太陽神像キングバック 第1話「王の帰還」
あらすじ
太陽は消え、世界は荒廃した。
人の心を読む力を持つ青年、石神治は荒廃した世界で義賊組織を率いていたが、敵の策略により、仲間に見捨てられることとなる。
そんな治を救ったのは神と名乗る少女だった。
少女は太陽を取り戻す儀式への参加を求め、それに応じる治。
気が付くと治は太陽の国で目を覚まし、記憶を失っていた。
治を介抱した少女ステラによって国の祭りに参加し、そこで祀られている神像の存在を知る。太陽の国への愛着を感じ始めたのも束の間、隣接する土の国からの襲撃を受ける。
街が蹂躙される様を見て、憤慨した治に呼応して神像は動き始める。
こうして治は大国同士の乱に身を投じていくこととなる。
ある日、太陽が消えた。
地表が-200度まで冷やされ、植物は枯れ、あらゆる生き物は死に絶え、人類は地下に生活圏を移さざるを得なくなった。
しかし、地下はおびただしい数の人で孕み、地表へ溢れたことで人類の約5割が死んだ。
さらに、迫りくる食料飢饉に、熱を生み出すために一瞬で溶け行く地下資源。
それらを奪い合う人類削減という名の争い。
そうして3年足らずで最終的に人類は2割程度になったことで、ようやく均衡が保たれた。
だが、どのような状況でも社会は生まれる。
地位、力が強い者が富を多く抱えること、生態ピラミットの下位に位置するものはゴミのように扱われること。
なんら変わりはない……
■地下コロニー、食料倉庫
堅牢な倉庫の扉が轟音と共に吹っ飛ぶ。
「上級国民の倉庫は俺ん家より立派なことで」
そう言って乱雑にひげを生やした男はプラスチック爆弾を右手でリフティングしている。
「隼人、遊んでないで早く中のものを積み込め」
目を包帯で覆う青年は隼人を急かす。
「へいへい、分かりましたよリーダー。行くぞお前ら!」
倉庫の中に突入する隼人に何人もの男たちが続く。
「リーダー、C地区から警備部隊が動き始めたようです」
聡明そうな女性が包帯の青年に耳打ちする。
「大丈夫だ香織。今、中間のD地区には別のコロニーからの難民で溢れている。到着には15分はかかる」
その時だった、倉庫の中から銃声が響く。
「リーダー今のは⁉」
「待ち伏せだ! 情報が漏れていた」
さらに鳴り響く銃と悲鳴の二重奏。
「リーダー! 撤退を!」
香織が包帯の青年の袖を引っ張る。
「ダメだ、まだ隼人たちが中に!」
「いいですねぇ、その仲間意識。果たしてそれが本物かどうか、試したくはないかね?」
その時既に銃を持った警備兵たちが倉庫の前を包囲しており、その中から小太りの男が出てくる。
「……何が言いたい?」
この状況でも包帯の青年は冷静に答える。
「はっはっは! 君にはね随分と困らされた。何度も襲撃され大損失、あげく盗んだ食料はコロニーの馬鹿どもにばら撒く。でもね、こうしてやられると対抗心が育つものだ。おかげで刺激のある日々をありがとう盲目の使徒。故に、チャンスをやろうと言っているんだ」
小太りの男は意気揚々と喋る。
「ふざけないで! 搾取した力で肥えた豚が!」
香織が叫びながら小太りの男を睨む。
「うるさいな、私は今! 盲目の使徒と話しているんダ!」
そう言って小太りの男は拳銃で香織を撃つ。しかし、弾丸は香織の手前のアスファルトに着弾する。
「外したか、まあいいでしょう。おい!」
「はっ!」
すると、倉庫中から警備兵に銃を突き付けられながら隼人たちが出てくる。
「役者は揃った。少々、ありきたりかもしれませんがね、一つ君たちに提案があります」
男はにやけた表情で人差し指を見せる。
「なんだ?」
「そこの盲目の使徒を差し出すのであれば、今生き残っている者は見逃してあげましょう」
「は?」
隼人は目をまん丸にしている。
「聞こえませんでしたか? リーダー一人の命であなたたちを不問にしてやると言っているんですよ」
「ばっ、ばか言うな! 俺たちが仲間を売るわけが……」
隼人が動揺しながら話すが、周りの仲間は下を向いている。
絶望のような沈黙が流れる。
隼人は涙を浮かべて同じ俯き始める。
「ごめんなさい。リーダー」
包帯の青年の傍にいた香織は彼の袖を強く握り、涙を浮かべた顔を肩にうずめる。
そして、ゆっくりと離れていく。
「さようなら、私たちにささやかな夢を見せてくれてありがとう」
そう言うと振り返ることなく香織はその場を去っていく。
それに続くように他の仲間たちも次々と去っていく。
「ごめん。お、俺も怖いんだ」
