【連載小説】あの時、僕は二人になった[5/10](8844字/総約8万字)
(九)
朱莉は実音とともに歩いて集会所に向かった。実音は足を引きずるようにしている。
「朱莉さん、ゆっくりでお願いします。」
昨日、頑張りすぎたのだろう。いつもと違う運動をすれば違う筋肉を使うから、筋肉痛になるのは当然だ。昨晩は疲労困憊で、実音は早々と寝てしまった。向こう見ずを絵に描いたような女子高生に付き合うのは骨が折れる。朱莉とは三歳しか違わないのに、高校生は高校生というだけでとても若いように思われる。しかし、体中が筋肉痛に襲われるほど、疲労困憊になるほど、なぜそんなに限界を超えるほど体力を振り絞ったのか、坂道を登るのに一心不乱に自転車を漕いだのか、と実音に訊くのは野暮かも知れない。
そんな実音と倫也の初々しい様子を見て、朱莉はふと自らを省みる。自分と勇雄はどんな関係なのだろうか。朱莉にとって勇雄は、近所に住む一歳年上の幼なじみだ。家族ではないけれど、小さい頃からそばにいるのが当たり前の存在だった。そんな勇雄が百川を出て、京都の大学へ行くと聞いてとても寂しく思った。身近な肉親が、簡単には会えない遠い場所へ行ってしまう時に湧くのと同じ感情だった。
同時に、自分も百川という山奥の町を出ていきたいと思った。大人になるにつれてこんな田舎くさい百川を出ていきたいと、何とはなしに思うようになった。それが名古屋の大学に行くことにした大きな理由だった。
名古屋に住んで一年半。大学生活はそれなりに充実している。ラクロスにも自分なりに懸命に取り組んでいる。
夏休みに入る前に、バイト先の友だちに紹介された男性と、個人的な付き合いも始めた。でも、なんだか、想像していた関係とは違っている気がした。名古屋に本社がある商社に勤めていると聞き、社会勉強のために仕事について訊ねるのだが、曖昧にごまかされる。過去の自分のつまらない武勇伝とか、自分がいかに素晴らしい人間であるかとか、自分本位の話が多い。まだ知り合って間もないのに、会う度に体を求めてくる。彼氏ってこんなものなのか、体の関係が全てなのか、それとも私が理想を求めすぎているのか、と朱莉は違和感を禁じ得ないでいた。
この夏、百川に帰ってきて、何だか心が安まることに気がついた。故郷の良さが身に染み、百川で勇雄といっしょにいることが、とても心地よいことに改めて気づいた。今さら勇雄に対してときめくわけでもないが、それでも幼い頃とは違った勇雄の魅力にハッとさせられることもあった。そんな勇雄と、幼い頃と同じようにいっしょに何かをすること、それがハードな作業であっても、とても楽しく思える。
朱莉と実音が集会所に着いた時には、集会所前の広場にすでにいくつの工作用の機械や道具が運び込まれていた。宗隆が尽力して、近隣から借りたものだ。
勇雄と倫也の他、勇雄や朱莉が声をかけた高校の同窓生たちが数名集まった。宗隆が声をかけた近隣の人々も集まってくれていた。
「こりゃ、ひでえな。」
広場に運び出された神輿を見て、何人かが言った。
神輿の修理のまとめ役を任された一雄に代わって勇雄が説明する。
「今年の神輿は、今年だけの例外的な暫定措置バージョンです。ですが、神輿はやはり神聖な物だと考えます。なので、神輿として百川神社への奉納に足るようにします。奇異にならない程度に代替品を使います。あとは自分たちがいいと思う装飾品を飾って、自分たちの想いを込めた神輿を作り上げましょう。」
勇雄の言葉に、「おー!」という賛同の声と拍手が起きた。
「一応、私なりに修理の工程を考えました。」
紙を片手に、宗隆が説明する。まずは、汚れを落として、塗装が剥がれているところは塗り直す。神輿の頭頂部の金属製の大鳥は形を整えて、頭頂部に取り付ける。屋根の四隅にあるべき小鳥の台座である蕨手を作り直すには、屋根を取り外す必要がある。しかし手間と時間がかかるため、小鳥の代わりに見映えのする様々な装飾品を取り付ける。胴の周りに取り付ける木製の囲垣は、本来なら縦材と横材を十字欠きつぎで組み付けるべきものだが、そんな細かな加工は素人では時間を要する。仕方なく、縦材と横材を組み糸で結んでつなぐことにする。なんとか、鳥居だけはちゃんとしたいという関係者の言葉に応えて、鳥居は飛高の伝統工芸の職人を頼った。担ぎの横棒は、木材から切り出す。ただし、細かな加工を施すには技術が必要であり時間がかかるため、荒く切り出しバリ取りをして、怪我をしないように白色のタオルを巻き付け、テープで固定する。屋根から担ぎ棒をつないでいる飾り紐は、刺繍糸や編み糸をひとまとめにして太さを合わせ、代役とする。屋根、胴、台輪は、全体的に泥にまみれているため、湿らせた布で丁寧に拭き取ることにする。
