見出し画像

【論文紹介】帝王切開でも自然分娩に近い腸内細菌叢は手に入る——それは経口糞便移植

赤ちゃんは、自然分娩時に母親から細菌叢を獲得します。しかし、帝王切開で生まれた場合はそのチャンスがなく、腸内細菌叢の構築で困難に直面します。今回紹介するパイロット試験によって、この問題を解決する手法の一つに「便移植」が加わりそうです。

新生児の腸内細菌叢は母親から

最も有力な腸内細菌獲得経路は、分娩時に母親の便と接触するときだといわれています。新生児の細菌叢は、最初はビフィドバクテリウム目やバクテロイデス目菌が優占種となります。母乳育児後は、優占種が徐々に嫌気性のクロストリジウム目に変わります。

こうした腸内細菌叢獲得を妨げる要因に、帝王切開分娩があります。産道を通らず生まれた新生児は、母親からの細菌叢を得られず、生後6ヶ月にわたって、自然分娩の新生児とは明らかに異なる腸内細菌叢をもつことになります。帝王切開で生まれた新生児は、短期的および長期的に見てさまざまな疾患リスクが高い、という報告が年々増加しています。具体例として、炎症性腸疾患、関節リウマチ、セリアック病、1型糖尿病など、小児慢性炎症性疾患のリスクが高いことが大規模疫学調査で明らかになっています。

そこで、帝王切開で生まれた新生児に母親の便を口から投与し、その安全性と効果を検証する、概念実証的研究がフィンランドで行われました。

新生児への便移植は健康問題を起こさなかった

試験に登録された17名の帝王切開予定の妊婦のうち、スクリーニングにより7名が選ばれました。スクリーニングは、糞便微生物移植(fecal microbiota transplantation: FMT)に関する欧州のコンセンサス勧告のうち、新生児に関連する項目に則って行われました。FMTは、日本ではまだ承認されていない治療方法ですが、欧州ではこうした勧告に従って、試験的に治療に用いられています。

誕生した新生児(女児5名、男児2名)は、出産3週間前に母親から採取された便を初乳とともに投与されました。生菌数 0.7〜16 x 10^6 個になるように調整された便を、5mLの初乳に溶解して用いました。

FMTを行った新生児は、4週間後の来院時点で、診察を必要としない軽度の消化器症状が3名で報告された以外は、体重増加も正常で健康でした。

FMTを受けた新生児の腸内細菌叢は母親と同じではなかった

便に含まれる細菌を16S rRNAを用いた遺伝子解析により分類し、教師なし主座標分析(PCoA)を行いました。その結果、母親の腸内細菌叢と12週目までの新生児の腸内細菌叢を構成する菌は異なっていました。

母親の細菌叢は、大人の菌叢で、ルミノコッカス科とラクノスピラ科が優占でした。しかし、FMTを受けた新生児の細菌叢は、1名を除いて、ビフィドバクテリウム目やバクテロイデス目が優占していました。

FMTを受けた新生児の腸内細菌叢は自然分娩の新生児の菌叢と似ていた

FMT群の新生児と、自然分娩および帝王切開による新生児(FMTなし)の便を採取し、菌叢を比較したところ、FMT群の菌叢は、FMTなし帝王切開群よりも、自然分娩群に類似した構成になっていました。

帝王切開群の特徴としては、自然分娩の群に比べて、一貫してバクテロイデス目およびビフィドバクテリウム目の菌が有意に少なく、逆にラクトバチルス目、クロストリジウム目およびエンテロバクター目が増加していることが挙げられます。また、潜在的な病原性細菌であるEnterococcus faecium、Enterococcus faecalis、Enterobacter cloacae、Klebsiella pneumoniae、Klebsiella oxytoca、Haemophilus influenza、Campylobacter jejuni、Salmonella enterica が、FMT群や自然分娩群に比べて有意に増加していました。類似した遺伝子配列で分けられたグループ(OTU)についてSimpsonの多様度指数を算出した結果、多様性が低いこともわかりました。

FMT群では、こうした帝王切開の影響が改善されていました。最も注目すべき改善点は、バクテロイデス目が急激に増加したこと、ビフィドバクテリウム目の増加が遅延したことです。菌叢の多様性も高く、自然分娩に近くなりました。

膣スワブよりFMTのほうが腸内細菌叢の構築効果が高い

これまでさまざまな国で行われた先行研究で、帝王切開で出生した新生児の腸内細菌叢を構築する手法として、母親の膣スワブ液の投与が検討されてきました。それらの結果を用いてメタ解析的にPCoAを行った結果、膣スワブ群の菌叢は自然分娩群と似ず、FMTのほうが腸内細菌叢を構築する上で有用であることが示されました。

今回の研究により、帝王切開で出生した新生児にも、母親の細菌叢を足がかりにして正常な初期腸内細菌叢を安全に構築できる可能性が示されたといえるでしょう。誕生後の初期細菌叢の逸脱が、短期長期と人生に渡ってさまざまな疾患を引き起こすことが報告されていますが、こうした疾患を防ぐ効果に期待が高まります。

<編集長・島田祥輔より>
今回の糞便経口投与は、現時点ではごく少数の事例であり、安全性と有効性が確立された手法ではありません。

参考文献
Korpela, Katri, et al. "Maternal fecal microbiota transplantation in cesarean-born infants rapidly restores normal gut microbial development: A proof-of-concept study." Cell 183.2 (2020): 324-334.
この記事の執筆者
野本 昌代
獣医師、翻訳者、国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ。野生生物好き。臨床獣医師時代は主にウサギなどのエキゾチックアニマルを担当。ジャングルやサバンナで保全や研究調査のボランティア、研究所のラボやフィールドで研究助手、その他色々を経て、現在大学院で生理学の勉強中。