そう言って最後に残った隼人は走り去っていく。
「……」
包帯の青年はただ無言で立ち尽くしている。
「だはははは! 傑作だな、貴様らは貧しい人への救済とやらを謳って義賊をやっていたそうだが、所詮は人、自分のことを考えるので精一杯よ。そうだろう?」
小太りの男は大声で話しながら包帯の青年に近づく。
「……」
「なんとか言え、盲目の使徒! 恨み節でも何でも吐いて見せろ!」
そう言って男は拳銃を青年の額に当てる。
「僕は、決して彼らを恨んではいない」
「聖人君子にでもなったつもりか? つまらん、死ね」
男は引き金に指掛ける。しかし、あと少しのところで引き金を緩める。
「最後にお前の顔をくらい拝んでおくか」
そう言って青年の包帯を引き剥がす。
剥がした時、青年は目を閉じていた。すると、ゆっくりと瞼を開ける。
青年の目を見た男は身体をこわばらせる。
「なんだその目は? お前、目が見えているな。」
静かに青年は男を見つめる。
しかし、その目は普通の目は言い難かった。
澄んだ青を外周に内側には燃えるようなオレンジ色を含んだ虹色の瞳、極めつけに目の中心に薄っすらと獣の鋭い爪跡のような模様があった。
「美しい……」
男はその目を見て恍惚の表情を浮かべる。
対照的に青年は顔を歪ませる。
「この目で世界を見たくない」
青年はただその一言を呟いた。
「全てを見通せそうな目を持って何を言う?」
「見え過ぎるんだ。僕はお前のその醜い欲望が見える。ここにいる全員の思考、野望、支えが透けて見える」
青年の言葉に警備兵たちが狼狽え始める。
「……お前は使える。決めた私は約束を違えるぞ!」
男は手を斜め前に上げる。
「お前たち! さっき逃げたネズミどもを撃ち殺せ!」
「はっ!」
警備兵たちはぞろぞろと隼人たちが逃げた方向に走り出す。
「ま、まてっ!」
青年は制止しようと手を伸ばすが他の警備兵によって叩き落され、踏みつけられる。
「うぐっ!」
しばらくして、銃声が鳴り始め、誰のか分からない複音声が響き渡る。
「あ、ああ」
青年は涙を流し始める。
「ようやく人間らしいところを見せたな盲目の使徒、いや盲目ではないか。今からお前は私の道具だ。四肢を切断して、私の望んだ者をその目で見ろ」
そう言うと男は拳銃で青年の頭をコツコツと叩く。
「お前は、お前という人間は!」
青年は男を睨む。しかし、その瞬間警備兵がさらに強く手を踏む。
「ぐっ、その歪んだ思想、僕が修正する!」
すると、青年の右目から流れる涙が血へと変わる。
オレンジ色の瞳は赤く染まり、目の中心の爪痕のような模様は大きく広がる。
同時に爪の模様が男のスーツにも現れ、男を締め付ける。
「う、うごっ! な、なんなんだこれは! お前たち、私を助けろ!」
「はっ! 今すぐに、うわっ!」
男に助けに入ろうとした警備兵にも爪の模様がいたるところに生えわたり動きを止める。
「はあはあ」
人だけでなく、青年の周囲一帯に爪の模様が広がっていったその時。
「今、ここでその力を使うときではないよ」
そう言って突然青年の前に銀髪の少女が現れる。そしてそうっと青年の目を閉じさせる。
その瞬間、辺り一面に広がった爪の模様は消える。
「な、何者だ!」
警備兵たちは即座に銃口を少女に向ける。
「悪いね、有象無象と話す容量はないんだ」
そう言うと少女は青年を抱えて瞬く間に走り抜けていった。
■無人コロニー
少女は抱えていた青年を降ろす。
「き、君は?」
青年は膝を着いたまま、辛そうに目を開けて少女を見上げる。
「何だと思う?」
少女とは思えない雰囲気を纏った彼女は見てみろと言わんばかりに少し微笑む。
「(僕の目はこの少女は人ではないと告げている)」
僕が難しい顔をしていると少女は苦笑いをする。
「正解だ。私は人ではない、世界を監視する装置。人は私を神とでも言うのかな?」
「(神か……こんな目を持って生まれたんだ今更驚きはしない。だが妙だ、思考を読むことが出来ない)」
自身の目の力が通用しないことがなお目の前の存在が神であると証明している。
「……あなたが神だとして何故僕を助けるんです?」
「ファンだって言ったら君は信じるかい?」
神は表情一つ変えない。
「……そうですか、助けていただきありがとうございます。それでは」
そう言って青年はその場を去ろうとする。
僕は求めない。神に求めない。
命一つ拾われたくらいで求めたりはしない。
それだと、これまで救われなかった命はどうなる?
