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【超短編小説】猫みたいだね

「あなたは猫みたいな人ね」
 彼女は僕によくそう言う。
 自分では実感はないが、たしかに気まぐれな所はあるのかもしれない。
 
 僕が不調を感じ始めたのは夏の頃だった。
 ご飯が食べられなくなっていく。体重は落ちる。なんだか妙に気分がすぐれない。
 医師に判断を仰ぐと、非情な答えが返ってきた。

 このまま弱っていく姿を彼女に見られるのはなんだか嫌だな。
 僕は家の整理をする。一日かけてすっかり持ち物を片付け終わってしまって、さあ旅立ちだという時に家のチャイムが鳴る。
 ドアを開けると彼女が立っていた。

「家、片付いてるね」
「うん」
「どこかへ行くの?」
「いいや。どこへも行かないさ。ちょっとミニマリストにでもなろうかな、なんて思い立ってね」
「入っていい?」
「いいよ」

彼女が僕の部屋へ上がる。
「思い出の写真もみんな片づけてるね」
「徹底してる僕の性格知ってるだろ?」
「でもあなたが唐突にこんな事する人じゃないのも知ってる」

彼女は僕の体を下から上まで眺める。
「ずいぶん痩せたね」
「ダイエットしてるからね」
「この前一緒にご飯行った時も、あんなに好きだった甘いもの頼まなかったよね」
「甘いものは体に悪いからね」

「あなたの部屋、あんなに雑然としてたのによくここまで整理できたね」
「全部捨てちゃったからね。どれがいるもので、どれがいらないものか決める作業がなかったから」
「ふーん」

 彼女は僕の旅行カバンに目をやる。
「それは何?」
「・・・生活道具一式入ってるよ」
「生活道具一式か・・・そろそろボロがでてきたね」
「ボロか・・・何の事だろう」

「バレバレだよ、もう。」
 そう言うと彼女は唐突に僕を抱きしめた。
「・・・ダメだよ。行かせないから・・・時間があとどれくらい残されているのかはわからない。けど突然いなくなるなんて事許さないから」
「・・・きれいな思い出として消えていくのじゃダメかな?」
「ダメ」
「看病は大変だよ」
「がんばる」
「君は僕の気持ちを考えない人だね」
「あなたこそ私の気持ちを考えてくれてないじゃない」

 僕は何も言えなくなってしまった。彼女は言う。
「最後まで一緒に生きよう。つらい結末になるのはわかった。でも覚悟はできてる」

 僕は、
「そっか・・・」
 そう言うと彼女を抱き返した。

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