見出し画像

【2/17】 イラン女性作家、タラ・マダニが描く「おじさん」

2月某日。森美術館で開催されている「未来と芸術展:AI、ロボット、都市、生命―人は明日どう生きるのか」を、観に行く。

画像1

ミハエル・ハンスマイヤー《ムカルナスの変異》

展示内容としてはちょっと真面目すぎて「ほら! 考えさせられるでしょ!」みたいなのが多く、うーん、まあ考えさせられはするけど、もう少しユーモアやら遊びの要素やらが欲しかったなあと思わないでもない。端的にいうと、ちょっと説教くさいのね。

しかしそのなかでも、会田誠の皮肉めいた模型や、長谷川愛さんの『シェアード・ベイビー』などは面白く感じた。「遺伝子的に3人の親を持つ子供」って、私はまだ構想や動物実験の段階なんだと思っていたんだけど、2016年にもう人間の子供が誕生しているのね。ミトコンドリアDNAに問題があったことが理由だそうで、つまり医療を目的に「遺伝子的に3人の親を持つ子供」が、この世に生まれたわけだ。でもこの技術を、医療目的に限らず開放したらいったいどんなことが起きるんだろうと考えるとワクワクする。お父さんが1人と、お母さんが1人いる。親とはそういうもの。そんな根本が覆ったら、きっと家族のあり方も、男や女のあり方も、恋愛や結婚のあり方も、血縁の概念も、ガラガラと崩れ落ちて変わってしまうだろう。

技術的には4人5人の親を持つ子供を作れる可能性もあるらしく、「私はー、お父さんが3人いて、お母さんが2人います。あなたは?」なんて子ばっかりになったらきっと楽しいだろうな。親が5人いたら、経済的理由で子供が作れないなんてことも減りそうだし。3人がバリバリ働いて、1人はパートで、1人は専業主夫で、そんな5人の親と子供1人の6人家族です! なんて家庭もきっといいよね。専業主夫とパートとバリバリ組も、もちろん交代制でさ。人間にはバリバリ稼ぎたい時期とのんびり稼ぎたい時期とずっと料理と掃除ばっかしてたい時期があるんだよ、なんせ人生は長いからね。

画像2

LOVOTもあった

さて「未来と芸術展」の話もそこそこに、実は私が今回メモしておきたいのは、森美術館で同時開催されていたMAMプロジェクトのタラ・マダニという作家のほうである。「未来と芸術展」に行く人はついでなのでこちらも必ずチェックして欲しいと個人的に思う。私も初めてその名前を聞いた作家だったのだが、特に映像作品が面白い。全部見ると30分くらいあって長いが、私は全部見た。noteに書くならメモっとけよって感じだが、特に、7番目の猫男のやつと8番目のミスターなんとかってやつが面白かった。

タラ・マダニは、1981年にテヘランに生まれた女性作家だそうだ。そんな彼女の作品に、繰り返し登場するモチーフが「おじさん」である。もっとはっきり言ってしまうと、えーと、デブでハゲのステレオタイプな「おじさん」。このおじさんが、だいたい毎回ひどい目にあう。猫男のやつでは、おじさんが猫と化し、四つん這いになってニャーニャーいいながら中東のどこかの街を彷徨って集会などを開いている。ミスターなんとかってやつでは、おじさんがなぜかエスカレーターを行ったり来たりしている。途中で邪魔が入り、転落させられ、四肢がバラバラになっても、おじさんはエスカレーターの行ったり来たりを続けるのである。私はとても好きな作風なのだが、グロテスクで不快な映像に分類されるやつかもしれないので、お好みでない方は自己責任で見て欲しい。

スクリーンショット 2020-02-17 16.48.38

タラ・マダニはなぜ「おじさん」を傷つけるのだろう。単純に考えるとミサンドリーの表出なのかな? と思うが、もう少し意味はありそうだ。おじさんが「若い女」にステレオタイプな価値を見出し芸術や文学の中でその存在を弄んできたように、マダニは「おじさん」のステレオタイプを弄ぶのだろうか。

当のおじさんやアンチフェミニストがこの作品を見たら、怒るだろうか。もしも男性作家が映像作品の中で、女性を猫にして四つん這いにさせたり四肢をバラバラにしてエスカレーターを行き来させたりしたら、おそらく森美術館で展示はできないだろう。すごいクレームが来そう。だけど、女性作家が「おじさん」にそれをするのを、私たちは面白い面白いと言って眺めている。それはOKなのか。(OKな理由が私の中では言語化されているのだが、長くなるので今回は割愛。でもハフポストのひろゆき氏の記事がアンチフェミニストからの賛同を得たように、今後、この点は大きく注目されるポイントになっていくと思う)

そういえば、2012年に私は森美術館に「アラブ・エクスプレス展」を観に行った。この展覧会の作品は、アラブ=紛争地域、アラブ=民主主義や人権への理解が遅れている……などのステレオタイプの批判を、アラブ人作家が行っていた作品が多かったように記憶している。世代としては、1960〜70年代生まれくらい。タラ・マダニは81年生まれなので、この世代よりももう少し後の人だ。「アラブに植え付けられたステレオタイプを払拭したい」というよりは、西欧中心主義へのより直接的な批判のようなものを感じた。8年経つと、世界の状況はガラリと変わる。また中東地域の作家の作品をまとめて見たいな、などと思う。

タラ・マダニは日本で作品が公開されるのは今回が初めてということで、ネットで検索しても日本語ではあまり批評が見当たらなかった。引き続き動向を追っていきたいなと思うくらいには、私にとってお気に入りの作家となった。

شكرا لك!