まるで選ばれない者には価値がないと言っているようなものだ。
だから僕は命に区別はつけない。
これはただ転がった命が一つ、とどまっただけだ。
「また、行くのかい?」
青年は歩を止める。
「言い方が悪かったね。まだ諦めていないのかな?」
「何をですか?」
青年は少し不機嫌なトーンで答える。
「人を助けることさ。何も、さっきの連中も殺す気はなかったのだろう?」
「僕には、この生き方しか知らないので」
「そう、でも良かった」
「はい?」
ここでようやく青年は振り返る。
「君がこの程度でヘタる人間ではないのが精査できた」
「品定めですか……僕の何を知っているんです?」
青年は目を細める。
「知っているとも、石神治君。君を一言で言うなら、正義の人だ。いや、正しさの奴隷と言った方が正確かな?」
「⁉」
神の言葉に記憶がフラッシュバックする。
「治、どうしてそんな変な目を持って生まれてしまったの?」
「お前の、お前のせいで、めちゃくちゃだ! お前のような正しいだけのやつに、人の心などわかるまい!」
二人の言葉を思い出してしまった。
「僕は、間違っていない……」
治は少し俯いて小さく呟いた。
「君の両親のことだね」
「そこまで……」
「君のことは見てきたつもりだ。その目は不正を暴き、それが原因で君の父の会社は倒産。家族共々路頭に迷うことになった」
「……僕はただ、父のせいで苦しむ人がいることを許容できなかった」
治は強く拳を握る。
「でも、君は迷っている。本当にあれが正しかったのかと。だから君は人を助ける。己の正しさを証明するために、その目を隠して、何度も何度も、様々な終わりに立ち会った。次は何をするんだい?」
「分からない。自分がどこに向かうのさえ、もう分からないでいる」
治は曇った表情で自分の右目を押さえている。
「君は灯りがあるタイプだ。道があれば歩き出す……太陽を取り戻す気はないか?」
「太陽を、取り戻す?」
「ある儀式があってね、そこでは惑星の名を冠した国同士が戦争を行っている。勝利した国は太陽の代わりだ。だが逆に太陽が勝てば太陽が戻ってくるんだよ」
「悪いが僕は戦争が嫌いだ」
「いいや、行くね。君は人の幸せを願う質だ」
治は驚いたようで、それでいてどこか納得した表情をする。
「……ふと思うことがある。全ての人が幸せなら、どんなに素晴らしいことだって」
僕はかつて両親に祝福されて産まれたんだ。
父と母とはああなってしまったけれど、そのときあった幸福は、嘘じゃない。
みんな、幸せをもっている。
「……太陽取り戻すよ」
そう言って治は微笑んで見せる。
「決まりだね。さあ目を閉じて、案内しよう」
治は跪いて目を閉じ、神は治の額に手を当てる。
「お休み、治」
■???