大鳥も含め、屋根紋、台輪紋、台輪隅金物などの金物類は、金属なので少し形を整えればなんとかなる。神輿本体から取り外して、大工道具で打ち直すことにする。
集会所の中で装飾品を作るグループと、広場で神輿の修理をするグループとに分かれる。力仕事は男どもに任せて、朱莉は実音とともに、集会所の中で装飾品を作ることにした。
宗隆は全員に大きな声であれこれと指示を出している。勇雄は、タンクトップシャツにタオルを鉢巻きにした姿だ。形から入る奴か、と朱莉は思う。横棒の切り出し作業を手伝っている。倫也は、Tシャツに野球帽という装いだが、首にはタオルが巻かれている。雑巾を手にして、神輿に付いた泥汚れを懸命に拭き取っていた。名古屋よりからっとしているとは言え、夏の日差しは痛いほどだ。みんな大汗をかいている。
土曜日とあって、近隣の住民が物見遊山気分で見に来ていた。批判的な目で見る人、興味本位で見る人もいる。面倒にかかわりたくないためか、遠巻きにしている人もいた。
集会所の中は、エアコンが効いていて快適だった。朱莉は飾り紐を担当する。紫を主体とした編み糸を糸巻きからほどく。それらを束ね編み込んでいき、太くしていく。先端は紐房、つまり一種のタッセルを付けることになるが、飾り紐の太さに合わせてたくさんの房を付けなければならないのが結構な作業だ。屋根から吊す装飾品は、参加者の思い思いの感性に任せられた。実音はその中の一人だった。
朱莉は一息付くついでに、実音のそばに来た。
「実音さあ、あんた何を作ってんの?」
小さく切り取った透明なプラ板に、油性ペンで何やら絵を描いている。
「屋根に付ける飾りよ。」
と実音が意味深な表情で答えた。
「本当?」
神輿の飾りとしてはあまり相応しくないが、今年に限って言えばそれでも構わない。実音は朱莉に顔を近づけて、声を潜める。
「本当は、バッグチャーム。」
「バッグチャームって、バッグに付けるやつ?」
「そそ……。ねえ、朱莉さん、これ、何に見える。」
そう言って実音は、二枚のプラ板に書いた絵を朱莉に見せた。
「ブタかなあ……、ちょっと柴犬っぽいね。」
実音は黒柴と赤柴をそれぞれのプラ板に描いたようだ。赤柴の方にはリボンが描かれているから、女の子なのかも知れない。
「柴犬に見える、よかった!」
「いや、やっぱ、不細工なネコだな。」
朱莉がニヤッとすると、実音はガクンと首を傾げる。
プラ板に絵を描きトースターで焼くと、半分以下の大きさとなるが、その分厚みと強度が増し、描いた絵にも光沢が出る。それにナスカンを付ければ、手作りのキーホルダーとなり、バッグチャームとして流用もできる。
「かわいいのができた!」
と実音は歓声を上げるが、朱莉にはやはり不細工なネコにしか見えなかった。
「さあて、まじめに装飾品を作ろうっと。」
そう言うと実音は、デザインに合わせて様々なビーズを並べていった。
昼、飛高の仕出し屋から弁当が届けられた。朱莉は勇雄と食べたかったが、そう簡単に勇雄は休むことができない。実音からは、倫也といっしょに食べたいオーラがひしひしと伝わってくる。結局、朱莉は作業を続ける勇雄のそばに行き、実音は倫也とともに、集会所の西側のベンチで昼食を摂ることになった。
勇雄が作業に区切りを付けたのは、三十分後だった。
「どう、祭りには間に合いそう?」
「なんとかなるんじゃないか。」
倫也の頑張りのおかげで、神輿の汚れはほとんど落とされている。囲垣用の木材の切り出しが午後のメインの作業となる。最後に集会所内で作った装飾品を屋根の四隅に飾り付ければ、伝統とモダンが融合した今年限りの神輿の完成となる。
午後の作業をするため集会所内に行くと、実音の姿が見えない。周りを見回すと、外のベンチに佇んでいる実音が見えた。
「実音、やらないの?」
窓を開けて朱莉が声をかけると、実音は
「ごめん、もうちょい、ここで休んでる。」
と不安そうな表情を見せた。
