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【掌編小説】加速薬 (1802字)

 オレは東涼大学薬学部の学生だ。夜中にこっそり、実験室で新薬の調合をしている。動物の神経伝達速度を速める薬だ。サイボーグ009というかなり古い漫画で見たことがある加速装置を生身の人間で実現する薬だ。名付けて言うなら加速薬だ。
 多分、これで完成したはずだ。ラットで試してみる。そのラットは、ケージの中につるされたリングの中をものすごい勢いで走り始めた。成功だ。いろいろ調べてみると、5倍程度の速度となるようだ。
 オレはこの薬を公表するつもりはない。新薬や新規のテクノロジーというのは、わがままな為政者によって戦争や戦場の兵士に使われるだけだからだ。それはオレの本望ではない。オレだけが使うのだ。
 ひったくりなどをしても、逃げおおせることは間違いないだろう。しかし、犯罪を犯す気は毛頭ない。人より素早く動くことができて金になること、それはプロスポーツだ。
 プロ野球はどうだ。どんな速い球もスローボールにしか見えないから打つことは可能だ。しかし、力がないからホームランは無理だ。内野ゴロでも、球よりも速く走れるから、確実に内野安打は打てるだろう。しかし、内野安打しか打てないのでは金にならないし、つまらない選手でしかない。
 バスケットはどうだ。相手のドリブルやパスなど、簡単にインターセプトできる。しかし、身長175cmでジャンプ力も普通だ。まして、3点シュートなどは届かないからこれも無理だ。
 アメリカンフットボールはどうだ。ランニングバックをやれば、独走してタッチダウン間違いない。しかしオレの体では、万が一にもタックルを受けると、大怪我するのがオチだ。
 世界的に最も人気があって、金になるスポーツ、そう、サッカーがいい。キーパーが適任だ。相手との接触も少ないから怪我をする心配が少ない。どんな、速いシュートが来ても、スローボールのようなものだ。ジャンプをすれば何とかクロスバーには両手が届くから、確実にシュートを止められる。得点さえとられなければ負けないのだから、最適だ。
 まずは、オレの大学の弱小サッカー部を天皇杯で優勝させよう。頭脳明晰で有名な大学だが、スポーツの方はいまいちの東涼大学が天皇杯で優勝したら、世の中の話題をさらうだろう。そして、Jリーグ、ヨーロッパへ行って活躍したら、有名にもなり金もたんまり手に入る。

 オレはサッカー部に入部した。それなりに厳しい練習にも耐えた。天皇杯の予選が始まる頃には、薬の量と効力のある時間の関係も把握できた。辛いのは、常人には2時間の試合でも、オレにとっては10時間に感じることぐらいだ。
 順調ではないが、勝ち残っていた。元々弱小サッカー部だ。たまにしか点が取れない。しかしオレがキーパーをやる限り、点を取られることがない。引き分けがあるリーグ戦ではスコアレスドローを免れないが、トーナメント戦なら引き分けがない。PK戦になればこっちのものだ。どんなペナルティキックも簡単に止めることができる。まあ、すべてを止めていたのでは怪しまれるから、ぎりぎりで勝つ程度にはシュートを取れないフリをする。
 Jリーグのチームも打ち破り準決勝に勝ち、次は決勝戦というところまで来た。文武両道、勉強とスポーツの二刀流、そしてスーパーゴールキーパーとして世間の目がオレに向けられるようになってきた。

 しかし、思わぬ落とし穴があった。ドーピング検査だ。抜き打ち検査で陽性が出てしまった。薬はオレが自分で調合したものだが、オレにはスポーツ界の禁止薬物の知識はなかった。そして、ただの陽性反応だけではなく、麻薬成分が検出されたらしい。
 ドーピング検査は正確を期すために、正規の検査機関で再度検査が行われる。その前にオレは薬を泣く泣く処分した。再検査も陽性で、オレは元日決戦には出られなくなってしまった。警察の捜査も受ける羽目になってしまった。当然、決勝は前代未聞の大差で東涼大学が負けた。
「東涼大学のスーパーGKに麻薬疑惑!?」
 そんな見出しが週刊誌に躍り、オレは一躍時の人となった。ゴシップ好きのワイドショーや嘘八百の三流週刊誌の餌食となってしまった。ドーピング検査に引っかかる薬では、試合で使うことはできない。クスリがなければオレは凡人に過ぎない。サッカーをやめ、薬の開発者として、画期的な新薬です、と今さら発表するわけにもいなかった。

 オレの野望は、もろくも崩れ去ってしまった。

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鳴島立雄
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