チュンチュンと、鳥が頭に乗ってさえずりをしている。
薄っすらと目を開けたところで、鳥は飛び去る。
大の字で寝ており、辺りは苔の生えた石で建てられた古い遺跡のような場所だ。
そして、天井は大きく開けており、さっきの鳥は開いた天井から颯爽と出ていく。
「こ、ここは?」
上体を起こす。
辺りを見る。やはり、遺跡のような場所だ。
僕の寝ていた場所は陽光が差すが、それ以外は暗くて静けさがどうも心地よい。
「あの? 大丈夫、ですか?」
隣を見ると、16くらいの年の少女が心配したような顔でこちらを見ている。
その少女は黄色味がかったオレンジ色の長髪、肌は少し小麦色に焼け、健康的な印象を抱かせる。
「ここがどこか分かりますか?」
再び辺りを見渡すが見覚えは全くないので首を横に振る。
「何時間もそこで寝てたんですよ。あ、私ステラ・ロイヤーと言います。あなたは?」
少女は少し慌ただしい様子で聞いてくる。
「ぼ、僕は……」
自分の名前を名乗ろうとした瞬間、あることに気が付き、呆然とする。
「ど、どうしたんですか?」
ステラはキョロキョロと僕の顔を見ている。
「あ、いや、僕の名前は石神治です。でも自分が誰かなのか分かりません」
何も思い出せない。大切な何かがあったはずなのに。
僕は眉間にシワを寄せおでこに手を当てる。
「え、えっと、今からここゴタゴタしますし、とりあえず落ち着ける場所に行きましょうか。大丈夫、私に任せて!」
そう言ってステラは僕の腕を掴んで立たせると、引っ張って遺跡の暗がりの先に見える光の方に連れていく。
その時ふと後ろに視線を感じて振り返る。
するとそこにはレンガでできた大きな石像があった。
10メートルはあるその石像は左右の親指を合わし、他の指を交差させて輪っかを作ったポーズで止まっている。
石像からは生きているかのような強い力を感じる。
しかし案内するステラにそのままついていくことにして、振り返るのをやめた。
光とは遺跡の出口のことであり、少し崩れた石壁に左手を置きながら、恐る恐る外に顔を出す。
凄まじい光に目を細目ながら、ゆっくりと目を開けると、そこには町が広がっていた。
木造で高床な家が並び、壁には太陽とそれを支える人の模様が彫られている。
また、屋根は渋みのある赤、壁はオレンジで塗られている。
どこかレトロな雰囲気にノスタルジックになり、ゆったりとした時間が流れるリゾート地に来たような感覚におちる。
「さ、行こ?」
振り返ってニッコリと笑みを向けてくれるステラにどこか優しい気持ちになり、僕はステラに引っ張られるだけでなく、自身で前に歩き始めた。
しばらくステラに連れられて歩いていると、これまた、懐かしさを感じる木製のみこしがそれ以上の台車に載せてあるのを見かける。
すると、少し薄手の赤とオレンジの民族衣装のような服を着た中年の男性がみこしに近づいた所でこちらに気が付く。
「踊りを楽しみにしているぞステラ」
「うん、後でね」
そう言ってステラは男性に手を振る。
「男を連れて、女になったなぁ」
「もういいから」
笑ってウンウンと首を縦に振る男性に少し邪険にした様子でステラは強く僕を引っ張る。
「そ、そんなことより! 石神君ってどこの出身かな?」
ステラは美しいオレンジの目で僕の目をじっと見つめてくる。
少し気まずくなって僕は目をそらす。
「黒い目、珍しい。この辺の国の人じゃないね」
「え、目が黒いだって?」
僕は思わず聞き返してしまった。
「うん、そうだよ。どうぞ」
ステラは手鏡を僕に向け、僕の顔が鏡に写る。
そこには自身の髪と同じ黒い目が写っていた。
「どういうことだ?」
自然と口から言葉が出ていた。
「どういうことって、どういうこと?」
ステラは首を傾げる。
「いや、何でもない。何でもないんだ」
それはそうだ、僕の目が黒かったからってどうしたと言うんだ。
自分の目が黒いことくらいあるだろう? なのに、なんだろうこの違和感は?
