不快ゼロ運動

 現代はハラスメントや差別など人を不快にさせる行為に対して厳しくなっている。そしてマイクロアグレッションという、悪意のない差別・偏見にも注目されている。ポリコレという言葉もきかれる。しかし、人を不快にさせない取り組みや、不快だという主張が行き過ぎではないかと思うときもある。


1 マイクロアグレッション

マイクロアグレッションの例

 多くのものは悪だと納得できるが、最後の「お正月休みはいつからとるの?」(宗教の決めつけ)「たったそれだけの食事で足りるの?」(大柄な人に対して)あたりを禁止するのは酷だという気持ちもある。

差別根絶派の理屈:
・されるほうは、何度も同じ質問をされて何度も説明しないといけないからつらい

発言を擁護する側の理屈:
・普通に質問に答えればよい(事情を説明すればよい)
・大柄な人の食事量が多いのは偏見じゃなくて傾向
・「普段はどういったお仕事をされているのですか?」は失業者の存在を無     視しているからダメ、といった具合で何も話せなくなる

2 行き過ぎた批判が起きた事例

以下、差別だという主張の行き過ぎた事例を紹介する。

差別だと批判を受けたが、どこがダメなのかよくわからない事例:


どちらの選択肢を選んでも批判された・
「不快だ」という意見が身勝手だと言える事例:


不快だからやめろという主張に従ったら餓死する・
不快感を感じない人生などないと言いたくなる事例:

3 こんな意見もある

 マイクロアグレッションに関する賛成意見(マイ…ンを認識して、言動に気を付けようねという意見)は承知の通りだが、以下のような反対意見もみられる。

 また以下の図-1に示すように不快感根絶と表現の自由・コミュニケーションのトレードオフとみなすこともできる。

図-1 不快感根絶と表現の自由・コミュニケーションのトレードオフ 

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