統合失調症 人格が変わってしまった娘を取り戻すまで No.10 変化5

4月からの大学部生活に向けて我が家は車を買いました。

昔は車を持っていたんですが、10数年前に息子の私立高校の学費などで大変になり、車は必要ないと売り払ってしまったんです。

でも、娘が電車通学を怖がるようになってきて往復4時間の送り迎えが大変。主人が大学部で払う予定だった150万がなくなったのだから車を買おうと言い出しました。そのほうが娘も落ち着いていられるし、何より私も他人の中に居て娘が突然イライラし始めたらと神経を使ってしまうのが軽減される。それに電車では1時間だけど車なら3~40分で済むからと。

運転から随分遠ざかっていた私は春休みの間に練習して、学校までの道のりを何度か走って覚えました。

車で通学が出来るようになって娘は更に落ち着きを取り戻していきました。

電車通学ではどんどん動く人、話し声、間違えちゃいけないと思う緊張が相当辛かったのでしょう。車内に母と二人きりという安心できる空間が娘にいい影響を与えたことは間違いないと思います。

それまで学校でもイライラして時折わめいていたのが少しずつ減ってきました。

高等部では参加出来なくなってしまった合宿も参加出来るようになりました。

お陰で私達家族は数か月に一度、ほんの2~3日だけど娘に気を遣わずに済む時間が出来ました。普通ならこんなにゆったりした何の心配もない時間があるんだと驚いたものです。


薬の量も少しずつ減らしてもらえるようになりました。

副作用も減っていったお陰か、娘はダイエットをし始めました。それまでガツガツと飲み込むように食べていた食事もゆっくりと時間をかけて食べるようになり、その姿からも状態が良くなってきたのが見てとれました。

体重は元通りとはいかないまでも7㎏も減量して、体つきもパンパンだったのが少し太ってるかな?くらいまでになりました。

薬の量が多かった頃に腕が半分上がったまま歩くという症状も良くなり、まだ完全ではないけどかなり腕が下がってきました。


娘がイライラするには理由が出てきた頃、イライラの原因は何かのイベントの前でした。

例えば文化祭。1か月くらい前からずっとそれを気にし始めます。

一日中「〇日は文化祭。頑張らないと!」と言います。その度に私は「そうだね、でも無理して頑張らなくてもいいんだよ。出来ることをやればいいからね。」と言い聞かせます。

頑張ろうという気持ちはあるけど、皆と同じようには出来ない。統合失調症を発症してからは何かを作るとか考えるという能力も落ちてしまったため、自分が思った以上に何も出来ないことに悲しさが募り、それがイライラに繋がって爆発してしまうというのが高等部での状態でした。

大学部では「まあ、いいかって思うこと」「頑張らなくてもいいんだよ」と何度も何度も言い聞かせたのが頭に入るようになり、出来なくてもそれを悔やむことが少なくなりました。

お陰で行事ごとに緊張や興奮していたのが減り、穏やかに過ごせる日が更に多くなりました。


他に変化と言えば私以外の家族も受け入れるようになったこと。

特にお兄ちゃんはそれまで全く触れさせてもらえなかったのに、仕事から帰って「ただいま」と妹にハグすることが出来るようになりました。

元々はとても仲のいい兄妹でした。歩くときはいつも兄が手を引いていたし、時には二人きりで日帰り旅行するほど妹を可愛がっていました。

拒否されてから3年、やっと妹が兄に心を開いて受け入れたのでした。

発症から7年。今では娘が自分からお兄ちゃんに抱きついていくこともあります。そんな二人の姿を見てると「やっとここまできた」と思うのです。


大学部での穏やかな日が1週間、1か月、数か月と長くなるようになり、2年目の夏ごろ、来年の行く先を考え始めなくてはならなくなったとき、娘が言いました。

「卒業する。もう終わりでいい。」


今日はここまでに


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