「そう? じゃあ行こうか」
「あ、ああ」
それからステラと共に町を歩くと周りの家より少し立派な家の前にたどり着く。
「ここは?」
「この国の偉い人の家だよ。さ、行こ」
「え⁉ ちょ、いきなり」
ステラはニコニコした顔で僕を引っ張って階段を上ると家にノックもなしに入る。
「ただいま~」
家上がるとまず、広い部屋があり真ん前には大きな机、机の上にはたくさんの書類のようなものが積み上げてあり、それだけで収まりつかなくなった書類が床の上にも積み上げてあった。
そして机にうつ伏せして寝ている人がいる。
「お義父さん、もう起きて!」
ステラの声によってうつ伏せ寝している男はビクッとして顔を上げる。
「ふがっ⁉ ス、ステラか、お帰り」
男は30代後半から40代前半くらいで、少し白髪混じりのオレンジ色の髪をしている。
そして、慌てて机に置いてあったメガネを掛ける。
「もうこんなとこで寝て、また身体壊すよ」
「ははは、ごめんごめん。ところで、後ろの子は?」
男は僕の方を見る。
「この人、神像様の前で倒れてたの、それに名前以外覚えてないらしくて。助けてあげられないかな?」
「そうですか、神像様の前で……」
男は目を細めて僕をじっと見る。
僕は少し心拍数が上がる。
「……ステラ、今、外の国で戦争が始まっているのは分かりますね?」
「はい。分かってます」
ステラは下を向いて答える。
「でもステラ、君は賢い子だ。だから、君の判断を信じることにします」
「ほんと⁉」
ステラは嬉しそうに机に近づき、その衝撃で書類が倒れて来たのを男が支えて直す。
「ですが、時期も時期です。素性も分からない者をそう易々と受け入れることが出来ない者もいるでしょう。ですからあなたが彼の様子を見て、その行動に責任を持ちなさい」
「はい、分かりました」
ステラは礼儀よく男に頭を下げる。
「それで君、名を何と言うのかな?」
「は、はい、石神治と言います」
僕はこれまでよりも背筋を伸ばして答える。
「ふむ、石神君、私もステラと同じで君がこの国に害するとは思わない。私の名前はセイリス・ロイヤーだ。よろしく」
セイリスさんは手を差し出してきたので僕も手を出して握手をする。
「今晩は太陽祭だ。ステラ、存分に彼を案内して上げなさい」
「はい! じゃ、行こ!」
そう言ってステラは再び僕を引っ張る。
僕は引っ張られながらセイリスさんに頭を下げて家を出た。
「どうして、僕にそこまでしてくれるんだ?」
家を出た所で僕は素直に聞いた。
すると、ステラは困った顔で振り向いてくる。
「迷惑、だったかな?」
「そんなことは全然ない! でも、僕は君のその優しさの理由が分からない」
自分で言っていてとても性格が悪いなと思う。他人の善意を素直に受け取ることが出来ない。
「理由なんているのかな?」
ステラは首を傾げる。
やはり彼女はそうなのだ。ただ僕の性格が悪いだけなんだ。
「なんて、言ってはみるんだけど、これはただの受け売り。私もそうだったから」
そう言って笑って舌を出したステラはとても大人びて見えた。
「その言葉はもう君の一部になっていると僕は思うよ」
ステラは少し驚いた顔をした後に優しい笑みを浮かべる。
「ありがと」
それから、僕はステラに連れられて町の案内をされる。
至るところに出店が並んでいる。
「すごい」
「いつもこんなに賑やかじゃないんだけどね。今日は特別」
「特別?」
「うん。今日は太陽様の恵みを称える祭なの」
「太陽、様?」
「あ、ちょっと行ってくるね!」
ステラは駆け足で一つの出店に向かう。
僕はステラが戻ってくるまで、辺りを見渡す。
そこには笑顔を浮かべて歩く人たちで溢れている。
「……穏やかだ」
「お待たせ!」
すると、ステラは串焼を手にして戻ってくる。
「食べながら行こう」
ステラはすり潰した芋を揚げたものが刺さった串を差し出す。
「あ、ありがとう」
僕は受けったものを早速食べる。
「美味しいな。こんなもの何年ぶりだ?」
僕はしみじみとした顔で串を見つめる。
「石神君ったら、記憶ないのに、何年ぶりって変なの。でも、喜んで貰えたなら良かった」
無邪気な笑顔をするステラにつられて僕も笑みを浮かべる。
ステラの隣でゆっくりと歩く。
道行く人はステラに気さくに挨拶していく。
「人気者だな」
「お父さんの娘だからだよ」
ステラは少し照れたようにはにかむ。
「それだけではないだろう。彼らは心から君も想っている」
「も、もう、石神君ったら! ときおり、核心を突いたようなこと言うからドキッとするよ」
ステラは困った顔でこっちを見る。
「ご、ごめん」
「ふふ、いいよ。それより、着いたよ。今日一番の大イベントが」
ステラの指差す方を見る。
それは僕が目を覚ました遺跡だった。
しかし、昼とは違い、遺跡の至るところにろうそくが設置されていて、ベクトルの違う神秘さを醸し出していた。
「ここは?」
