【超短編小説】家伝の壺
はぁ・・・
ため息がでる。
妻の手術代がない。
親戚、友人に頭を下げて頼み込んで、やっと30万たまったが、これっぽっちでは焼け石に水だ。
ため息をつくばかりで道をトボトボと歩く。
その時、
「オラァどこ見て歩いてるんだよ!」
「ばーさん、人にぶつかったらごめんなさいでしょー」
「おい、こいつ腕折れてねーか? 慰謝料だなこりゃ」
「ぎゃはははは」
おばあさんがあきらかにガラの悪い若者たちにからまれていた。おばあさんはどうすることもできず、若者たちに小突かれているばかり。
僕はもうどうにでもなれモードだったので、
「おい、やめろよ」
と言ってしまう。
「あぁ!?」
と若者たちの視線がこちらを向く。
「なんか文句あんのかコラァ!?」
「調子乗ってんじゃねーぞ」
口だけでなくコブシがとんでくる。
ボコスカボコスカ。
ひとしきり殴り蹴り、気が済んだのか若者たちは、
「ケッ。これに懲りたら余計なマネするのはやめとくんだな」
と捨て台詞を残して去っていく。
やれやれ、ひどいめにあった。
「大丈夫かい?」
おばあさんが心配気に僕の事を覗き込んでくる。
「見ての通りさ」
「悪かったねえ。あたしのかわりに殴られちゃって」
「しょうがないさ。これもめぐり合わせってものだ」
「めぐり合わせか。あんたずいぶん困っているだろ? 見ればわかる。どれ、助けてもらったお礼だ。家伝の壺なんだが30万でゆずってやるよ。これであんたに奇跡がおこることだろう」
そう言って風呂敷の中、大事そうに抱えていた壺を指し示す。おばあさんの目を見ると、本物だけがもつ深みのようなものが見えた。
それにどうせ焼け石に水にしかならない金だ。賭けてもいいかもしれないと僕は思ってしまった。
☆ ☆ ☆ ☆
壺を飾って一か月。完全に騙された。なにが奇跡がおこるだ。なけなしの30万をどぶに捨ててしまった。悔しくてしかたない。
そんな思いで道を歩いていると、
「あー!」
あの時のおばあさんを発見した。文句を言って金を返金させよう。
「おい、おばーさん。あの壺一か月飾ってみたけどなんの効果もないぞ! 騙したな。金を返せ!」
だが、おばあさんは呆れた顔でこう言った。
「バカモン。飾るんじゃない。売るんじゃ。壺飾って奇跡がおきるか!」
家に帰って、壺を売ると3億で売れた。手術代にはじゅうぶんだった。
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