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【論文紹介】ヒトの唾液アミラーゼの遺伝子の"数"によって口腔・腸内細菌の構成や機能が変わる

論文のハイライト
・唾液アミラーゼ遺伝子AMY1のコピー数多型は唾液アミラーゼの産生量に関連しており、口腔と腸管の細菌叢に影響を与える
・消化されたデンプンがどれだけ腸管内に届くかによって腸内細菌の種類と機能が決まる
・これらの違いが宿主の代謝にも影響を与える可能性があるが、明確に示すことができたわけではない

近年、ヒトの遺伝子型が腸内細菌叢の特定の種の割合を決める重要な要因の一つであることがわかりつつあります。

これまでは、ある遺伝子に着目した場合、父親と母親由来の2つの遺伝子(=2コピー)を有すると考えられてきましたが、個人によっては1コピーのみ、もしくは3コピー以上存在するといった遺伝子のコピー数の個人差(コピー数多型)があることが知られています。一塩基多型に代表される個人間の遺伝子の“塩基配列の違い”が細菌叢に与える影響についてこれまで広く研究されてきましたが、“コピー数の違い”が細菌叢に与える影響についてはまだ知られていませんでした。

今回ご紹介する研究では、唾液アミラーゼをコードする遺伝子(AMY1)のコピー数多型が、口腔内や腸内の細菌叢に与える影響について調べており、さらにヒトの代謝との関連も考察しています。

AMY1遺伝子と唾液アミラーゼについて

唾液アミラーゼ(αアミラーゼ)は、口腔内でデンプンのα-1,4-結合を切断する消化酵素です。口腔内で唾液アミラーゼによりある程度分解されたデンプンは、膵臓から分泌される膵アミラーゼにより小腸内でさらに二糖類や単糖類に分解され、吸収後に宿主のエネルギー源となります。例えば、家畜にアミラーゼを投与すると、デンプンの消化性が上がって太らせることができると、昔から知られてきました。

唾液アミラーゼ酵素をコードする遺伝子であるAMY1のコピー数多型は、口腔内のアミラーゼ活性と相関します。AMY1コピー数が多い人は、より多くの唾液アミラーゼを産生し、炭水化物を多く含んだ食事からより多くのエネルギーを吸収できます。そのためか、狩猟民族より農耕民族でコピー数が多いようです。

研究デザインについて

105人のボランティアから口腔内(頬)のサンプルをスワブで集め、qPCRでのAMY1コピー数を調べ、その情報を元にさらなる研究に協力してくれる25人を絞り込みました。この25人を、次の3群に分けました。

・高コピー数群:AMY1コピー数が9以上(11人)
・中コピー数群:AMY1コピー数が5〜8(5人)
・低コピー数群:AMY1コピー数が4以下(9人)

4週間の試験期間のうち、2週目と3週目は栄養士が考えた健康な標準食のみを食べてもらいました(食べる量は自由)。週に3回、唾液ならびに糞便サンプル(計12回)を集め、解析を行いました。なお、各群でBMIや体脂肪の数値、また炭水化物、脂質、タンパク質の摂取量に違いはありませんでした。

アミラーゼ活性の評価

まず唾液アミラーゼ活性を調べましたが、これまでの報告どおり、高コピー数群で活性が高く、低コピー数群で活性が低いことがわかりました。糞便中のアミラーゼ活性は各群で違いはありませんでした。

ELISAで糞便中の膵アミラーゼを定量したところ、糞便アミラーゼ活性と強く相関したことから、糞便中のアミラーゼ活性は膵アミラーゼ由来というこれまでの知見が裏付けられました。

AMY1コピー数による口腔細菌叢の分類

次に唾液中の菌叢を16S rRNAシークエンスで解析し、AMY1コピー数との関連を調べました。

α多様性のうちChao1で表されるrichness(種数)は高コピー数群で高く、低コピー数群で低いことがわかりました。各サンプル間の菌叢の違い(β多様性、Unweighted UniFrac)を調べたところ、各群で大きな菌叢の違いは見られませんでした。

