう足取りが、自分でも軽いのがわかる。少し早くチェックインできたら、楽器の手入れをしよう。

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