「調子悪いなら、中で休んだら。中の方が涼しいよ。」
「うん、ちょっと、風に当たっていたいから……。」
と、実音は申し訳なさそうに応える。
風なんか吹いているか、と思ったが、朱莉は窓を閉め自分の作業に取りかかった。
「誰か、トモを知らないか。」
勇雄が大きな声を上げているのが、朱莉の耳に届いた。
「あいつ、どこ行ったんだ。」
ブツブツ言いながら、勇雄も作業を始めていた。
(十)
いつもの通り、トモナリの病室の前。倫也はドアをそっと開けて中に入る。ベッドには、トモナリが横たわっている。自発呼吸はしているが意識が戻らないため、点滴などの様々な管がトモナリにつながっている。これまでと状況は変わっていない。聞いたところでは、トモナリ自身の回復力で意識を取り戻すしかない、とのことだった。
実音のことが倫也の頭をよぎる。トモナリの世界線のミオンは今、どうしているのだろうか。名古屋にいるのか、百川にいるのか。百川にいるとしたら、百川で何をしているのか。トモナリは入院しているからミオンとトモナリの出会いはないはずだ。
しかし、実音の住所は聞いていない。携帯番号も聞いていない。いや、聞いていたところで、倫也が持つスマホでは電話ができない。
(家へ行ってみるか。)
自分の家まで辿り着けるかどうかは、倫也にもわからない。スマホと同じく倫也が持つ電子マネーもなぜだか使えずバスにも乗れないので、歩いて行くしかない。病院の前の通りを北へ歩き、途中で東に折れれば家に辿りつく。しかし十キロ近くも歩かなければならない。電車やバスで行くなら大したことはないが、歩くと二時間程度かかることになる。この真夏の炎天下を家まで歩くのは結構な苦行だ。その上まだ、昨日の筋肉痛も癒えていない。いや、それよりも辿りつく前に、元の世界線へ戻る可能性が高い。
なぜトモナリの世界線に倫也は跳ぶのだろうか。その理由を自問するようになっていた。最初は戸惑い、不安に苛まれた。しかし、それは実音と話ができたことで大きく改善された。では理由は何なのか。事故で入院しているトモナリとその家族を守るためか、それとも倫也自身の世界線の家族を守るためか。考えたところで答えが出るわけでもない。トモナリの世界線でできることを、できる限りのことをやるだけだ、と倫也は自分を納得させるしかできなかった。
名古屋を東西に貫く大通りに着いた時には倫也は汗びっしょりになっていた。まだ家までの行程の半分も歩いていない。このままでは、熱中症になりそうだ。少し朦朧としながら、通り沿いにある自販機のセンサーに電子マネーのカードを当てる。しかし、何の応答もない。既にわかっていたことなのに、思考力の減退の成せる技だ。
「使えねえ!」
と声を上げながら、倫也は自販機を叩いた。
「おいおい、そこの若者。」
と声をかけてくる男がいた。
「自販機は叩くもんじゃねえぞ。」
倫也のことを『若者』と呼びながら、倫也とそれほど年の差はなさそうな男だった。派手な色のドレスシャツに身を包み、このクソ暑いのに女性と体を寄せ合いながら腕を組んでいる。
「お金をきちんと払わないと『バカ者』と呼ばれるぞ。」
男は自分の言葉に声を出して笑い、どや顔で傍らの女を見る。女は苦笑いの表情を浮かべている。
「なんだ、電子マネーを持っているじゃないか。使えないのか?」
と言って、男は自分のカードをセンサーを当てるが、反応がなかった。
「うん、どうやら、この自販機では電子マネーは使えないようだ。現金を使うこった。」
倫也は少額の硬貨なら持っていた。試しに倫也は硬貨を自販機に入れる。ランプが点いたことを意外に思いながらも、倫也はスポーツドリンクのボタンを押した。助かったと思いながら、五〇〇ミリリットルのペットボトルを一気に飲み干した。トモナリの世界線で倫也の電子マネーやお札は使えないが、硬貨は使えるらしい。
その男女は、倫也にもう既に興味を失ったらしく、通りを北に向かって歩き始めた。倫也と同じ方向だった。
「で、アカリとはどうなのよ?」
二人の会話が、倫也の耳に微かに届いてきた。
「アカリ? ヤマモリアカリか?」
男が山森朱莉と言ったように、倫也には聞こえた。
「あれは食えない女だな。」
服装と言葉遣いから、男はサラリーマンには見えなかった。
「全然やらしてもらえないからな。」
