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『ナチ・ハンターズ』 (2020)     『ザ・ボーイズ』×『イングロリアス・バスターズ』×『ウォッチメン』的な評論家ウケを狙った作品

核心や結末に関する記述あり

アル・パチーノ出演(主演ではない)のAmazonオリジナル・ドラマ。 

『マラソン・マン』や『オデッサ・ファイル』『ブラジルから来た少年』のようなシリアスなスリラーでは無く、『ザ・ボーイズ』×『イングロリアス・バスターズ』×『ウォッチメン』を狙った作品。あるいはスター・ウォーズのオマージュで、主人公はルーク・スカイウォーカー、パチーノはオビ=ワン・ケノービもしくはアナキン・スカイウォーカーなのかもしれない。演出的にはタランティーノというより、むしろサム・イスメイルの模倣(監督は6人なので、エピソードにより雰囲気が異なる)。『マラソン・マン』のオマージュは幾つか見られた。しかし、それら作品の良いとこ取りでなく、ノックオフ(劣化コピー)という感じだ。『ザ・ボーイズ』をナチの残党狩りをするユダヤ人達に置き換えるなんて、誰でも思いつくことをそのままやってしまった。どうせならヴァイオレント版『glee/グリー』、ユダヤ版『MR. ROBOT/ミスター・ロボット』、ナチ残党版『マッドメン』くらいの突き抜けたドラマを観たかったところ。

ロケット技術者や原子核物理学などのドイツ人科学者達をアメリカに移送したペーパークリップ作戦や、1977年のニューヨーク大停電などの史実も一部に交えている。親衛隊少佐でもあったロケット技術者、ヴェルナー・フォン・ブラウンが戦後は米軍およびNASAで米国の宇宙計画における重要な役割を果たしたのはあまりにも有名だが、フォン・ブラウンの上司的な立場だったロケット技術者でドイツ陸軍少将のドルンベルガーも戦後、アメリカ空軍で誘導ミサイルの開発に関わり、ベル・エアクラフトの副社長も務め、X-15やX-20計画にも関わった。また、NASAの打ち上げ運用センター(後のケネディ宇宙センター)の初代責任者クルト・ハインリッヒ・デバスもペーネミュンデ(ドイツ陸軍兵器実験場)のロケット科学者だった。ただ、彼らに軍人の肩書があったりナチ党員だったからといって(当時のドイツの公務員多くがナチ党に所属していた)、全員が所謂人道に対する罪を犯した戦犯に相当するような人物であったかは別問題である。ペーネミュンデの技術者たちは、当然ながらソ連の捕虜になるよりもアメリカの捕虜になることを望んだ。不幸にして逃げ遅れたドイツ人技術者たちはソ連に連行された。ペーネミュンデは、米軍が本来なら「パリ解放」など眼中になかった理由の一つでもある。

予告編だと、アル・パチーノはジューイッシュ・アクセントというのか、ジューイッシュ・イングリッシュというのか、イディッシュを話す中・東欧からの移民のユダヤ人のかなり強い訛りで喋っているように感じたが、本編では全体としては、それほどでもなかった。大げさなワザとらしい訛りは、最近の映画やTVドラマでは、あまり好まれない傾向があるが、このワザとらしいアクセントは伏線だったのだ…。

アル・パチーノのTVシリーズへの出演『エンジェルス・イン・アメリカ』(2003)以来の3作目。一度目は60年代の無名の頃。まあ、ほかにもHBOのTV映画に2本出ているのと、Netflixの映画『アイリッシュマン』は一応、劇場公開されてる。老けメイクと腹に詰め物をしているようだ。

メイン・キャストのうちローガン・ラーマン、キャロル・ケイン、ソウル・ルビネック、ジョシュ・ラドナーは実際にユダヤ系。ルイ・オザワ・チャンチェンは父親は台湾人で母親が日本人。「渡辺いっけい」に似ていると言ったら、チャンチェンのファンに怒られるだろうか?シスター・ハリエット役のケイト・マルバニーはオーストラリア人。本当ならケイト・ウィンスレットを引っ張ってきたかったんだろう。

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クリエイターで脚本のデイヴィット・ウェイルという人、ユダヤ系アメリカ人で俳優出身のようだが、脚本家やクリエイター/プロデューサーとしての実績がほとんどない人。この人あまりに実績が無いので、 「ゲット・アウトのジョーダン・ピール監督が制作総指揮」という宣伝がされているがピールは本作品の脚本や演出には関わっていない。他の脚本家たちも普通にCBSやNBCの地上波ドラマの脚本を書いていたような人たちなので、脚本のほうはそれほど期待していなかった。演出はかなりの人気ドラマの演出を務めた監督達を集めている。

『手紙は憶えている』(2015)というカナダ映画もあり、結末はさほど驚きはなかったし、アル・パチーノが最後まで普通に主人公の味方だとは誰も思わないだろう。ヒトラーらしき人物がアルゼンチンで生きていて、「大佐」の正体はエヴァ・ブラウンだったというオチも、予想通りのありきたりなものだった。少年達の容姿が良く似ているだけでなく、年齢もほぼ同じくらいに見えるので、クローンであることを暗示しているのだろう。

どうせなら、主人公が自分で自分はユダヤ人だと思っていたけど実はそうでなかったとか、マイヤー・オファーマンが主人公の実の父だったとか、そのくらいの捻りは欲しかった(シーズン2があれば、そういう展開も用意しているのかもしれないが)。

予告編を観た限りの予想記事でも書いたが、とくに脚本はあまり高い期待はしていなかった。親族に有名人がいるようで無名ではないものの、ほとんど実績のないデイヴィット・ウェイルをクリエイターとして製作したため、大物女性プロデューサーに可愛がられているのか、という憶測が出ているほどだ。俳優出身と書いたが、マイナー作品の脇役で数本の出演がある程度で俳優としての実績もたいしたことは無い。アメリカでも「デイヴィット・ウェイルって誰?」という感じらしい。現在31歳の彼を新進気鋭の脚本家/クリエイター/プロデューサーとして売りだそうという思惑を感じる。『リベンジ』等の人気TVドラマで知られる女性プロデューサー、ニッキ・トスカーノが本作品のエグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレディットされているが、実質的には彼女が本作品のショウランナーを務め、彼女がデイヴィット・ウェイル推しらしい。『トゥー・オールド・トゥー・ダイ・ヤング』が批評家に酷評されてAmazonは懲りたはずだが、『ザ・ボーイズ』の二匹目のどじょうを狙ってしまったのか。『ザ・ボーイズ』は保守もリヴェラルも、お構いなく全方位にケンカを売るような風刺に満ちた質の高い脚本が、批評家から評価され、一般人にもウケたのだ。ウッディ・アレンやラリー・デイヴィッド作品に親しんだ者にはユダヤネタも物足りないし、あまりに誇張しすぎたナチの残虐行為の描写にも、メル・ブルックスのような強烈な風刺精神は感じられない。とくに馬鹿げた人間チェスの件は、逆にユダヤ人側からの批判も出そうだ。

尖ったことをして賛否が分かれるというより、批評家ウケを狙って、ことごとく外してしまったような作品。半分くらいの尺に再編集したら、わりと良くなるかもしれない。まだ何も発表されていないが、おそらくシーズン2は無いだろう。デイヴィット・ウェイルはシーズン5まで計画していると言っているようだが。


【2020/02/28 追記】人間チェスについては、やはり批判が出ているようで、アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館も「これは捏造で、そのような事実は無かった」と表明している。https://jewishnews.timesofisrael.com/auschwitz-criticises-amazons-hunters-show-over-false-game-of-human-chess/


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