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短編小説『さいたさいた』

 高校の昼休みは短い。だけど。
 クラスメイトの女子たちとおかず交換で盛り上がる想い人がとても楽しそうで。なんとなく教室に居づらくて、コンビニの袋をつかんで中庭に出た。
 ひとけのないベンチのひとつに座って、紙パックのコーヒーをすする。
「まったく、嬉しそうな顔しちゃってさ。まぁ、あんな奴、別にさ。好きにすればいいのよ。ほんと、どうでもいい」
 色とりどりのチューリップが、花壇からこぼれ落ちるように咲いていた。
「あーあ。世界はこんなにも幸せな春を迎えてるのになぁ」
 風に優しく揺れる花を見て、じんじんしてた心のささくれの痛みが少し落ち着いてきた。
 ふと、昔覚えたチューリップの花言葉を思い出す。確か色ごとに違った意味があったはず、とあいまいな記憶をたどる。
 赤は、真実の愛。
 黄色は、望みのない恋。

――私には黄色がお似合いかも。

 そう思い、自嘲気味にため息をついた時、膝に影がさした。驚いて振り仰ぐと、春吾(しゅんご)がベンチの背もたれに手を置いて立っていた。
「どうした?」
「何? 突然。そっちこそ、お昼はどうしたの?」
「紫乃(しの)が出てったのが見えたから。昼飯、分けてもらうかと思って」
「それ、嘘でしょ」
「バレた? ねえ……今、ため息ついてたの、何で?」
「別に。私には赤より黄色のがお似合いなのかと思って」
「ふうん。……紫乃は、黄色が好きなの?」
 覗き込むように春吾の顔が寄ってきたので、私の頬は熱を持つ。
「そっ、そういうわけじゃないけど。春吾、本当は何しに来たの?」
 顔が赤くなるのを誤魔化すように咳払いをしながら、そもそもの目的を尋ねた。
「あぁ、担任が来て、紫乃を呼んできてくれって頼まれたんだ。ずいぶんとお前のことを心配してたけど、その、あいつと、何かあった?」
「やだ何それ! 変なこと言わないで。あいつはただの担任でしょ? 絶対に進路のことよ」
「……そうか。ならいいんだ」
 そう言って、彼は押し黙った。
 進路のことで悩んでいるのは本当だった。
 春吾と同じ国立を受けたい。でも、担任には止められている。今のお前じゃ無理だと、口には出さないが態度でわかる。春吾にはきっと、何度か生徒指導室で二人で話してるのを見られたんだろう。
「ねえ、それって焼きもち? なら、嬉しいんだけどなー」
 そんなわけない、けど。
 重くなった雰囲気を壊そうと、わざと軽く言ってみた。
「ばーか。早く、行けよ」
 春吾は私の頭を軽く叩くと、わざと足音を立てるように大股で歩きながら、先に教室へと戻っていった。
 遠のく後ろ姿を見ながら、自然と何度目かのため息が漏れた。

 チューリップの花畑を楽しめる時間はあんがい短い。
 枯れてしまう前に花を摘まないと、球根の栄養が不足して、来年また花を咲かせることが出来ないらしい。
 翌日の放課後には、クラスの女子が集まってチューリップ狩りが始まった。
「まだきれいに咲いているのもたくさんあるから、持って帰ってあげて?」
 園芸部の子がみんなに声をかける。やっぱり赤やピンクが人気みたいだ。
「すごいおっきい!」
「この色かわいくない?」
「両手いっぱいの花束とか憧れるよね~」
「でもさ、それって恥ずかしくない?」
 女子たちの賑やかな声が中庭に響く。
 私は昨日の花言葉を思い出して、黄色いチューリップを一本摘んだ。枯れるまで、一人部屋で目にするその鮮やかな色は、いくじなしの私を追いたてるだろう。
「紫乃、」
 もの思いにふけっていた思考は、重みのある低い声に中断させられた。
 振り向くと、真っ赤な花束を片手にまとめた彼が、それと同じ色に頬を染めて立っていた。
「……っ! な、なに? ……春吾?」
 制服姿の男子と花束。
 不釣り合いなその姿も、今の私の目にはどうしようもなく魅力的に見えてしまう。彼にも負けず劣らず顔が火照るのを見られたくなくて、すぐさま俯いた。
「昨日は黄色がいいって言ってたけど。俺は、その、紫乃には……赤が似合うと思う」
 柄にもなくそんな言葉を口にする彼に、はっとして仰ぎ見ると、少し気遣うような優しい目をしていた。

 ――よりによって、なんで、赤なの?

 直感的に勘違いした心臓が、とくんと跳ねた。頬も思わず緩みそうになる。
「あの、まさかとは思うけど、春吾は花言葉なんて知らな……」
「そんなのっ!……知るわけないだろ」
 彼は急に我に返ったのか、私の言葉にかぶせるようにして言い放つと、胸元に花束を押しつけて、行ってしまった。周りの女子たちがひそひそとささやくのでさえ耳に入らず、呆然と立ち尽くす私に、親友の葵が笑顔でウインクを送ってくる。

 ――まさか、彼女が教えたの?

 一本の黄色いチューリップを囲むたくさんの赤いチューリップ。
 飾り気のない部屋を鮮やかに彩る花束を眺め、ぼんやりと思い返す。
 ――期待してもいいの、かな?
 持て余していた想いにつき動かされるように、静かに花束に近づき、柔らかな花弁に優しく口づけをした。
 来年の春まで、この心を球根と一緒にそっと抱いて。再び色とりどりの花たちが咲き乱れるようになったら、赤い花を摘んで。かたく閉じ込めてた私の心も、解放しようかな。
 そう、赤いチューリップのもうひとつの花言葉は、『愛の告白』。
 ひっそりと言葉を語る花たちだけが知る、私の決意ははたして来年まで保てるだろうか。ひねくれものの私は、あまり自信がないのだった。

#花言葉企画花物語
「チューリップ」で参加しました。
花言葉は、黄色が望みのない恋。
赤は真実の愛。

Twitterより

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