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【超短編小説】母は大魔法使い

 私の母は大魔法使いだ。言葉にすればどんな事でも叶う。
 それなのに、母はいい学校に入って、いい就職をして、結婚をして、子供を産んで育てて、孫もできてそして死んでいく。あなたはそんな人生を生きなさい。
 そのような夢のない、前時代的なことを言う。

 いま時普通の家庭の母親だってもう少し頭がやわらかいっていうのに、大魔法使いの母の、この頭の固さはいったいどうした事だろう。
 母が望めば私のどんな夢も叶うっていうのに。

 めちゃめちゃイケメンと大恋愛するとか。世界的な歌手になるとか。女優もいいな。アカデミックな世界で活躍するのもいいし。
 それなのに、それなのに。お母さんの意地悪。


 そんな母が急に病に倒れて、意識を失った。
 私は信じられなかった。
 あの大魔法使いが。
 こんなにあっさり? 
 だれよりも強くて、だれよりも厳しかったあの母が? 
 本当に信じられない事だった。

 医者はもう意識が戻ることはないでしょうと言った。
 だんだん弱って死んでいってしまうのだと。

 私は母の顔を昼夜問わず、ずっと見守っていた。
 何日目かの事。母が目をすっと開けた。
「お母さん? 気づいたの? よかった。もうだめかと思ったじゃない」
 母は力なく笑うと。
「もうだめなのよ。自分の事だもの、自分でわかる。最後にあなたと話したいって思って戻ってきただけ」
「なにそれ・・・」
 なぜか私の心は怒りに満たされた。
 いつもそうだ。母はなんでもできるくせに、いつも自分勝手なことばかりする。私の気持ちなんて考えもしない。
 望めばまだ生きられるのでしょう? なぜ生きようとしないの? わけがわからない。

 私は母に怒鳴る。
「お母さんはいつもそうだ! 大魔法使いのくせして、私の夢を何一つ叶えてくれなかった。私幸せじゃなかった。お母さんの決めた人生に無理やり従わせられて。なんにも楽しくなんてなかった。ひどすぎるよ・・・」
 母は私の言葉を聞くと力なく笑った。
「そっか・・・。お母さん肝心な魔法をかけ忘れていた。ごめんね。」
 そう言うと、母は魔法の言葉をかけてくれた。
「あなたはこれから幸せに暮らしなさい」

☆    ☆ ☆ ☆

 母がなくなってから私の人生は幸せ続きだった。やはり母の魔法は効く。
 でも・・・
 ふと思う。
 なんで私は母のことを大魔法使いだと思うようになったのだろう。

 あれは私がひどく転んで、膝を打ってしまった日のこと。
 痛い痛いと泣く私に、母が、
「あなたの痛みはすぐとれる」
 そう言ってくれた。
「すごい! もう痛くない。お母さんって魔法使いなの?」
 そう聞く私に、母は笑って、
「そうね。私は魔法使い。それもどんな願いも叶える大魔法使いなのよ」

 あの日から私は母の事を大魔法使いだと思う様になったのだけど。
 だけど、実は・・・
 実は、母は普通のお母さんだったのではないだろうか?
 望みを叶える力なんてない、普通のお母さん。
 厳しい事をたくさん言うけど、ときどき優しい普通のお母さん。
 だから、夢みたいな事なんて叶えてくれなかったのだ。

 じゃあなんであの日以来、私は幸せなのだろう。
 わかりきっているじゃないか。

 母の心からの願い。
 それ以上の魔法がこの世にあるわけないのだから。

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