「神像様が眠る場所」
遺跡の中に入る。
中はさらに多くの灯火で明るい。そして、神像と呼ばれる石像の周りには、昼とは違い、人が多く集まっていた。
それだけではない、昼に見たみこしを担いだ男たちが像の周りをまわっている。
そして、少し際どい衣装を纏った女性たちが踊っている。
「すごい」
「うん。この国は太陽様の恵みで発展してきたから……」
その時のステラは恵まれていることを喜ぶよりも、他の何かを気にした様子で遠い目をする。
「それって、どういう……」
「おい、ステラが来てるじゃないか」
その時昼にいた中年の男性が声をかけてくる。
すると、周りの人たちが一斉にステラを見る。
「おーい、ステラの躍りも見せてくれよ!」
「ステラ、ステラ!」
周りはステラ一色だ。
「えっ、えっと」
ステラは困った様子でこちらを見てくる。
僕はそれに笑顔で首を縦に振る。
ステラは笑顔を浮かべて走り始める。
そして、踊る女性たちに混じって躍り始めた。
ステラの躍りは他の女性たちよりもキレがあって、光るものがある。
すると、さらに飛び上がってみこしの上に乗ってパフォーマンスをし始める。
最早躍りというより、軽業だ。
最後に回転しながらみこしから飛び下りて見事に着地し、それと同時に歓声が上がる。
ステラは照れた様子で周りに手を振りながらこっちに戻って来る。
「少し張り切っちゃった」
「すごかったよ。僕には出来ないな」
「えへへ、ありがと」
なんか、いいな。こういうのも。
「はぁ、こんな日々がずっと続けばいいのに」
そう言ってステラは神像を見つめる。
「……もしかして、戦争か?」
「ご、ごめんね、湿っぽいこと言って」
こんな少女を悩ませる戦争がこの世界にあることが本当に残念だ。
「……僕でいいなら聞く。事情も知らないような奴だからこそ打ち明けられることもあるんじゃないか?」
「石神君……ありがとう。じゃあ話すね。この太陽の国は近いうちに滅ぶ」
「え?」
驚いた顔をした僕を置き去りにしてステラはそのまま話始める。
「昔、虹色の目を持った王がいた。その王は石の巨人を従えて、国を守り続けた。死した後も、石の巨人は残り続けた」
話が見えてきた。
「それが、この像ってわけか」
「うん。「太陽の国に、神像あり」って具合にね。今も私たちを守ってくれている」
石像を見上げる。石像からは凄まじい力を感じる気がする。
「それなら安心だな」
「どうかな? 大昔の伝説だもん、本当か分からないよ。牽制のために作ったレプリカだってみんな言ってるし」
「じゃあなんでみんな称えるんだ?」
「みんな不安なんだよ。だから伝説にすがるんだ、きっと」
そう言ってステラは悲しい顔をする。
「……でも、この像が偽物だって思わない。生きて、何かを待っている」
僕は石像を見上げてそう言った。
ステラは驚いた顔で僕の横顔を見る。
「うん! 私もそう思うよ、王の帰りを待ってるって!」
ステラは少し目をうるっとさせて笑う。
この子の笑顔は守らなくてはいけない。
そう思ったその時、遺跡の外の方で大きな破壊音が鳴る。
「ま、まさか⁉」
ステラの顔が青ざめていき、遺跡の外の方に向かって行ってしまう。
「ステラ!」
僕もステラの後を追って遺跡の外に出る。
すると、さっきまで賑わっていた町から火が上がっていた。
そして、槍を持った砂のような身体の巨人が町を破壊して回っている。
それも、1体ではない、何体も街を徘徊している。
巨人たちは全て似通った容姿をしている。
「なんだ、あいつ?」
「そ、そんな、土の国が攻めてきた。あ、あはは……」
ステラは絶望を浮かべた顔で膝を着く。
「ここは危険だ、逃げよう!」
僕はステラの肩を揺するが首を横に振る。
「逃げる場所なんてないよ、私たちが育った町だもの、捨てて行けないよぉ」
ステラは涙を浮かべる。
ああ、またか。
いつもいつも、争ってばかりで。
どうしてだ? どうして、どうして、そんなに他者を踏みにじれるんだ?
町の破壊共に至るところで叫び声が聞こえる。
目が熱い。
やめろ、やめろよ、冷酷者どもめ。
やめろ、やめろ、これ以上何もするな、他者の痛みを感じ取れないクソどもめ。
「やめろぉぉぉぉおおお!」
叫びと共に治の黒い目は一瞬で虹色へと変わり、その中心に爪痕のような模様が浮かび上がる。
■遺跡内部
遺跡の中でたくさんの人が逃げ惑っている中、突如として神像の目が光り、目に爪のような模様が浮かび上がる。
そして、神像はゆっくりと動き始める。
表面に付着した砂や礫が舞い落ちる。
「う、動き出した、神像様が」
周りの人々はただその様を呆然と見ている。
■遺跡外
「石神君、その目は⁉」
ステラは涙を浮かべた顔で僕を見上げたその時、遺跡の壁が崩れて神像が出てくる。
「伝説は本当だったんだ」
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