そこで高コピー数群と低コピー数群を区別することができるOTUをランダムフォレストのアルゴリズムで解析したところ、プレボテラ属(Prevotella)やポルフィロモナス属(Porphyromonas)が最も両群を分類できるOTUとわかりました(両OTUとも高コピー数群で多い)。時間軸も考慮して二変量解析(Harvest)を行なったところ、これらのOTUは特に2、3週目の食事介入の時期に両群で違いが見られました。

AMY1コピー数による腸内細菌叢の分類

口腔内の菌叢と違い、腸内細菌叢ではα多様性は各群で違いは見られず、β多様性もAMY1コピー数との関連は認めませんでした。

口腔内菌叢の場合と同様に、ランダムフォレスト解析や二変量解析を行なったところ、ルミノコッカス科(Ruminococcaceae科)の Ruminococcus、Oscillospiraやラクノスピラ科(Lachnospiraceae科)のBlautia、Dorea、Roseburiaが高コピー数群で特徴的に多いことがわかりました。

このうちルミノコッカス科は、難消化性デンプンを分解できる種が多いことが知られています。AMY1高コピー数の人にルミノコッカス科 OTUが多いのは、宿主のアミラーゼによる加水分解の影響を受け、大腸内で菌叢が利用できる(易消化性)デンプンが少なくて相対的に難消化性デンプンが多いからかもしれません。

次に糞便中の短鎖脂肪酸を測定し、AMY1コピー数や唾液アミラーゼ活性が短鎖脂肪酸濃度を予測し得るかどうかを、機械学習を用いて検討しました。結果、高コピー数群で短鎖脂肪酸濃度が高く、かつ唾液アミラーゼ活性が腸管での短鎖脂肪酸産生を予測できる因子であることがわかりました。

AMY1コピー数による腸内細菌叢の機能の分類

さらに腸内細菌叢の機能の違いを調べるためにショットガンメタゲノムシークエンスを行いました。特に糖質関連酵素(carbohydrate-active enzyme; CAZymes)に着目して解析すると、糖質加水分解酵素(glycoside hydrolases; GH)、多糖リアーゼ(polysaccharide lyases; PL)が低コピー数群で多いことがわかりました。

これらの酵素は糖質の分解に関わります。つまり、AMY1低コピー数の人は口腔内でデンプンを分解する能力が低く、十分に消化されていない糖質が多く大腸に届くために、腸内細菌叢がもつ糖質関連酵素が多いことが示唆されます。

AMY1高コピー数被験者の糞便は体脂肪に影響する?

最後にこれらの菌叢の機能の違いが宿主に与える影響を調べるために、糞便をマウスに移植する実験を行いました。

糞便を採取したタイミングは合計12回で、そのうちのいくつかをマウスに移植したのですが、高コピー数群の糞便を移植されたマウスで体脂肪が増えたタイミングのものもあれば、高コピー数・低コピー数の両群間で差が認めらなかったタイミングのものもあり、この点については少々歯切れの悪い終わり方となっていました。なお食餌摂取量や腸管の炎症も評価しましたが、いずれも両群間で差はありませんでした。

まとめ

・唾液アミラーゼ遺伝子AMY1のコピー数多型は唾液アミラーゼの産生量に関連しており、口腔と腸管の細菌叢に影響を与える
・消化されたデンプンがどれだけ腸管内に届くかによって腸内細菌の種類と機能が決まる
・これらの違いが宿主の代謝にも影響を与える可能性があるが、明確に示すことができたわけではない

また興味深いことに、高コピー数群の口腔内に多かったポルフィロモナス属(Porphyromonas属)は歯周病との関連も知られており、AMY1のコピー数が歯周病やその関連疾患に及ぼす影響も今後研究が進んでいくかもしれません。

文献
Poole A, et al. Human Salivary Amylase Gene Copy Number Impacts Oral and Gut Microbiomes. Cell Host and Microbe. 2019; 25: 553-564.

<この記事の執筆者>
笠原 和之
神戸大学大学院医学研究科循環器内科学修了。心血管病や生活習慣病における宿主と腸内細菌の相互作用を研究するため、現在は米国ウィスコンシン大学で博士研究員として勤務している。
ResearchGate:https://www.researchgate.net/profile/Kazuyuki_Kasahara