ZARD、ミスチルの歌詞から読み解く1995年以降の不安感。
僕はZARD、ミスチルの音楽が割と好きである。両者共共通するのは90年代の音楽シーンを牽引してきた、超ヒットバンドであると云う事である。最初に断っておくと、僕は音譜も読めない故に何の楽器も弾けない程の音楽音痴である。だから、楽曲の良し悪しをメロディーではなく、主に歌詞に着眼して判断してしまう傾向があるのだが、今回は数あるZARDやミスチルのヒット曲の中でもそれぞれに曲を個人的に選んで、その中のある歌詞に着眼し、いかに平成と云う時代が、特に1995年以降の日本社会が不安と結び付いた時代だったか、と云う事についての考察をまとめたい。
まずZARDの曲から見ていきたいと思う。1995年3月に発売された「I’m in love」と云う曲がある。
その初っ端の歌詞に「今日も心震わすニュースのパレードoh!I feel so blue」と云う詞がある。僕なりに直訳すれば「今日もまた、暗いニュースが沢山目に飛び込んできて気分が落ち込む」と云ったところだろうか。思えばこの1995年3月と云う時期は阪神淡路大震災が起こった2か月後、またオウム事件の真っ只中にあった訳だから当然だと思うが、それにしても「今日も心震わすニュースのパレード」と云う出だしで始まる曲と云うのはなかなかにインパクトがある。その2年前には「負けないで」と云う名曲をZARDは出していたが、その曲の最初の部分に「パステルカラーの季節に恋した」と云う歌詞があって僕の目を引いた。だからこの「I’m in love」の出だしの歌詞はかつてこんなにも夢幻的で蠱惑的な歌詞を書いていた坂井さんが敢えて、1995年当時の暗い現実に引き戻されて、已むに已まれず書いたものではないかもしれないと僕は思うのだ。
そしてそれから約11年後の2006年の3月に「悲しいほど貴方が好き」と云う曲をZARDは出している。
その出だしがまたインパクトが強い。「気がついたら 恋しかった 悲しい出来事(ニュース)あふれる街で」と歌詞に歌われているのだ。つまり坂井さんの感性では1995年から11年経った2006年の時点で日本の街が悲しみに包まれていると映っていた可能性が強いと思うのだ。2006年と言えば小泉政権から第一次安倍政権へと移ろうとする時期。90年代までの日本に共同幻想としてあった一億総中流の社会が崩れ、勝ち組、負け組と云う言葉が明確に使われだした時期でもある。もしかしたら坂井さんもその辺の事を意識してこの歌詞を思いついたのではないか?なんて僕は睨んでいる。
さて続いてはミスチルである。ミスチルはZARDとは異なり、メンバーの全員が存命であり、現在進行形のバンドであるが、今回は1995年前後のミスチルの曲に焦点を当てて考察を進めたい。やはり1995年のミスチルのヒット曲と云えば「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」である。
で独特のメロディーで彩られているこの曲、ノリの良い明るい曲との印象が読者の多くの方は強いと思うが、見逃してはならない歌詞がそこにはある。それは最初のサビへと至るまでの箇所で「ねえ、等身大の愛情で挑んでるのに世間は暗い話題」と云う部分である。そう、勇敢な恋の歌を歌っているにもかかわらず、当時の世間(1995年の日本社会)は暗い話題で溢れていたのだ。そもそもこの曲に限らず90年代は恋愛ソングの全盛期でもあったが、若者を取り巻く社会的状況は厳しかったのだろうと、この歌詞を聞くだけでも、何となく気の毒な気持ちにもなってしまう。
そしてこの「シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~」を歌っていたミスチルだったが、翌年(1996年)の2月にはこれまた伝説の「名もなき詩が」が発売されている。
実はこの「名もなき詩」の歌詞にも当時の社会の不安感を表すワードが散りばめられているのだ。まず着目したいのは曲の序盤にある「苛立つような街並みに立ったって 感情さえもリアルに持てなくなりそうだけど」と云う詞である。つまり1996年当時の街並みは、歌詞を書いている桜井さんにとって居心地の良いものではなく、どこか排他的に映ったのではあるまいか?そしてそんな街並みに囲まれていると感情さえ正しく保つ事が出来ずに、「たまに情緒不安定になるんだろう?」と自分にも他人にも問いかけたくなる程、精神が病んでいくと云う事なのかもしれない。ともかく、「情緒不安定」と云う明確に精神の危機を表す言葉を使用したくなるくらい、この1996年の日本社会は先行きが見えないものに突入しつつあったのではないか。
如何であっただろうか?このように独善的に僕はZARDとミスチルの曲から2曲だけ選んで、1995年以降の日本社会の不安感を抽出したつもりなのだが、的を全く得ていない考察となってしまったかもしれない。その上で僕はやはり戦後日本にとって1995年と云う年が一つの分岐点だったと思っている。そうなった訳は、オウムが悪いのか?バブル崩壊が悪いのか?震災が悪いのか?インターネットの普及が悪いのか?(Windows95の発売)が悪いのか?よく分からないが、様々な要因が複雑に絡み合って一つの結節点となったのが、この1995年と云う訳なのだろう。