そっちの方の能力は無いハズなんだけど。
最初に書いておくけれど、私は霊感とかそういったたぐいの能力は全く持ち合わせていない。
そういう力は私のような鈍感で大雑把な人間ではなく、もっと繊細かつきめ細やかな神経の持ち主に備わるものなのではないかと思っている。
なので、今回書く私の体験は単なる気のせいなのかも知れないが(というか、その可能性の方が断然高い)あの時は本気でゾクリとしたし、今でも時々「あれは何だったのだろう?」と考えてしまう、不思議な出来事であった。
*
去年の話である。今の会社に再就職して、まだひと月も経っていない頃だったと思う。
私の勤めている工場では、業務の最後に現場で出たゴミを外のゴミ置き場に捨てに行く事になっている。
その日、私は初めてのゴミ当番になった。
外に出たあと、再び工場に戻るには二通りの方法がある。
①外へ出る時に通ったシャッター(リモコン式)を、もう一度開けて戻る。
②外へ出る時はシャッターを使い、戻る時は非常口を社員証で解錠し、そこから続く通路を通って、突き当たりにある工場入り口の扉から入る。
もちろん①の方が断然楽なので、ほとんどの社員は①の方法で戻るのだが、その場合シャッター用のリモコンを外に持ち出さなくてはならない。そうしないと当然、外からシャッターを開ける事が出来ないからだ。
(でもリモコンをうっかり落としたりして、壊してしまったらイヤだなぁ……)
そう思った私は、②の方法で戻る事にした。
シャッター横にある非常口に社員証をかざす。カチリッと音がして解錠される。扉を開けると、中の通路は思いのほか狭くて暗かった。少し向こうに緑色の非常灯だけが、ぼんやりと点いている。やや躊躇しつつ足を踏み入れる。そして、扉を閉めた瞬間ー
「○○(私の名字)さん!」
と私を呼ぶ声が聞こえた。中年男性のような声だった。もちろん今この通路にいるのは私一人である。
ひょっとして扉を閉める直前に外から声をかけられたのだろうか?いやでも、外には誰もいなかったはずだ。ちなみに時刻は午前0時過ぎである。(夜勤なので)
空耳か、もしくは扉のどこかが錆びていて閉める時に変な音がしただけかも。その時はそんな風に考えて気にしない事にした。
今はほとんど使われていないこの通路だが、以前はもっと頻繁に社員が出入りしていたらしい。その証拠に現在は電源が切ってあるのか作動しないが、エアシャワー(壁面に設けられたノズルからエアーが吹き出し、衣服に着いた毛髪や埃などを除去する装置)が設置されている。扱っている製品の特性上、私の職場は衛生管理に厳しいのだ。
そして翌日、この日も私がゴミ当番であった。
昨日の事などすっかり「気のせい」で片付けていた私は今回も非常口から入り、何も考えずに扉を閉めた。するとー
「○○さん!」
またもや聞こえたのだ。あの声が。
うわっ、やっぱり私の名前を呼んでるみたいに聞こえる。けど……扉が閉まる音だと言われれば、そんな気もするし……うーむ。
気のせいでもなんでも、この辺でやめておけばよかったのだ。しかしアホな私は、あろうことか三回目のチャレンジをしてしまったのである。
数日後、また私はゴミを捨てに行く事になった。
しかも今回は「あれが扉が閉まる音なのかどうか、今度こそしっかり聞いてやるぞ!」と謎に気合い十分だった。
そしていつものように非常口を開け、暗がりに体を滑り込ませ、そーっと扉を閉める。
あ、れ……?何も聞こえない。やっぱり空耳だったのかな。
だが次の瞬間、
ゴーーーッ
おもいっきり壁面のノズルからエアーが噴き出したのだ。
先に書いたが、現在は使われていないエアシャワーである。もちろん前に通った時は二回とも作動しなかった。
(うわーっ嫌だ!早くここから出たい!)
そう思っても、エアーの噴射が終わるまでその先の扉は開かない。否応なく吹きつける風を全身に浴びながら「終われ!早く終われ!!」と私は念じていた。たった数十秒が果てしなく長く感じた。
ようやくエアーが止まり、無我夢中で工場入り口の扉を開けた。その時、中を煌々と照らす人工的な明かりに心の底からホッとした。そして、もうこの通路は絶対に通りたくないと思った。
以来、私は一度も非常口を使っていない。けれどゴミを捨てに行く時は、今も少しだけドキドキする。
それにしても、私が体験したあの出来事はいったい何だったのだろう。
いまだに謎である。
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