見出し画像

夜のスーパーの人間模様。

もう10年以上前になるが、ある資格を取るために40代で専門学校に通っていた頃、学業のかたわらスーパーでレジのアルバイトをしていた。

そのスーパーの閉店時間は午前0時。学校の授業が夕方6時に終わると、そのままバイト先までチャリンコをすっ飛ばし、ラストまで働いた。全ての閉店作業が終わって店を出るのはたしか夜中の1時頃だったと思う。だいたい週3〜4回シフトに入り、それを卒業まで3年間続けた。

同級生達の多くは、最終学年になると翌年の国家試験に向け、それまでやっていたアルバイトを辞めて勉強に専念していた。そうするのが当たり前みたいな状況だったにも関わらず私が試験の直前までバイトを続けたのは、生活のためというのもあったけれど、それ以上に夜のスーパーで働くのが面白かったから。

いつも仕事につまずく私がそんな風に思えたのは後にも先にもこの時だけだった。それは決して気楽なバイトの身分だったから、というだけではなかったと思っている。

夜のシフトに入っているメンバーは、実に様々であった。

高校生の女の子(勤務は夜10時まで)や大学生の他に、メジャーデビューを夢見てバンド活動をしている20代の甘いマスクのイケメン、昼間はご夫婦で理髪店を営んでいるが、その経営だけではなかなか厳しいので働きに出ていると言っていた奥様、一人暮らしで猫4匹(だったかな?)と暮らしている40代の女性。さらに、美容師をしていたが仕事を辞めてイケメンの部屋に転がり込んだという彼の幼なじみが途中で加わった。

そこに主婦でありながら専門学校に通う私である。高校生と大学生を除くと、皆訳ありというか昼間のレジパートとはだいぶ雰囲気が違うメンツであった。

それぞれが様々な事情で夜の時間帯に働いていたわけだが、職場の雰囲気は和気あいあい。皆んな仲が良かった。夕方の買い物客のピークを過ぎれば店長は夜9時には帰ってしまうし、遅い時間になるとお客さんも少ないので、比較的のんびり仕事ができたというのもあったと思う。

ごくたまにではあるが、皆んなで飲みに行ったりイケメンのライブを見に行った事もあった。

そう言えばイケメンはバイトの高校生と付き合っていたのだが、その子と別れたと思ったらすぐにまた別のバイトの子と付き合っていた。この色男め。


勤めが長くなってくると、レジの際に常連のお客さんと軽い世間話などをしたりするようになる。割と親しく話すようになったお客さんから「この前旅行に行ってきたから」なんてお土産をいただく事なんかもあったりした。

夜遅くに来るお客さんの中には、やや風変わりな人もいて、いつも全身真っ赤なお人形のドレスのような洋服で来る年配の女性(『赤のおばさん』と呼ばれていた)や、真冬でもいつもピチピチの黒いTシャツ一枚で現れる男性もいた。

ちょっと驚いたのは、顔は知っているけれどそれまで喋った事のない女性のお客さん(4〜50代くらい?)からレジで突然名刺を渡された事がある。

その方はスナックを経営しているらしく、名刺の裏には『うちの店で働きませんか?時給は○○○○円です。』と書いてあった。

確かにスーパーのバイトより格段に時給は良かったのだが、アルバイトは専門学校に通っている間だけと決めていたので、丁重にお断りさせていただいた。でももし学校に通っていなかったとしても私のような気の利かない女には、水商売は絶対に務まらなかったと思う。

お客さんとのエピソードは他にも山ほどある。ストーカーっぽいお客さんがいて、ちょっと怖い思いをしたなんて事も……まあ、この話はいずれまた。


ある年の12月31日。その日は、たまたまバイトのシフトが入っていた。

午前0時が近づく頃、私はせっせと閉店作業をしていた。

例年なら紅白を見終わって、まったりとしている時間。当たり前だけど、そんな時でも働いている人はいる。その年私は「働いている人」の方だった。

いつもと違う大晦日は、なんだか不思議な感じかして、新鮮で、楽しかった。

年が明けた瞬間、もう一人のバイト仲間と「あけおめ!」「あけおめ〜」と言いながら、ヘヘヘと笑い合ったのを覚えている。


あのスーパーは今はもう別の店に変わってしまったけれど、あの頃一緒に働いていた人達はみんな元気かなぁ。

ふと、そんな事を思った年の瀬である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?