【好事家音楽夜話】第九回 : 坂本龍一が大嫌い
やあ、 最近 𝕏 においてフォロワーさんから"天の邪鬼"だの"嫌よ嫌よも何とやらになってない?"とか言われてる 嫌SKMT派 のAKRです(笑)
さて、前回記事書いた後にも 𝕏 でちょこちょこと色々呟いてたんで、その辺りモヤモヤして書いときたい部分として、前回に引き続き補足的にSKMT話をば少々。
前に言いましたっけかね?
ボクはYMOリアルタイム世代でして、彼らが活動してる最中はガッツリとユキヒロ派で、その後は細野さんドップリだったんですよ。
細野さんの持つ飽きっぽい性格からくる様々な音楽ジャンルへのジャンプや横断は、音楽大好きリスナーとしてのボクを「次は何をやってくれるんだろう?」といつもいつもワクワクさせてくれてました。
なもんで、細野さんの作品を集め その時の気分によってこれまでリリースして来たそれらたくさんのアルバムの中から 時に歌モノ、時にアンビエントといった具合に聴きたいサウンドを選び、カーステでかけてはその心地良さを堪能しておりました。
ところがどうした事でしょう?
ここ最近細野さんの音楽がダメになってしまいました。
あんなに大好きな筈の細野さんの音楽なのに、それらが突然メロディアスが過ぎるように感じてしまい 聴けなくなってしまったのです。
そう、今回のお話の重要なキーワードはコレです。
今現在のボク(の気持ちと身体)が欲してるモノが何であるか。
結論から言えば キレイなメロディーを主体とした癒しの音楽なんかは要らん となります。
具体的に言うと「戦メリ」や「energy flow」なんかはクソである、と!(笑)
※個人の感想です。
前回の記事でもちょっと書きましたが、晩年の坂本龍一作品のAmazonでのレビュー、読んだ事ありますか?
ボクね、"購入の為"にレビュー読んだりはしないんですけど、例えば世間一般の方々がその作品についてどんな感想を持ってるかを見るの好きなので、ちょこちょこレビュー覗きに行ったりするんですね。
そしたら、コレ前回も話しましたがまた話しますけど、まあ、サントラも含めた後期作品への世間様からの評価の低い事低い事💧
いかに世間一般の方々は"世界のサカモト"に対して 美しい旋律 やら 癒しのメロディー やらばかりを求めているのかが窺い知れます。
『out of noise』や『async』、『12』といったオリジナル・アルバムはもちろん、サントラ作品へも やれ「平坦になった」だの「音楽をやってください」だの「聴く価値がない」だの言いたい放題ですよ。
まあ、レビューなんてもんは個人の感想に過ぎないんで、思った事好き放題に書くんでしょうが、それはあまりにも"音楽の聴き方が狭くな〜い?"と感じますねー💦
他の人がどうかは分からないですが、ボクはYMOのお三方に音楽の聴き方を教えて貰いました。
今聴いてる音楽や好きな音楽をDIGり その音楽のルーツを辿ったり、そこから派生したモノを探索したり。
そうして耳を肥やし、音楽を楽しむ幅を広げて行ったのです。
そんな中には環境音楽があったりアンビエント音楽があったり、鳥や虫の音などといった自然の音があったり、工場やなんかの人工的な機械音があったりと非音楽なモノがあったりもしました。
彼らから学んだのは そういう色んな"音"を自然に音楽として受け入れる事だったんです。
だからこそレビューをお書きになった皆さんには大変申し訳ないですが、敢えて言わせて貰うと「クソみたいな つまんねー音楽の聴き方してんじゃねぇよ!」と、こうなります✨(笑)
ちゃんと坂本龍一は死ぬまでキチンと音楽に向き合っていたと思いますよ。
死の淵に立ちながらも降ってくる音を拾い集め、湧いてくる感情を掬い上げ、覚束ない手を指を動かして"自らの音楽"を紡いでいたんだ、と。
とは言え、これもボクは坂本龍一本人じゃないし、彼の闘病生活をずっと見守って来た訳じゃないから あくまでボクの中での想像でしかない訳ではあるけれども。
改めて結論。
相も変わらずボクは坂本龍一という人間は嫌いだ。
あんなスカしたヤツなんか嫌いだよ。
なんならタイトル通り大嫌いだとまで言おう。
だが、彼の音は聴く。
12時間近くあるiPhoneの中の彼の音楽のプレイリストの中にはもちろん有名なアノ曲やメロディアスな曲もあるけど、抽象的な音世界のモノがたくさん入っている。
何故かは知らないけど、今ボクにとってそういう彼の音が何よりも響いて、誰の音楽よりも心地良いから。
作者が誰であれ、音に罪はないしね。
ま、これがいつまで続くかは分からんけどもさ(苦笑)
…坂本龍一?
好きじゃないよ(笑)
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