と言って男は顔をしかめる。
朱莉とは百川で何度か顔を合わせているが、名古屋で会ったことはない。目の前の男女は朱莉の知り合いかも知れない。だとすれば、朱莉にとってあまり良い知り合いとは言えない気がした。倫也は二人に気づかれないようにスマホで動画を撮影する。
「金綾に通ってるからお嬢様かと思ったんだけど、そうでもなさそうだしな。」
「でもさ、ヤスカズが商社マンなんて、笑わせるよね。」
「まあ、ホストクラブにいる奴らなんてのは、みんな出来のいい営業マンだからな。」
「まあ、いいじゃん。ヤスカズには私がいるんだからさ。諦めたら。」
「うるせえな。てめえ、恋人ぶってんじゃねえぞ!」
突然、ヤスカズは女の髪の毛を掴んで顔を上に向かせる。
「痛い、痛い。離してよ、ヤスカズ!」
「俺様はな、狙った女はモノにしないと気が済まねえんだよ!」
ヤスカズは自分の顔を女に近づけて脅すようにいった。
「女はお前だけじゃないんだからな。捨てられたくなかったら、あの女、ヤマモリアカリをなんとかしろ!」
もしかすると、朱莉をホスト狂いにでもさせようという魂胆か、そしてお金を搾り取る気か。朱莉がそんな稚拙な罠に嵌まるとは考えられないが……と倫也は思う。
その時、ヤスカズは後ろでスマホを構えている倫也に気がついた。
「おいこら、ガキ! 写真なんか撮ってんじゃねえぞ!」
その他大勢の一人と言えども、自分の方にカメラが向けられているのは気になるということか。倫也はスマホを後ろ手に隠して、後ずさりする。
「あっ、いえ、撮ってないです。」
倫也は見え透いた言い訳をしながら、さらに距離を取ろうとする。
「だったら、確認させろ。」
ヤスカズが倫也に近づいてくる。倫也は慌てて走り出す。
「待て、このガキ!」
走るのが結構体に応える。昨日の筋肉痛が残っているし、今日も炎天下の中一時間以上も歩いている。しかし、捕まったらヤスカズに何をされるかわからない。倫也は体力の限り走って逃げた。そして大通りの歩道からビルとビルの間の路地へ逃げ込む。その途端、足下の地面が消え落下していくように倫也は感じた。
実音にぶつかりそうになった。かろうじて衝突は免れたが、倫也はつんのめって地面に倒れ込んだ。
「よかった!戻ってきた。」
実音は泣き笑いの顔で、倫也を助け起こす。辺りを見回すとそこは、昼の弁当を食べていた集会所の脇だった。倫也はベンチに座ると、
「あぁ、疲れたあ。」
と声を上げる。実音は隣に座って何度も
「よかった、よかった。」
と呟いた。その目には涙が滲んでいる。
倫也はかいつまんで、別の世界線での出来事を話した。
「残念。また、自分の家には行けなかったんだ。」
実音は優しく笑って言った。
「それにしても、そのヤスカズって男性……。」
倫也は撮影した動画を実音に見せた。
「朱莉さんが、ボーイフレンドのことで愚痴ってるのは聞いたことがあるんだけど。」
その彼の名前がヤスカズであるかどうかまでは、実音も知らない。
「ヤスカズが口にしたヤマモリアカリが朱莉さんと決まったわけじゃないけど。」
「でも、朱莉さんだと思う。山森朱莉って名前の人が名古屋にそんなにいるとは思えないもん。」
だからと言って、倫也が直接朱莉に別の世界線で見聞きしたことを話すのは難しい。倫也が別の世界線へ跳ぶことを説明せずに、辻褄の合う説明をするのはかなり面倒だ。
「その動画、私のスマホに送って。ラクロス部の誰かがSNSにアップしてたことにする。」
実音の方が、朱莉と共通の知人が多いことは確かだ。倫也は実音に任せることにした。
「あぁ、それから、これをもらってくれる?」
午前中に作ったバッグチャームの一つを、実音は倫也に渡した。
「何これ? 黒ネコ?」
実音はわざとらしくふくれ面をする。
「失礼ね。黒柴よ。私がさっき作ったの。」
どう見ても、倫也にはいびつな黒ネコにしか見えなかった。
「私のは赤柴。バッグに付けてくれると嬉しいんですけどぉ。」
実音は倫也の目を見て手を合わせ、拝む格好をする。
「うん、わかった。ありがとう。」
と素っ気ない感謝の言葉しか出てこなかったが、倫也は何だかとても嬉しかった。
「あれ、トモくん、いるじゃん!」
朱莉が集会所の中から声をかけた。
「どこ行ってたのよ。」
倫也が答えられないでいると、
「そこの木陰で休んでたんです。なんか、熱中症になりそうだったんで……」
と実音が代わりに答えた。
「ふ~ん……」
朱莉は訝しげに二人を見るが、
「じゃあ、集会所の中で休んでな。実音も装飾品作りを再開してよね。」
と言って、窓を閉めた。
「今晩はぁ。」
夕食後、実音と朱莉が中之内家にきた。神輿の修理の話をするついでに、中之内家の庭で花火をすることになっていた。二人とも浴衣姿だ。実音はピンク色の巾着袋を手にぶら下げており、それには赤柴のバッグチャームが吊り下げられていた。実音は朱莉の浴衣を借りたと言う。
実音の浴衣姿に倫也は心が高鳴り、目を奪われる。それを知ってか知らずか、まるで浴衣のモデルのように、すました表情で実音はゆっくりと一回転した。倫也に、私のことをちゃんと見てね、と主張しているかのようだ。
「あら、二人ともかわいいわね。」
と寿々子が嬉しそうに言った。
「おばさん、ありがとう。」
と朱莉が答えた。そして倫也に向かって
「ね、トモくん、実音ちゃん、かわいいでしょ。」
「うん、まあ……。」
「まあ……何?」
と実音。
「とてもかわいいと思います。」
と棒読み口調で倫也が答える。
「だからさあ、俺のかわいいとこをいじめないでくれないかなあ。」
と、その様子を見ていた勇雄がニヤニヤしながら言った。
居間に入ると、一雄がソファに座ってテレビニュースを見ていた。四人がソファに座ると倫也の携帯が鳴る。母の友紀枝からだった。
「なに……ニュース?」
倫也がテレビに視線を移すと、画面には名古屋の詐欺グループ摘発というテロップが映っていた。高齢者や主婦などを集め、サクラを使って購買意欲を煽ることにより、安物を高額で売りつける催眠商法詐欺の容疑だった。逮捕者の中に定村十和子、安元裕香の名前があった。
「あんたの言うことを聞いておいてよかったってさ。」
と電話を切ってから倫也が言った。
「よかったじゃない。」
と実音が嬉しそうに言った。
「あぁ、それから、神輿のことだけど、修理はだいたい目処が立った。」
と勇雄が言うと、一雄が「そりゃよかった。」と嬉しそうな表情を見せた。
「あとは宗隆さんを初めとする中萱集落の関係者だけでなんとかなりそうだ。だから明日は、トモも実音ちゃんも手伝わなくても大丈夫だよ。」
「えぇ、でも、僕、言い出しっぺだし……」
と倫也は不満を口にする。
「そんなことを言わずにさ、飛高の街でも観光しておいで。」
「行ったことあるし……。」
と反論する。
「じゃあ、実音ちゃんを案内してあげなよ。」
倫也は渋い表情を見せるが、もう反論はしなかった。
「嬉しいです。飛高の古い街並みを見に行くのを楽しみにしてたんです。」
倫也とは対照的に、実音は喜々とした表情を見せた。
四人は袋に入った花火のセットを持って庭に出る。最も多く入っているのは、先の方にふさふさとした紙が付いているススキ花火。それぞれが何本か持って一本に火を点ける。それを空中でぐるぐる回すと、火の残像で円が現れる。一本が消えそうになると、その火に次のススキ花火の先端を近づけ、途切れることなく次のススキ花火を灯す。スパーク花火は、その火花が四方八方に広がる派手な線香花火のよう。キャラクターの絵が付いた絵型花火は、美しさも派手さもなくすぐに終わってしまうのに、セットの袋に大抵一つは入っている。一、二秒の間隔で先端から火花が飛び出す十連発の花火を、勇雄が手に持つ。斜め上を向けて火の塊が飛び出すときに、四人が声を揃えて数を数える。出来が悪い品では、十に満たない場合もあるが、それはご愛敬だ。四人は歓声を上げながらも無心に色とりどりの火を楽しんだ。
最後を飾る定番は線香花火。実音と倫也はしゃがんで肩を寄せ合い、この夜の花火を名残惜しむように、線香花火を見つめた。
「明日、楽しみだね。」
としおらしく、実音が言った。
「うん。」
と倫也は素っ気ない返事しかできなかった。しかし、楽しみな気持ちは実音にも負けないくらいだと思っている。
線香花火の灯りに映し出される実音の横顔を、倫也はじっと見つめた。こんなに愛おしいと思った女の子は、十七年の人生で初めてだった。ずっといっしょにいたいと思い、ぎゅっと抱きしめたい思いで頭がいっぱいになった。
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